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東京近郊の散策見出し            20081105
                      東京神奈川埼玉栃木・群馬・千葉 詳細へ
散策で興味あるhp
○横浜線沿線散歩  http://www.natsuzora.com/may/index.html
○関東史跡散歩 http://www.kantosanpo.com/index.html
○日本の旅 http://www.uraken.net/rail/index2.html
○日光街道一人旅 http://japan-city.com/nikou/index.html
○きまぐれハイキング リンク   http://www.k-hiking.jp/index.htm
○写真紀行・旅おりおり http://www.uchiyama.info/oriori/index.html
○きままなぶらり旅 http://www10.ocn.ne.jp/~kosuke/menu.htm
○都区内全駅ガイド http://ama.no-ip.com/ekiguide/index.html
○東京観光旅行 http://fusenneko.fc2web.com/index.html
○日本すきま漫遊記 http://www.sukima.com/index.htm
○目黒区の散歩道 http://meguroku-net.com/sanpo/index.htm
○緑道ある記  http://www.ops.dti.ne.jp/~hmiura/
                               
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東京           
                       
「都心・近郊部」
                       
○七福神巡り「東京」
                                  「中年おじさんの散策1」
1.亀戸七福神    2.浅草七福神     3.隅田川七福神   5.銀座七福神
8.谷中七福神    9.新宿山の手七福神  13.池上七福神    14.東海七福神
17.下谷七福神    18.港(麻布)七福神   19.目黒(山手)七福神 20.小石川七福神
21.千寿七福神    22.日本橋七福神    24.柴又七福神    25.荏原七福神
26.伊興七福神    29.板橋七福神     31.武蔵吉祥寺七福神 
38.東久留米七福神  37.青梅七福神     36.八王子七福神
 
○一カ所七福神「東京」
                                  「中年おじさんの散策1」
1.赤羽西口駅前   2.宗圓寺      3.三鷹不動尊    4.立花大正民家園  5.葛西神社     6.堀切天祖神社   7.金剛寺      8.成子天神社    9.良観寺      10.大円寺      12.法受寺      14.豊川稲荷
18.品川寺      19.乗連寺(東京大仏) 33.金乗寺 山口観音  32.熊川神社
28.地蔵院      27.清宝院      26.聞修院      25.雲龍寺
24.光照寺      23.観蔵院      22.高尾七福神    21.椿山莊七福神
 
                       
1.王子駅から上野駅まで,庭を巡るたび   イメージ
 王子駅−音無清水公園・渓谷・王子神社−飛鳥山公園(庭園・3美術館巡り「飛鳥山博物館」「紙の博物館」「渋沢栄一資料館」)−滝野川公園−平塚神社・平塚邸亭「甘味処」−旧古河邸公園(旧古河邸)−「下町の商店街散策(霜降商店街)」−大国神社−六義園・庭園−千谷界隈「下町情緒の散策」−根津神社−上野公園(忍蓮の池・上野動物園・西郷隆盛像)−アメ横散策−上野駅
谷中七福神 イメージ   浅草七福神 イメージ
 
2.都電に揺られ,下町情緒にしたり,浅草から銀座へ向かうたび  イメージ
 新大久保−西戸山公園−早稲田理工学部−学習院女史−早稲田(都電駅)−「始発から終点まで」−三ノ輪(ガード下商店街散策)−(浅草道)−合羽橋商店街−六区(浅草散策)−浅草寺「神谷バーで飲食」−上野
銀座七福神 イメージ   浅草七福神 イメージ
 
3.井の頭公園から,深大寺の自然を堪能するたび  イメージ
 吉祥寺駅−井の頭公園「自然観察園・飛鳥山」−三鷹の森・公園「ジブリの森・博物館」−(武蔵野の住宅街散策)−武蔵野市役所−神代植物園「園内散策」−深大寺「そば正味・各種土産屋散策(鬼太郎茶屋)」−紅花の湯「入浴・休憩」−(バス)−つつじが丘駅
 
4.小金井公園から吉祥寺までの武蔵野のたび   イメージ
 武蔵小金井駅−浴恩館公園−小金井堤−小金井公園「公園・江戸建物博物館散策」−(武蔵野の雰囲気「住宅地」満喫散策)−国木田独歩文学碑(境浄水場)−三鷹駅−禅林寺−井の頭恩賜公園「自然観察園・飛鳥山」−吉祥寺駅
 
5.中野駅から新井薬師への散策  イメージ
 中野駅−サンモール商店街「散策」−中野ブロードウェイ「探索」−町並みの迷路歩き−おもちゃ美術館−北野神社−新井薬師「参拝・見学」−西武新井薬師駅
 
6.新宿御苑から,桜堤を楽しむたび   イメージ
 新宿−追分だんご本舗「甘味処」−正覚寺−大宗寺−新宿御苑「散策」−新宿歴史博物館「見学」−四谷駅−(外堀通り「堀の中の建物:土木学会」)−市ヶ谷駅−外堀公園「散策」−水道橋−小石川後楽園「散策」−文京区区役所(シビックセンター)「最上階ラウンジ食堂で食事」−春日駅
新宿山の手七福神 イメージ
 歌舞伎町
 
7.門前仲町から下町散策,両国の相撲部屋を巡るたび  イメージ
 門前仲町駅−(「深川めし」正味)−富岡八幡宮(深川七福神)−深川不動尊「参拝」−「深川の街散策」−法乗院(深川えんま堂)−深川江戸資料館「見学」−清澄公園「散策」−深川稲荷(深川七福神)−萬年橋−芭蕉庵史跡展望庭園−「隅田川歩き」−芭蕉記念館「見学」−八名川公園−深川神明宮(深川七福神)−「清澄通り歩き」−森下文化センター(のらくろ展示館)−森下駅−「清澄通り歩き」−足袋博物館−吉良邸跡−相撲写真資料館−相撲部屋巡り(時津風→出羽海→井筒→春日野部屋など)−両国花火資料館「見学」−両国国技館(相撲博物館「見学」)−旧安田庭園「夕焼けの下町展望」−「ちゃんこ料理正味」−両国駅
 
8.両国から浅草・上野にいたるたび   イメージ
  両国駅−旧安田庭園「夕焼けの下町展望」−両国国技館(相撲博物館「見学」)−両国橋−「柳橋近辺船宿見学」−隅田川・江戸通り−雷門「浅草界隈・散策−浅草寺−花屋敷(散策)−六区−「浅草通り散策(六区ブロードウエイ・すしや通り・たぬき通り・食通通りなどで食事)」−国際通り「太鼓館」−合羽橋道具街「散策」−曹源寺(合羽橋本通り)−源空寺(寺町散策)−稲荷町駅−下谷神社−上野駅−アメヤ横町「散策」−御徒町
浅草七福神 イメージ
 
9.銀座から日本橋,神田明神・上野に至るたび  イメージ
 有楽町駅−マリオンビル−数寄屋橋−晴海通り−銀座(「5丁目〜8丁目裏路地散策」)−「銀座通り散策」−警察博物館「見学」−日本橋「三越等ショッピング」−日本銀行−神田駅−スズラン通り−淡路町−「神田藪そば賞味」−ニコライ堂「見学」−お茶の水駅「聖橋」−湯島聖堂「参拝」−本郷界隈−神田明神「参拝」−秋葉原「電気街散策」−御徒町駅−「旧岩崎邸・見学」−忍ばすの池・上野公園散策−上野
銀座七福神 イメージ   日本橋七福神 イメージ
 
10.新橋から佃島,門前仲町のたび  イメージ
 新橋駅−汐留(日本テレビ・シティセンター・旧新橋停留所等見学)−浜離宮「見学」−朝日新聞−築地中央卸売市場「散策・昼食」−築地界隈「築地本願寺・聖路加病院等見学」−佃大橋−佃島「散策」−月島「もんじゃストリート・正味」−晴海(トリントンスクウェア)−春海橋−豊洲−豊洲橋−東京海洋大学「見学」−深川不動尊「深川丼での軽い夕食」−門前仲町駅
 
11.上野から浅草,隅田川沿い(向島・堀切)のたび  イメージ
 上野駅−(2階建てバスにて浅草)−浅草「浅草寺参拝」−吾妻橋−隅田川公園−(隅田川沿いの散策)−アサヒビール「休憩・見学」−向島百花園「見学」−隅田川(白髭)神社(隅田川七福神)−レストランカタヤマ「昼食:名物ステーキセット」−東白髭公園−軟式野球資料館「見学」−多聞寺(隅田川七福神)−堀切駅−堀切橋−堀切菖蒲園「見学」−舟川親水公園「散策」−お花茶屋駅
亀戸七福神 イメージ   隅田川七福神 イメージ
 
12.柴又帝釈天から矢切の渡しを楽しむたび  イメージ
 柴又駅−下町「柴又参道散策(とらやのだんご賞味)・柴又帝釈天」−山本亭「庭園散策」−葛飾柴又寅さん会館(下町や)「見学」−柴又公園−矢切の渡し「渡し船体験」−(野菊の小道)−矢切橋−野菊の墓文学碑(妙法寺・西連寺)−矢切神社−矢切駅
 
13.品川から水族館めくり(エプソンアクアミュージアム・品川水族館),水上バスを楽しむたび
 品川駅−プリンスホテル(エプソンアクアミュージアム「見学」)−品川新都市街「散策」−(北品川巡り)−品川浦船だまり−鯨塚−土蔵相場跡−寄木神社−(旧東海道)−品川神社「品川富士登頂」(青物横丁)−旧網元の家−浜川橋(深橋)−鈴ヶ森刑務所跡−品川区民公園−品川水族館「見学」−大井競馬場−水上バス乗り場=(乗船)=浅草(散策・腹ごしらえ)−浅草駅      イメージ
東海七福神 イメージ   浅草七福神 イメージ  隅田川七福神 イメージ
 
14.品川から大崎,五反田TOC(東京卸売りセンター)を経て目黒までのたび  イメージ
 品川駅−原美術館「見学」−ゲートシティ大崎・ニューシティ大崎−TOC(東京卸売りセンター)−氷川神社−林試の森公園「散策」−目黒不動尊「参拝」−大鳥神社−とんき「トンカツ賞味」−目黒雅叙園「見学」−大円寺−目黒駅
  ※東海七福神 イメージ   目黒(山手)七福神 イメージ
 
15.品川から美術館,ホテルを巡る田町までのたび  イメージ
 品川駅−原美術館「見学」−新高輪ホテル−八芳園・都ホテル−泉岳寺−(寺巡り)−慶應義塾大学−「慶応仲通り散策」−田町駅
  ※東海七福神 イメージ
 
16,田町から高輪・白金,目黒・恵比寿までのたび  イメージ
 田町−「慶応仲通り散策」−慶應義塾大学−氷川神社−「白金台散策」−国立自然教育園「散策」・東京都庭園美術館「見学」−目黒駅−恵比寿ガーデンプレイス(東京都写真美術館「見学」・サッポロビール麦酒記念館「見学・試飲」)−恵比寿駅
目黒(山手)七福神 イメージ 
 
17.品川から芝浦,レインボーブリッヂ・お台場のたび  イメージ
 品川駅−中央卸市場食肉市場−天王洲アイル「散策」−東京海洋大(水産資料館)−(倉庫群)−レインボーブリッヂ「歩行横断」−お台場レインボー公園−お台場海浜公園(ディクス東京ビーチ・アクアシティお台場・フジテレビ)「散策」−潮風公園「散策」−船の科学館「見学」−パレットタウン「散策」−東京レジャーランド「お台場温泉・入浴,休憩」−夢の大橋−国際展示場
 
18.皇居に親しむたび   イメージ
 東京駅(東京三菱銀行前)−「2階建てオープンバス乗車(要予約)」=皇居一周−東京−新丸ビル−オアゾ(新丸の内ビル)−大手門−本丸・天守閣跡−国立公文書館「見学」−国立近代美術館「見学・食事(アクア)」−竹橋−パレスサイドビル(毎日新聞)−清水門−武道館−田安門−靖国神社「参拝」−(千鳥ヶ淵)−半蔵門−最高裁判所−国会議事堂−警視庁−桜田門−皇居外苑−日比谷公園「散策・松本楼(食事)」−日比谷駅
 
19.庭園・墓石を巡るたび  イメージ1    イメージ2
 江戸川橋駅−江戸川公園「神田川沿いの公園散策」−関口芭蕉庵−(「胸突坂(水神坂)」)−水神社「参拝」−新江戸川公園「散策」−目白台(創価学会研修所)−講談社・野間記念館「見学」−東京カテドラル聖マリア大聖堂「見学」−椿山荘「庭園散策・昼食」−音羽公園−(音羽通り・東側の路地が快適)−今宮神社「参拝」−鳩山会館「見学」−護国寺「参拝・散策」−日大富山高校−(不忍通り)−日本女子大学−雑司ヶ谷「商店街散策」−雑司ヶ谷水道局−雑司ヶ谷霊園「著名人の墓・参拝」−都電・雑司ヶ谷駅−本教寺−サンシャインシティ(ナンジャタウン・水族館「見学」)−ラーメン名作座(賞味)−池袋駅
小石川七福神 イメージ
 
20.神田川のたび(山手線内を神田川沿いに縦断)  イメージ1  イメージ2
 池袋駅−本立寺(南池袋公園)−東京音楽大学−鬼子母神「参拝」−都電・鬼子母神駅−(鬼子母神表参拝道)−目白不動−氷川神社「参拝」−面影橋−新江戸川公園「散策」−椿山荘「散策」−江戸川公園(わき水)−神田上水の標識−(寺町見学)−印刷博物館「見学」−小石川後楽園「散策」−水道橋駅−神田上水縣樋の跡−神田給水所公苑「散策」−東京都水道歴史館−お茶の水−湯島聖堂−萬世橋「肉の万世で食事」−秋葉原
 
21.池袋から寺院・自然園を巡るたび  イメージ
 池袋−都電:雑司ヶ谷駅−雑司ヶ谷霊園「著名人の墓・参拝」−雑司ヶ谷下町散策−護国寺「参拝」−豊島が丘御陵−大崎先儒墓所「参拝」−(春日通り)−茗荷谷駅(駅前:同潤会大塚女子アパート「取り壊し間近」)−大塚地名発祥の地(碑)−林泉寺(縛られ地蔵)−深光寺(滝沢馬琴の墓)−徳川慶喜終焉の地−(播磨坂)−石川啄木終焉の地−小石川植物園「散策」−白山神社「参拝」−円乗寺(八百屋お七の墓)−根津神社「参拝」−(根津・谷中散策)−お化け坂−(下町路地裏歩き)−大名時計博物館「見学」−下町風俗資料館付属展示館「見学」−(桜並木)−谷中霊園「著名人の墓・参拝」−日暮里駅
  ※谷中七福神 イメージ   下谷七福神 イメージ
 
22.巣鴨から自然園・名跡を巡るたび   イメージ
 巣鴨駅−とげぬき地蔵及び商店街往復「参拝・見学」−巣鴨−日本刀装具美術館「見学」−千石−小石川植物園「散策」−伝通院「参拝」−小石川後楽園「散策」−東京大神宮「参拝」−靖国神社「参拝」−山種美術館「見学」−千鳥ヶ淵−北の丸−皇居東宮御苑「散策」−大手門−大手町「散策」−東京駅
小石川七福神 イメージ
 
23.石神井公園から西荻窪のたび  イメージ
 西武石神井公園−石神井公園「散策」−氷川神社「参拝」−桜の辻公園−いわさきちひろ美術館「見学」−上井草−善福寺「参拝」−善福寺公園「散策」−井草八幡宮「参拝」−荻窪八幡「参拝」−杉並文化会館「アニメミュージアム」−白山神社「参拝」−湯〜とぴあ「入浴・休憩」−荻窪駅
 
24.東京の旧名所を巡るたび  イメージ
 浜松町駅−浜離宮「散策」−世界貿易センタービル−芝大神宮−芝増上寺「拝観」−芝公園(東照宮)−プリンスホテルパークタワー−東京タワー(アミューズメントホール・水族館等見学)−徳川家の墓−東京プリンスホテル−芝公園−運晴院−慈恵医科大−グリーンヒルズ−NHK放送博物館−愛宕神社−「新橋界隈・散策」−素朴な居酒屋「宴」−新橋
    ※港(麻布)七福神 イメージ
 
25.神田川の流れに沿い,東京を楽しむたび  イメージ1  イメージ2    イメージ
 池袋−南池袋公園−威光稲荷尊天−法名地−鬼子母神(きしもじん)−(都電)鬼子母神駅−鬼子母神商店街−目白通り−日本女子大前−豊坂−目白台「散策」−(都電)早稲田駅−(新目白通り)−新江戸川公園「散策」−水神社(胸突坂)−関口芭蕉庵(蕉雨園)−椿山荘「散策・食事」−江戸川公園−江戸川橋−(神田川沿いの路地巡り「江戸川端」・寺院多い)−氷川神社−小石川後楽園「散策・休憩」−(近辺散策:後楽園遊園・ホテル等)−水道橋(東京都立工芸高等学校・桜蔭高等学校等多い)−給水所公苑「散策」・水道博物館「見学」−順天堂大学・日本医科大学等(外堀通り「散策」)−御茶ノ水駅(外堀・聖橋等)−ニコライ堂「見学」−神保町界隈「散策」−神田西口「散策」−神田駅
  ※小石川七福神 イメージ
 
26.渋谷から東京オリンピックを懐かしむたび  イメージ
 渋谷駅−代々木公園(国立代々木競技場・東京室内水泳場等)−明治神宮−代々木−千駄ヶ谷界隈「散策」−明治神宮外苑「国立運動公園(国立陸上競技場・テニスコートなど)散策」−明治記念館「庭園散策」−並木「(安鎮坂・鮫河橋坂等)散策」−赤坂御用地(赤坂迎賓館等)−ホテルニューオータニ「昼食・庭園散策」−豊川稲荷「参拝」−赤坂界隈「散策」−日枝神社「参拝」−首相官邸−国会議事堂「庭園(様式・和式)散策」−霞ヶ関界隈「散策」−日比谷公園「散策・休憩」−有楽町駅
 
27.代々木から神社・墓地,新しい街・自然園を巡るたび イメージ
 代々木駅−明治神宮「参拝」−原宿駅−竹下通り「散策」−東郷神社「参拝」−表参道・青山界隈「散策」−南青山−青山墓地「著名人の墓・拝観」−根津美術館「拝観」−六本木ヒルズ「昼食・散策」−麻布十番温泉−麻布十番通り「散策」−麻布十番「散策」−仙台坂−有栖川宮記念公園「散策」−南麻布「散策」−氷川神社「参拝」−八方園「庭園・散策」−白金界隈「散策」−白銀台(国立自然教育園「散策」・東京都庭園美術館「見学」)−目黒駅
港(麻布)七福神 イメージ   目黒(山手)七福神 イメージ
 
28.東武下赤塚から高島平,東京大仏を巡るたび  イメージ
 東武下赤塚−赤塚通り商店街−赤塚中央通り−松月院−乗蓮寺−不動の滝−板橋区立美術館−赤塚公園−諏訪神社−赤塚公園−高島平団地−都営高島平
 
 
29.表参道から六本木界隈を巡るたび  イメージ
 原宿−「表参道」−表参道ヒルズ「見学・ショッピング」−根津美術館「見学」−青山墓地−国立新美術館「見学」−東京ミッドタウン「散策」−天祖神社−俳優座−「六本木交差点」−出雲大社分祠−六本木ヒルズ「見学・ショッピング・ディナー」−六本木駅
  ※港(麻布)七福神 イメージ
 
30.目黒から白金を経て麻布界隈を巡るたび  イメージ
 目黒駅−庭園美術館「見学」−国立自然教育園「散策」−白金「休憩・喫茶」−(外苑西通り)−広尾プラザ−有柄川宮記念公園「散策」−元麻布ヒルズ−善福寺−麻布十番「散策」−麻布十番温泉「入浴」−更級そば(更級堀井or永坂更級)正味−麻布十番駅(都営大江戸線)
  ※港(麻布)七福神 イメージ
 
31.新宿駅から早稲田へ向かうたび  イメージ
 新宿駅−(大ガード)−常円寺−成子天神神社−北新宿公園−鎧神社「参拝」−中央卸売場淀橋市場−俳句文学館「見学」−都立百人町アパート−社会保険中央病院−タワーホームズ−西戸山公園−戸山公園(大久保)「散策」−早稲田大学理工学部−都営戸山ハイツ−戸山公園(戸山)・箱根山「散策」−穴八幡宮−早稲田
 歌舞伎町
 
32.新宿駅東口から富士塚のある神社巡りと新宿御苑・原宿の旅  イメージ
 新宿駅西口−(歌舞伎町)・(ゴールデン街)−花園神社「参拝・富士塚」−鬼王神社「参拝・富士塚」−西向日天神社「参拝・富士塚」−新宿御苑「散策」−野口英世記念館「見学」−鳩森神社「参拝」−東郷神社「参拝」−(竹下通り)−「裏路地のレストランでディナー」−原宿駅
  ※新宿山の手七福神 イメージ
 歌舞伎町
 
33.新宿駅南口から代々木・渋谷のたび  イメージ
 新宿駅南口−サザンタワー−文化女子大「服飾博物館見学」−刀剣博物館「見学」−劇団四季−東京乗馬クラブ−(北門)明治神宮「散策ろ参拝」−原宿駅−代々木公園「散策」−NHK教育センター「見学」−代々木室内体育館−電力館「見学」−渋谷界隈散策・食事−渋谷駅
 歌舞伎町
 
34.新宿東口から神社・韓国街を巡り、自然(公園)に親しむたび  イメージ
 新宿東口−花園神社−鬼王神社−「(韓国)コリアンタウン」−(大久保通り)−戸山公園「箱根山」−早稲田大学文学部−放生寺−穴八幡宮−法輪寺−早稲田大学・演劇博物館−水稲荷神社−甘泉園公園−早稲田−リーガロイヤルホテル東京(大隈庭園散策・ランチ)−早稲田通り−早稲田駅(東西線)
   ※新宿山の手七福神 イメージ
 
35.金町から花菖蒲園・水元公園を散策,亀有に至るたび イメージ
 金町駅(JR常磐線)−葛西神社−金蓮院−光増寺−観蔵寺−半田稲荷−南蔵院−「花菖蒲園」−「水元公園(水元涼亭・バードサンクチャリ・水生植物園・カワセミの里)」−熊野神社−日枝神社−遍照院−水元神社−水元中央公園−中川公園−見性寺−香取神社−亀有駅「派出所」(JR常磐線)
 
36.亀有で偽巡査にご挨拶,親水公園・綾瀬の街・東京放置所を巡るたび イメージ
 亀有駅「派出所」(JR常磐線)−宝蔵院−円性寺−東綾瀬公園@−菖蒲沼公園−東綾瀬公園A(親水公園)−東京武道館−長性寺−「東京放置所」−小菅駅(東武伊勢崎線)
 
37.西新井大師から舎人(中央卸売市場足立市場)から竹の塚にいたるたび イメージ
 大師前駅(東武西新井線)−諏訪神社−「舎人公園」−中央卸売市場足立市場(流通センター)−南光寺−三寳院−妙法寺−薬師寺−「竹の塚商店街」−竹の塚駅(東武伊勢崎線)
 
38.成城から二子多摩川に至るたび イメージ
 成城学園前駅(小田急線)−東宝スタジオ−妙法寺−「仙川散策路」−世田谷区総合運動公園−厚生年金スポーツセンター−砧公園−世田谷美術館−長円寺−岡本民家園−玉川寺−ガーデンアイラント−二子多摩川SC−二子多摩川園駅(東急田園都市線)
 
39.竹の塚から公園を巡り,親水公園を経て綾瀬に巡るたび イメージ
 竹の塚駅(東武日光線)−「竹の塚商店街」−元淵江公園−総合スポーツセンター−不動院−(綾瀬川)−神明・六木遊歩道(花畑運河)「神明水の森公園(むくの木公園・風車公園)」「六木水の森公園(虹の公園・水車公園)」−諏訪神社−六木中央公園−「用水路親水公園散策」−「八かけ落とし親水緑道散策」−綾瀬駅(JR常磐線)
 
40.志村三丁目(志村本町駅)から「旧中山道」を歩くたび  イメージ
 志村三丁目(都営三田線)−熊野神社−志村坂上駅(都営三田線)−縁切榎−板橋−文殊院−本陣跡−遍照寺(馬頭観音像・馬つなぎ場跡)−花の湯−観明寺−「板橋商店街散策」−近藤勇墓所−板橋駅(JR埼京線)
   ※板橋七福神 イメージ
 
41.麻布十番から芸術・新しい街を楽しむたび イメージ
 麻布十番駅(都営大江戸線)−麻布十番稲荷−「麻布十番通り」−麻布十番温泉−ルーテル教会−ヒルズゲートタワー−六本木ヒルズ(テレビ朝日・ヒルズ・公園)−出雲大社東京分祠−国立新美術館−天祖神社−東京ミッドタウン−檜町公園−「赤坂通散策」−日枝神社−赤坂見附駅(東京メトロ銀座線)
   ※港(麻布)七福神 イメージ
 
42.池袋からときわ台へ向かうたび  イメージ
 池袋駅(JR・東京メトロ・都営線)−東京芸術劇場−西池袋公園−立教大学−祥雲寺−「谷端緑道」−西光院−板橋交通公園−西光寺−長命寺−ときわ台駅(東武東上線)
   ※板橋七福神 イメージ
 
43.浅草橋から問屋街・浅草下町を楽しむたび  イメージ
 浅草橋(JR総武線)−「清杉通(問屋街)」「江戸通(下町老舗)」−雷門(天ぷら)−浅草寺−ROX−寿司屋横町−東京本願寺−合羽橋(かっぱ橋道具街道「問屋街」)−江戸東京伝統工芸館−「国際通り」−三ノ輪(東京メトロ日比谷線・都営荒川線)
   ※浅草七福神  イメージ
 
44.「新しい東京駅」周辺を楽しむたび  イメージ
 東京駅(JR・東京メトロ)−丸の内オアゾ−新丸の内ビル−丸の内ビル−東京国際フォーラム−有楽町マリオン−有楽町駅(JR山の手線)
 
45.南千住から吉原・浅草を楽しむたび  イメージ
 南千住(JR常磐線・メトロ)−素盞雄神社−回向院(地蔵)−「尾花(ウナギを正味)」−小塚原刑場跡・首切地蔵−一葉記念館−飛神社−吉原神社−鳶神社−江戸下町伝統号芸館−浅草ROX−テプコ浅草館−東京本願寺−太鼓館−浅草(メトロ)
   ※浅草七福神  イメージ
                                      見出しに戻る
 
46.乃木坂から麻布十番の(東京都心の温泉で一翼)旅  イメージ
 乃木坂−新国立美術館−天祖神社−東京ミッドタウン−出雲大社東京分祠−六本木ヒルズ(テレビ朝日・ヒルズ・公園)−麻布十番温泉−「麻布十番通り」−麻布十番駅(都営大江戸線)
  ※港(麻布)七福神 イメージ
 
47.新宿から御苑を巡り,赤坂界隈(伊勢藤で晩酌)の旅  イメージ
 新宿駅(JR・メトロ)−新宿御苑−大宗寺−成覚寺−西向天神社−抜弁天(厳島神社)−出世稲荷−「牛込界隈散策」−永福寺−赤坂神社−筑土八幡神社−善国寺(毘沙門天)−(「伊勢藤:晩酌」−飯田橋
   ※新宿山の手七福神 イメージ
 
48.世田谷線の旅1:上町から豪徳寺までの散策 イメージ
 上町(東急:世田谷線)−代官屋敷(郷土資料館)−世田谷城趾公園−豪徳寺−世田谷八幡宮−乗泉寺別院−「豪徳寺近辺散策」−豪徳寺駅−(美登利寿司で食事「本店・新館」)−梅ヶ丘駅
 
49.下町散策・十条界隈の旅  イメージ
東十条駅−「東十条商店街散策(演歌の伝道「ミュージックショップ ダン」)」−※1−名手の滝公園−「中十条散策」−冨士神社(お富士さん)−篠原演芸場−「十条銀座商店街散策(おでんダネの専門店・みどりや「激安衣料品店」)−清水坂公園−「十条中原散策」−※2−十条
 ※1.十条スタートの場合「埼玉屋(やきとん)」  ※2.東十条スタートの場合「齋藤酒場」
 
50.武蔵野の旅1:武蔵境から吉祥寺までの(中央線南側)旅  イメージ
武蔵境駅(JR中央線)−杵築大社−神明社−井口院・三鷹不動尊「福寿殿(七福神堂)」−八幡神社−禅輪寺−山本有三記念館−「玉川上水」−ジブリの森美術館−御殿山自然教育園−井の頭公園−「老舗焼き鳥店:いせやで一杯」−吉祥寺
  ※吉祥寺七福神  イメージ
                                    見出しに戻る
 
51.武蔵野の旅2:武蔵境から吉祥寺までの(中央線北側)旅  イメージ
武蔵境駅(JR中央線)−木村公園−堺浄水場−(玉川上水)−親水公園−武蔵野中央公園−東伏見稲荷−(石神井川)−武蔵関公園−若宮八幡−武蔵野自然観察園−大法寺−武蔵野八幡−安養寺−「清瀧吉祥寺店で晩酌」−吉祥寺(JR中央線)
  ※吉祥寺七福神  イメージ
 
52.六本木から広尾を巡り,目黒・恵比寿に至るたび。   イメージ
六本木駅(メトロ)−東京ミッドタウン−新国立美術館−六本木ヒルズ(テレビ朝日・ヒルズ・公園)−桜田神社−(テレビ朝日通「大使館巡り」)−有栖川宮記念公園−天現寺−(白金:プラチナ通り)−国立自然教育園−庭園美術館−「目黒:とんき(トンカツ)で食事」−(JR山手線)−ガーデンプレイス散策(サッポロビール麦酒記念館・写真美術館など)−「高層ビルで晩酌」−恵比寿
  ※港(麻布)七福神 イメージ    目黒(山手)七福神 イメージ
 
53.庶民の街をつなげるたび:巣鴨から王子に向かうたび  イメージ
巣鴨駅(JR山手線・都営三田線)−「巣鴨商店街散策(とげ抜地蔵等)」「八ツ目や:にしむら(ウナギ賞味)」−白山通り−日本刀装具美術館−六義園(散策)−駒込駅−(本郷通り・商店街散策)−旧古河庭園−平塚神社−滝野川公園−飛鳥山公園(渋沢資料館・飛鳥山博物館・神の博物館)−金剛寺(一カ所七福神)−音無親水公園−王子神社−王子駅−(JR京浜東北線)−赤羽「商店街一角:まるます家で晩酌・食事」−赤羽駅(JR)
                                    見出しに戻る
 
54.立川から国立のんびり歩くたび  イメージ
立川駅(JR中央線)−昭和記念公園−「武蔵野(北側)散策」−川越道緑地「古民家」−高木八幡宮境内(子育地蔵尊)−村社神明社(弁財天)−鳳林院(毘沙門堂)−愛宕神社−観音寺−鉄道総合技術研究所−国立駅(JR中央線)
 
55.夢の島から新しい町豊洲・月島を巡るたび  イメージ
新木場(JR埼京線)−夢の島公園(熱帯植物園・夢の島マリーナ・第五福竜丸)−辰巳の森緑道公園−辰巳の森海浜公園−辰巳橋(晴海通り)−豊洲界隈散策「次郎寿司支店で昼食」−アーバンドック「ららぽーと豊洲」−朝潮大橋−月島散策−佃島散策−東京海洋大学−門前仲町(メトロ:東西線)
 
56.東京唯一の渓谷等々力渓谷と玉川沿いを巡るたび  イメージ
等々力(東急大井町線)−駅前散策−「等々力渓谷」−等々力不動−園芸高校果樹園−多摩川玉川公園−多摩川玉堤広場(公園)−玉川台公園(鼈甲山古墳)−多摩川駅(東急東横線)
                                    見出しに戻る
 
57.新宿副都心から中野新橋「神田川・善福寺川」を巡り荻窪のたび  イメージ
新宿駅−文化女子大学「服飾博物館」−新宿中央公園−熊野神社−成願寺−「神田川沿い散策」−福寿院−氷川神社−「中野新橋商店街散策」−東円寺−「善福寺川沿い散策」−熊野神社−和田堀公園(高千穂大学)−「善福寺川緑地」−荻窪駅(JR中央線)
 
58.新宿副都心「副都心展望台を楽しむたび」 イメージ
新宿駅−西口メディア街散策−@損保ジャパン(美術館)−A京王プラザホテル(ショッピングモール)BNSビル(吹き抜け大空間・展望)−Cワシントンホテル(パブリックスペース)−Dパークタワー(OZONEショールーム・展望)−E東京都庁(展望・昼食:職員食堂)−F新宿三井ビル(展望)−G住友ビル(展望・三角吹き抜け)−Hアイランドタワー(ショッピングモール)−I野村ビル(展望)−終了祝い「かもづる(ちょっと一杯)」
 
59.赤羽近辺散策のたび イメージ
赤羽駅−カトリック赤羽教会−赤羽公園−「商店街散策」−熊野神社−「荒川」−小山酒造−八雲神社−正光寺−八幡神社−桐ヶ丘(旧公団団地)−自然観察公園−普門院−「赤羽七福神」−「@立ち飲みおでんで一杯Aまるますやでもう一杯」−赤羽駅
 
60.新宿から「神田川」・山の手を巡り池袋へのたび イメージ
新宿駅−常円寺−成子天神社−北新宿公園−円照寺−鎧神社−「中央卸売市場・淀橋市場」−北柏木公園−月見岡八幡神社(上落合富士)−「下落合界隈散策」−「神田川」−おとめ山公園−薬王院−目白の森−目白庭園−立教大学−西池袋公園−メトロポリタン−「清瀧三店舗ではしご酒@本店A南口店B東口店」
                                    見出しに戻る
 
61.新旧の新橋から銀座・日本橋の散策のたび イメージ
新橋駅−ニュー新橋ビル−「新橋西口界隈散策」−塩釜神社−「イタリア街散策」−「汐留シティ散策」−浜離宮−築地市場(@場内「寿司」A場外散策B築地神社)−築地本願寺−歌舞伎座−銀座−「銀座散策」−「日本橋界隈散策」−日銀本店−神田(飲み屋散策後「@清瀧神田店で一杯A焼き鳥伊勢Bおでんなか川」で一杯)
62.武蔵野の旅3:府中から是清までの旅  イメージ
京王府中駅−伊勢丹−「大國魂神社」−府中本町−遊歩道散策−「サントリー武蔵野工場」−「大東京綜合卸売センター」−いこいの森−「府中郷土の森(博物館・公園)−市民健康センター−是政神社−是政駅(西部多摩川線)  「梅2月」「桜4月」がおすすめ
 
63.下町(江戸川区)水と親しむたび1:西葛西から葛西臨海公園の旅   イメージ
西葛西(東京東西線)−総合レク公園−新長島川親水公園−新左近川親水公園江−総合レクリエーション公園−「フラワーガーデン」−「冨士公園」−「なぎさ公園」−江戸川歩き−葛西臨海公園−葛西臨海公園駅(JR京葉線)
 
64.下町(江戸川区)水と親しむたび2:西葛西から一之江の旅
西葛西(東京東西線)−行船公園(「自然動物園」「平成記念公園」)−古川親水公園−一之江駅(都営真珠船)
 
65.下町(江戸川区)水と親しむたび2:新小岩から船堀の旅
新小岩(JR総武線)−商店街散策「ルミエール」−小松川境川親水公園−(荒川)−一之江境川親水公園−船堀駅(都営新宿線)
                                    見出しに戻る
66.都営荒川線の旅1:荒川界隈の旅
王子駅(JR・都電)−荒川遊園地前−「荒川遊園地」−「隅田川ミニ散策」−八幡神社−宮ノ前駅−熊野前駅−「東京都保健科学大」−「尾久の原公園」−町屋二丁目駅−町屋駅(都電・東京メトロ)
荒川ゆうネット http://www.arakawa-unet.jp/sightseeing/shiseki/arakawamachiya01.html
 
67.都営荒川線の旅2:町屋界隈の旅
王子駅(JR・都電)−町屋駅−「加藤屋敷跡」「袈裟塚耳無不動」−荒川二丁目駅−「荒川自然公園」−「荒川区役所・荒川公園」−荒川区役所前駅−三ノ輪橋駅(都電・東京メトロ)
 
68.都営荒川線の旅3:三ノ輪橋界隈の旅
大塚(JR・都電)−三ノ輪橋駅(都電・東京メトロ)−商店街散策−(寺巡り)−「若宮八幡宮」−「素盞雄神社素盞雄神社」−「ふるさと文化館」−「誓願寺」−千住大橋−「汐入公園」−「リバーハープ」−回向院−『ウナギ:尾花』−「首切り地蔵」−(下町散策)−三ノ輪橋駅(都電・東京メトロ)
みなせん http://www.atmo.co.jp/minasen/index.htm
 
69.都営荒川線の旅4:王子界隈の旅
王子駅(JR・都電)−「王子神社」−「名手の森公園−「音無親水公園」−「飛鳥山公園:3つの博物館巡り」−飛鳥山駅−西ヶ原四丁目駅−(寺町巡り)−「新庚申塚」−新庚申塚駅−庚申塚駅−「地蔵通り商店街:おばあちゃんの竹下通り」−「とげ抜き地蔵」−巣鴨(JR山手線)
 
69.都営荒川線の旅5:大塚・池袋界隈の旅
大塚駅(JR山手線)−「天祖神社」−大塚駅(都電)−向原駅−「造幣局見学」−「サンシャインシティ」−東池袋四丁目駅−雑司ヶ谷駅−「雑司ヶ谷霊園」−雑司ヶ谷駅−早稲田駅−春山荘(食事・休憩「庭園巡り」)−「江戸川公園」−江戸川橋(東京メトロ)
 
70.都営荒川線の旅6:池袋・早稲田界隈の旅
大塚駅(JR山手線)−雑司ヶ谷駅−「下町巡り」−「鬼子母神」−鬼子母神駅−面影橋駅−「甘泉園公園」−「水稲荷神社」−面影橋駅−早稲田駅−「新江戸川公園」−リーガロイヤルホテル(食事・休憩「庭園巡り:大隈庭園」)−「早稲田大学(大隈講堂・演劇博物館)」−穴八幡−早稲田(東京メトロ:東西線)
                                    見出しに戻る
 
 
                                    見出しに戻る
 
「番外編」
 
1.東京散策「都心の神社巡り」   計画例
新橋駅集合「新橋西口広場」
■愛宕神社→■金刀比羅宮→■西久保八幡神社→■久国神社から「港区七福神」→■明治神宮→新宿
 
 
「郊外」
1.青梅レトロな宿場を巡るたび イメージ
JR青梅線・青梅駅−住吉神社−昭和レトロ商品博物館・青梅赤塚不二夫会館−延命寺−宗建寺−雪おんなの碑(調布橋)−SAKURA FACTORY(織物協同組合内)−映画看板の街並散策−JR青梅線・青梅駅
                                      見出しに戻る
 
 
神奈川
 
                       
 
「横浜」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                       
「横浜」
 
○七福神「横浜」
                                  「中年おじさんの散策1」
27.磯子七福神
 
                       
1.発祥の地を巡るたび   イメージ
 鶴見−総持寺(著名人の墓参り)−横浜(生麦)市場「散策」−麒麟ビール生麦工場「見学・休憩」−旧港町「散策」−横浜中央市場「昼食」−横浜−みなとみらい−県立博物館−馬車道「ガス灯・アイスクリー
ム」−本町通り「明治建物散策」−電車道−山下公園−マリンタワー−横浜中華街「夕食」−石川町
  神奈川宿 横浜中央卸売市場 みなとみらい 横浜港 大桟橋 臨海線 赤煉瓦倉庫 横濱媽祖廟 ディスプレイミュージアム キリン横浜工場 横浜(生麦)市場 鶴見総持寺
牌楼
中華街「中山路」「大通り1」「香港路」「関帝廟通り」「市場通り」「大通り夜1」「大通り夜2
 
2.元町から山の手の西洋館をのんびり極め,中華街で夕食をとるたび イメージ  イメージ
 石川町−「元町散策」−フランス山公園−港の見える丘公園・大佛次郎記念館−イギリス館−山手111番館−外人墓地−山手十番館−エリスマン邸「お茶」−ベーリックホール−グラフ邸18番−外交
官の家−「山の手洋館巡り(風見鶏のある洋館)」−元町−中華街−元町・中華街駅
元町 山の手 横浜港  横濱媽祖廟 牌楼
中華街「中山路」「大通り1」「香港路」「関帝廟通り」「市場通り」「大通り夜1」「大通り夜2
 
3.ちょっと変わった横浜1日散策   イメージ  イメージ
  鶴見−「総持寺」−国道−「生麦市場」−生麦−「キリン生麦工場」−生麦−横浜−(みなとみらい線)−元町・中華街−「中華街(昼食)」−元町−「港の見える丘公園・山手公園」−(タクシー)−「三渓園」−
(タクシー)−磯子
神奈川宿 横浜中央卸売市場  山の手 横濱媽祖廟  ディスプレイミュージアムキリン横浜工場 横浜(生麦)市場 鶴見総持寺 牌楼
中華街「中山路」「大通り1」「香港路」「関帝廟通り」「市場通り」「大通り夜1」「大通り夜2
 
4.女性の気ままな横浜散策「みなとみらい線」を活用して@  イメージ  イメージ
 横浜駅−(みなとみらい線)−元町・中華街駅−「山手散策」@「クリーニング業発祥の地碑」A「港の見える丘公園」B「山手洋館散策(エリスマン邸「喫茶休憩」・ブラフ18番館・外交官の家)」−元町散策−中華街「昼食」散策@「横浜開帝廟」A「横濱媽祖廟」−元町・中華街駅−(みなとみらい線)−日本大通(県庁前)駅−大桟橋散策−(鉄道跡の道)−「赤煉瓦倉庫散策」−「みなとみらい地区散策」−みなとみ
らい駅−(みなとみらい線)−横浜駅
元町  みなとみらい 山の手 横浜港 大桟橋 臨海線  赤煉瓦倉庫 横濱媽祖廟 牌楼
中華街「中山路」「大通り1」「香港路」「関帝廟通り」「市場通り」「大通り夜1」「大通り夜2
 
5.横浜の歴史散歩@「みなとみらい線を利用した山の手・元町方面」  イメージ  イメージ
 横浜駅−(みなとみらい線)−元町・中華街駅−港の見える丘公園(フランス山)−「山手洋館散策」@エリスマン邸「喫茶休憩」Aブラフ18番館B外交官の家−元町散策−元町・中華街駅−みなとみらい
線)−横浜駅
山の手  元町  赤煉瓦倉庫 横濱媽祖廟 牌楼
中華街「中山路」「大通り1」「香港路」「関帝廟通り」「市場通り」「大通り夜1」「大通り夜2
 
6.横浜の歴史散歩A「みなとみらい線を利用した日本大通りから中華街」  イメージ
 横浜駅−(みなとみらい線)−みなとみらい駅−「みなとみらい散策」−ワールドポーター(昼食)−「赤瓦倉庫」−馬車道駅−(みなとみらい駅)−日本大通り駅−「歴史的建造物散策」−「山下公園近辺散
策」(ティータイム)−中華街(散策+夕食等)−元町・中華街駅
横浜港  大桟橋  臨海線 赤煉瓦倉庫  横濱媽祖廟 牌楼
中華街「中山路」「大通り1」「香港路」「関帝廟通り」「市場通り」「大通り夜1」「大通り夜2
 
7.横浜関内から運河を巡るたび(関内から黄金町)
 関内駅−大通公園−伊勢佐木町−野毛−「大岡川」−日ノ出町−黄金町
伊勢佐木町 大通公園
 
8.横浜の新旧の町を楽しむたび(鴨居から横浜・鶴見)   イメージ
 鴨居駅−ららホーと横浜−新横浜−菊名−大口−東神奈川−ディスプレイミュージアム−横浜中央
卸売市場−神奈川宿−キリン横浜工場−横浜(生麦)市場−鶴見総持寺−鶴見駅
ららぽーと横浜  神奈川宿 横浜中央卸売市場  ディスプレイミュージアム
キリン横浜工場  横浜(生麦)市場  鶴見総持寺
 
9.横南部を巡るたび(新杉田駅から追浜駅)
 新杉田駅−「ベイサイドライン」−鳥浜−横浜ベイサイトマリーナ−「金沢地区埋め立て地散策」(並
木地区・シーサイドタウン)−金沢八景島シーパラダイス−海の公園−野島公園−追浜駅
横浜ベイサイドマリーナ
                                      見出しに戻る
 
「川崎」
○一カ所七福神
                                 「中年おじさんの散策1」
15.医王寺  16.桜本商店街
 
 
1.川崎から大師線「港町」、桜町商店街を散策、川崎大師に至るたび
 
 
 
 
 
「湘南」
                       
○七福神「神奈川(横浜除く)」
                                  「中年おじさんの散策1」
28.鎌倉・江の島七福神
 
 
1.春の「衣笠山」をのんびり桜道の楽しむたび     計画例  イメージ1 イメージ2
 東京・横浜−衣笠駅−衣笠公園「衣笠山」・散策−大矢部温泉「うな萩」−(京急線)−南太田−関内or中華街で安酒・宴会
 
 
埼玉
                       
○七福神「埼玉」
                                  「中年おじさんの散策1」
4.くりはし八福神   6.与野七福神    7.すぎと七福神   15.小江戸川越七福神
16.武蔵越生七福神   23.草加七福神    32.川口七福神    33.本庄七福神
34.三郷七福神(彦成めぐり) 35.三郷七福神(八木郷戸崎めぐり) 39.武蔵野七福神
40.武州寄居七福神  
 
○一カ所七福神「埼玉」
                                  「中年おじさんの散策1」
13.正眼寺      20.神保原駅七福神   29.慈眼寺七福神   30.香岩寺七福神
30.普光寺      33.金乗寺 山口観音   11.西光院
 
 
 
「浦和」
1.浦和の神社公園を巡るたび  イメージ
 浦和駅−駅前商店街散策−玉蔵院−調神社・調公園−埼玉県庁舎−別所沼公園−NHK埼玉−NACK5−浦和宿本陣後−常磐公園−浦和伝統文化館−北浦和公園(県立近代美術館)−北浦和駅
                                      見出しに戻る
 
 
「大宮」
1.大宮桜を楽しむたび イメージ
 大宮駅−氷川神社参道−氷川神社−大宮第1公園−盆栽町−大宮公園駅(東武野田線)
                                      見出しに戻る
 
 
「川越」
1.川越のウナギ,蔵の街をのんびりと巡るたび イメージ
 川越駅−「駅前商店街通り散策」−(東照宮中院通り)−中院−仙波東照宮−喜多院「庭園散策・五百羅漢」−日枝神社−川越町歴史博物館−成田山別院「亀の池散策」−富士見櫓跡「蔵造りの町並み」−初鴨公園(三芳吉野神社・川越城本丸跡)−川越市立美術館(見学)−氷川神社(参拝)−裁判所−川越市役所−菓子屋横町(散策)−蔵造り資料館(見学)−時の鐘(薬師神社)−一番街通り「川越散策メインルート」−中町−大正浪漫夢通り−熊野神社(山車見学・田舎能舞台)−西武本川越駅
  ※小江戸川越七福神 イメージ                     見出しに戻る
 
 
「行田市」
1.古代蓮と古墳を巡る歴史の旅  イメージ
 行田市駅−「行田市内散策」−八幡宮・神社−行田市博物館・城跡(本丸公園)−せせらぎ公園−水城公園−行田教育文化会館−古墳の里(さきたま古墳公園)−古代蓮の里−せせらぎ歩道−行田駅
                                      見出しに戻る
 
 
「久喜」
1.久喜駅から農道歩きを楽しみ,「藤(玉縄神社)」・加須のうどんを賞味するたび  イメージ
 久喜駅(JR宇都宮線)−久喜菖蒲公園「バードウォッチング」−(農道ウォーク)−ひょうたん池−芝山沼−アヤメ園・菖蒲城跡・ラベンダー園−玉縄神社「藤鑑賞」−加須「うどん賞味」−加須駅(東武伊勢崎線)
 
2.久喜から菖蒲を求めて菖蒲町までのたび  イメージ
 久喜駅−(バス・菖蒲町)−菖蒲神社「参拝」−菖蒲園−(紫陽花道)−菖蒲町庁舎「菖蒲・ラベンダー(散策)」−しらさぎ公園「ラベンダー(散策)」−(水と川辺の散策路「用水路沿いの道を散策」)−久喜菖蒲公園−東北道路くぐる−久喜運動公園−くつろぎの湯「入浴」−奥会津(そば屋)・食事・休憩−寒梅酒造(久喜に残る蔵を散策)−久喜駅
 
                                      見出しに戻る
 
 
「加須(東武伊勢崎線)」
1.加須のうどんを賞味し,農業用水沿いに東鷲宮。温泉まで楽しむたび。 イメージ
 加須駅(東武伊勢崎線)−加須の街「散策・うどん賞味」−大沼「浮き野の里」−はなさき(花咲)水上公園−(水路沿いの散策路)−鷲宮神社「参拝」−(水路沿いの散策路「コスモスロード」)−百観音温泉「入浴休憩」−東鷲宮駅(JR宇都宮線)
 
 
「春日部(東武線)」
1.春日部七福神巡り イメージ
                                      見出しに戻る
 
 
「越谷(東武線)」
1.越谷駅から文化を巡り 北越谷駅に至るたび  越谷市内散策1  イメージ
越谷(東口)−葛西用水路−久伊豆神社−能楽堂(日本庭園)−新方川−定使野公園−野鳥の森(キャンベルタウン)−大吉調整池親水公園−逆川緑の道−北越谷駅(東口)
 
2.蒲生駅から鰻を堪能、越谷レイクタウンの旅  越谷市内散策2  イメージ
蒲生駅−蒲生温泉−越谷市立児童館−葛西用水−正八幡宮−「ウナギ・鰻重」−越谷レイクタウン−越谷レイクタウン駅
                                      見出しに戻る
 
 
「岩槻(東武線)」 
1.桜時期岩槻を楽しむたび  イメージ
 岩槻(東武・野田線)駅−願生寺−岩槻城跡公園・岩槻公園−元荒川堤−東岩槻駅(東武・野田線)
 
                                      見出しに戻る
 
 
「東鷲宮」
1.東鷲宮から歴史散策・自然観察の旅 イメージ
 東鷲宮−
 
2.初秋の「秋桜」を堪能するたび イメージ
 東鷲宮−
 
                                      見出しに戻る
 
 
幸手(香日向近辺)
「幸手」を基点とした旅
1.農道を歩き,分水嶺を楽しむ散策(下川崎・高野台) イメージ
 幸手−せせらぎ用水路@−分水嶺−杉戸総合運動公園−せせらぎ用水路A−和戸−せせらぎ用水路B−東武動物公園−新しい村−笠原小学校−公民館「進修館」・杉戸町役場−杉戸小学校−東武動物公園−公園−東武動物公園駅  ※すぎと七福神 イメージ
 
2.豊かな自然を堪能するあるき(香日向・権現堂堤・幸手市街)「温泉」 イメージ
 東鷲宮−沼井公園−弦代公園−香日向(千塚西公園)−高須賀池−権現堂堤−「マリヤ地蔵」−工業地帯・「総合公園」散策路−上宇和田公園−アスカル幸手−幸手極楽温泉「入浴・休憩」−幸手駅
 
3.桜の時期,花道を歩くたび  イメージ
 幸手駅−(幸手旧市街の散策)−権現堂堤(桜鑑賞)−幸手橋−大正調整池「幸行湖」−新堤(桜鑑賞)−南栗橋−用水路堤(桜鑑賞)−氷川神社−東鷲宮−百観音温泉「入浴・休憩」−東鷲宮駅
 
4.幸手から用水路を巡り,利根川沿いまでのたび  イメージ
 幸手駅−権現堂−用水路−高須賀池−昭和橋−用水路−南栗橋−(栗橋ののどかな郊外散策)−(国道4号越え)−利根川堤「ハクレンの勇姿観察?」−「常薫寺」−「定福院」−「福寿院」−八幡神社−静御前の碑−栗橋駅    栗橋八福神 イメージ
 
5.幸手から用水路をたどり,利き酒(地酒)をはしごしながら久喜までの旅  イメージ
 幸手駅−石井酒造「利き酒」(ベルクというスーパー隣接)−分水嶺−用水路−久喜青葉団地−久喜旧市街散策−久喜駅−寒梅酒造「利き酒」−久喜市役所・久喜総合文化センター−なごみの湯「入浴」−奥会津(食事)−久喜駅
 
6.幸手サイクルオリエンテーリングを歩くたび@  イメージ
 
7.幸手サイクルオリエンテーリングを歩くたびA  イメージ
                                      見出しに戻る
 
栃木
                       
○七福神「栃木」
                                 「中年おじさんの散策1」
12.足利七福神     41.上三川七福神    42.小野寺七福神
 
                       
○1か所七福神「栃木」
                                  「中年おじさんの散策1」
34.西念寺       35.長泉寺
 
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「栃木市」
1.蔵の街「栃木」を散策するたび。 イメージ
 東武新栃木駅(東武日光線)−巴波(うずま)川−岡田記念館−栃木市役所別館−県庁堀−横山郷土館−山本有三ふるさと記念館−近龍寺−神明宮−満福寺−蔵の街観光館−栃木山車会館・とちぎ蔵の街美術館−巴波(うずま)川−郷土資料館−塚田歴史伝説館−綱手道−栃木駅 約4km
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2.栃木(館林)の花と史跡を楽しむたび  イメージ
 東武伊勢崎線・茂林寺前駅−茂林寺−茂林寺沼−野鳥の森・フラワーパーク−「シャトルバス」−栃木県立館林つつじが岡公園−城沼−「渡し船」−第2公園−秋元邸−田山花袋記念文学館−尾曳稲荷神社−田山花袋旧居−東武伊勢崎線・館林駅
  ※館林七福神 イメージ                         見出しに戻る
  
3.足利
 
 
茨城
「結城」
1.蔵・町並みを散策するたび「結城市街地散策」  イメージ
結城駅−須関商店−奥順壱の蔵−キヌヤ薬舗店舗−古川邸−旧黒川米穀店−山中石材店−鈴木紡績−河野商店−中澤商店−中澤邸−秋葉喬庸商店−福井薬局−結城酒造−武勇−会津屋本店−赤荻本店−小倉商店−大和屋結城店−結真紬−フジヤ洋品店−奥庄−小西金物店−秋葉糀味噌醸造−会津屋呉服店−簗嶋邸−磯田邸−観光物産センター−結城駅
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「古河」
1.茨城・古河を埼玉・栗橋から歩くたび  イメージ
宇都宮線・栗橋駅−八坂神社−(利根川)−鶴峯八幡神社光了寺−本願寺−顕正寺−古河第4小学校−古河第三高校−けやき平(住宅地)−「ランチ(イタリアン)」−古河運動公園−古河総合公園(民家園・湿原・植物園)−浅間神社−浄善寺−子の神社−長谷観音−古河歴史博物館−鷹見泉石記念館−古河文学館「喫茶」−古河第1小学校−福法寺−蛭子神社−清瀧八幡神社−青木酒造−「ディナー:レストランオリヴィエ」−宇都宮線・古河駅   ※くりはし八福神 イメージ
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2.古河市街散策「寺巡りと歴史旅」  イメージ
宇都宮線・古河駅−八幡宮−浄円寺−西光寺−尊勝院−「ランチ:天ぷら割烹味覚」−よこまち柳通り−篆刻美術館−街角美術館−永井路子旧家−長谷観音−古河歴史博物館−鷹見泉石記念館−古河文学館「ディナー:唐津」−第1小学校−鈴木酒店−宇都宮線・古河駅
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3.古河市街地周遊のたび   イメージ
宇都宮線・古河駅−大聖院−八幡神社−浄善寺−古河総合公園(民家園・湿原・植物園)−浄善寺−子の神社−長谷観音−稲荷神社−正定寺−雀神社−「渡瀬用水地展望」−(桜並木)−本成寺−よこまち柳通り(町並み散策)・「ディナー:武蔵屋本店(うなぎ)」−竹駒稲荷神社−宇都宮線・古河駅
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群馬
                       
○七福神「群馬」
                                  「中年おじさんの散策1」
10.館林七福神      11.佐野七福神     17.榛名神社

 
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「バス(電車)旅・東京近郊編」
 
1.東京近郊の小旅行(初夏編)
 
「コース1」 釈迦ヶ岳を思い出し甲斐の街へサクランボ狩り
横浜〜東名速高・東富士五湖道〜芦川村すずらんの里(散策)〜幸せの丘ありあんす(昼食・マンモス象牙美術館見学)〜ハーブ庭園旅日記(見学)〜塩山さくらんぼ園(園内食放題)〜 ほったらかし温泉〜ぶどうの丘(甲斐ぶどう郷)〜中央速高〜横浜
9000円程度
http://www.ootk.net/cgi/shikihtml/shiki_588.htm 芦川村すずらんの里(散ったみたい)
http://budounooka.com/ ブドウの丘
http://plaza4.mbn.or.jp/~kaiji/hottarakashi.htm ほったらかし温泉
 
「コース2」 あじさいと桃の旅
横浜〜東名速高・東富士五湖道〜カチカチ山ロープウェイ:(正面に富士山、眼下に河口湖が見渡せます)〜河口湖 天上山あじさい(10万本のあじさい)〜ウィンレイクヒルホテル(入浴、昼食)〜ブルーベリー摘み(食べ放題)〜桃源郷 (あま〜くて、冷たいももの試食1個)〜エンザンワインナリー〜東名道〜横浜
8000円程度
http://www.fujigoko.co.jp/kawaguchiko/ropeway.html カチカチ山ロープウェイ
http://www.navi-city.com/tokusyu/tokusyu_ropeway.html
http://www.fujigoko.tv/tdet.cgi?code=5476  天上山あじさい
http://www.fujisan-net.jp/data/article/790.html ウィンレイクヒルホテル
 
「コース3」 雨だ食べるぞついでに温泉・ショッピング
横浜〜(東名道)〜 日本平(大パノラマの絶景にて日本平ロープウェイにご案内いたします)〜 日本平パークセンター (昼食:寿司、茶そば、カツオタタキ、黒はんぺん、あべ川餅、カニ汁食べ放題)〜 由比町びわ狩り(食べ放題)〜ゆい桜えび館 (桜えびの試食、ショッピング)〜御殿場アウトレットショップ〜御殿場温泉〜(東名道)〜横浜
8500円程度
http://www.shizutetsu.co.jp/park/ 日本平ロープウェイ
http://plaza.across.or.jp/~s-kankou/shimizu/kaiin/s053/ 日本平パークセンター
http://homepage3.nifty.com/yuicho/sakuraka.html ゆい桜えび館
http://www.premiumoutlets.co.jp/gotemba/index.html 御殿場アウトレットショップ
http://www.gotemba.gr.jp/asobu/onsen/g-onsen.html 御殿場温泉会館
 
「コース4」 豪華温泉の入浴・食事,サクランボ狩り
横浜〜(中央道)〜大善寺(甲州における戊辰戦争唯一の古戦場、近藤勇の石像があり)〜春日居温泉・大棟苑 (昼食・入浴)〜塩山ワインナリー〜塩山・中山農園 (さくらんぼ狩り 食べ放題)〜河口湖ラベンダー園〜(東名速高・東富士五湖道)〜横浜
10000円程度
http://www.cosmo.ne.jp/~daizenji/ 大善寺
http://www.kodawarinoyado.com/daitoen/ 春日居温泉・大棟苑
http://www.wine.or.jp/enzan-wine/ 塩山ワインナリー
http://www.tcg.co.jp/computerAge/mytrip/lavender.html 河口湖ラベンダー
 
「コース5」 どうせ行くなら逆方向,菖蒲の旅
横浜〜東京〜(東関道)〜佐原あやめ祭り「嫁入舟」(水郷の嫁入りを再現しています)〜潮来あやめ祭り(500種、1000株)〜潮騒はまなす公園〜佐原温泉(入浴・食事)〜(常磐道)〜東京駅〜横浜
6500円程度
http://www.maturi-jp.com/file/photo/data/sawara.html  写真展
http://www.nibh.jp/~takahashi/tradevents/fts.cgi/SawaraAyame 佐原あやめ祭り
http://www.geocities.jp/katabb277/  潮騒はまなす公園
 
「コース6」 古都鎌倉・房総の旅,あじさい・寿司づくし
横浜〜建長寺(自由拝観):明月院あじさい〜東京湾フェリー(久里浜港金谷港)〜金谷港 (昼食:地元漁港直送の回転すし食べ放題)〜茂原あじさい屋敷 (50種、1万株のあじさい)〜茂原温泉〜浅草「希望者下車:大槻さんを偲び6区街へ」〜横浜
8000円程度
http://www.kamakura-burabura.com/meisyokitakamakrameigetuin.htm 明月院あじさい
http://www.thefish.co.jp/funaosa.htm 地元漁港直送の回転すし
http://www.nn.iij4u.or.jp/~swan/etc/ajisai.html 茂原あじさい屋敷
 
「コース7」 伊豆の旅
横浜〜(東名道)〜箱根登山鉄道あじさい電車〜沼津みなと寿司 (昼食:寿司、地場料理、デザート、フルーツ食べ放題)〜修善寺虹の郷「花しょうぶ園」(300種、50万本の菖蒲、10種2000株の紫陽花)〜修善寺温泉(ワインナリー+温泉)〜(東名道)〜横浜
9000円程度
http://www.pakunavi.com/14/14.asp?P_ShopCode=48060004 沼津みなと寿司
http://www.nijinosato.com/ 修善寺虹の郷
http://www.izuwinery.com/ 伊豆ワインナリー
http://www.winery-hill.co.jp/spa/index.html 温泉
 
「コース8」 玉原高原の旅     計画例
横浜〜東京〜(関越道)〜高坂SA〜沼田IC〜玉原高原「水芭蕉」〜酒工場〜沼田(昼食)〜赤城神社〜赤城高原レンゲツツジ〜富士見温泉「見晴らしの湯」〜赤堀菖蒲園(鑑賞)〜(関越道)〜三芳PA〜東京〜横浜
玉原高原 http://www.city.numata.gunma.jp/introduction/yuhodo.html
株式会社永井本家 http://ec.orahoo.com/e1.bussan/tonenishiki/
赤城神社 http://www.akagijinja.or.jp/
富士見温泉「見晴らしの湯」http://www.vill.fujimi.gunma.jp/fureai/
赤堀菖蒲 http://wisteria.guntomo.com/pano/gunma/onnabori.htm
 
「コース9」 茨城の山と梅園・展望風呂  計画例
横濱−(首都高速)−東京−(常磐道)−筑波山登山口-男岳−女岳−筑波山登山口−「梅園散策」−筑波温泉−(常磐道)−東京−(首都高速)−横浜  (歩行約3時間)
日本100名山 筑波山紀行 http://www.tsukubasan.co.jp/index.htm
筑波山(876m)http://www.ne.jp/asahi/syouken/yuyu/mount-1/2001/tsukuba1.htm
筑波山梅園  http://www3.plala.or.jp/pinwheel/plum.htm
筑波山温泉 「つくばの湯」  http://www.ichibou.com/tsukubayu-top.htm
 
「コース10」 茨城の山と街並み散策 「足尾山・加波山」+『真壁町』の旅   計画例
横浜−(首都高速)−東京−(常磐道)−加波山登山口−加波山−一本杉峠−足尾山−ハンググライダ飛行基地−きのこ山−つぼろ台−伝正寺−真壁町(町並み散策)−(常磐道)−東京−(首都高速)−横浜   (歩行約4時間弱+散策1時間)
No.60 加波山(かばさん・709m)http://www1.u-netsurf.ne.jp/~tamu/60kabasan.htm
加波山事件 http://www.tabiken.com/history/doc/D/D253R100.HTM
不思議の時がうつろう町を歩こう  http://www.joyoliving.co.jp/topics/200511/tpc0511021.htm
やさと温泉ゆりの里 http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/spa/yasato/yasato.htm
 
「コース11」 常陸・水郷の旅   計画例
横浜駅・東京--(常磐道)−@常陸風土記の丘(ユリの群生地)−A那珂湊(昼食と海産物ショッピング)−B潮来あやめ園−C十二橋めぐり(サッパ船乗船)-D佐原の町並み散策と酒造見学--(東関道)--東京駅-横浜駅
常陸風土記の丘  http://business2.plala.or.jp/fudoki/
那珂湊 http://www.hcci.jp/navi/ichiba/ichibainfo.htm
潮来あやめ祭りhttp://www.city.itako.ibaraki.jp/kankou_guide/fes_ayame.htm
娘船頭のサッパ船(手こぎ船)・十二橋めぐり http://asobiba.jp/news/01/015400.htm
歴史ある町並み・佐原散策  http://www.city.katori.lg.jp/section/_kanri/news/2006-0511-2011-1.html
東薫酒造 0478-55-1122 http://www.tokun.co.jp/index.htm
 
「コース12」  群馬(水上)の旅   計画例
横浜・東京〜(関越道)〜高坂SA〜水上(上毛高原)IC〜諏訪峡遊歩道散策(1.5時間)〜赤城神社〜赤城高原レンゲツツジ「高原牧場」〜富士見温泉「見晴らしの湯」〜赤堀菖蒲園(鑑賞)〜(関越道)〜三芳PA〜東京〜横浜
諏訪峡遊歩道(水上) http://www.minakaminomori.com/suwa/index.html
赤城高原牧場http://www.vill.fujimi.gunma.jp/kankou/tutuji/index.htm
富士見温泉見晴らしの湯http://www.vill.fujimi.gunma.jp/fureai/
赤堀花しょうぶ園(赤堀町) http://www.city.isesaki.lg.jp/kankou/shobu/index.htm
 
「コース13」 赤城「鍋割山・荒山高原」の旅  計画例
横浜−(首都高速)−東京−(上越道)−赤城IC−森林公園駐車場−芝の広場(下のあずま屋)−荒山高原−鍋割山々頂−荒山高原−芝の広場−森林公園駐車場    (歩行約3時間)
赤城山・荒山http://www.ne.jp/asahi/ohirune/yk/aruki/jyosinetu/akagi000610.htm
荒山高原・鍋割山http://katsu-k.hp.infoseek.co.jp/noho0420.html
赤城山に咲く花々http://www2.gunmanet.ne.jp/mkawa/akagi.html
忠治温泉『旅籠忠治館』http://www.chujikan.com/
湯ノ沢館赤城温泉http://www.hananoyado.com/
 
「コース14」 蔵の街遊歩道コース+宇都宮餃子   計画例
新栃木駅−岡田記念館−例幣使街道−県庁堀−横山郷土館−山車会館−栃木市郷土参考館−綱手道−塚田歴史伝説館−山本有三ふるさと記念館−あだち好古館−蔵の街観光館−近龍寺−神明宮−栃木駅
栃木か新栃木で,東武宇都宮へ。餃子を堪能。
地図(栃木市観光協会)http://www.cc9.ne.jp/~t-kankou/map/kura.html
蔵の街 http://www.cc9.ne.jp/~t-kankou/miru/kuranomati.html
栃木 ・ 蔵の街 http://www3.plala.or.jp/sanpo/tochigi.htm
宇都宮餃子会 http://www.gyozakai.com/
宇都宮http://www.utsunomiya-cvb.org/kankou_miru/index.shtml
TOBULAND/タウンウォーキング 栃木 http://www.tobu.co.jp/playing/walking/tochigi/index.html
 
「コース15」 群馬三大梅園の旅     計画例
群馬の梅 3月中旬から末が見頃
横浜・東京−(首都高速・関越道)−高崎−箕郷梅林−榛名梅林−秋間梅林−温泉「磯部温泉恵みの湯」−(首都高速・関越道)−東京・横浜
箕郷梅林http://ch05846.kitaguni.tv/e357132.html
箕郷梅林についてhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~miyabi/page046.html
箕郷梅林http://www.rurubu.com/season/winter/ume/detail.asp?SozaiNo=100004
箕郷梅林(みさとばいりん) http://www.ne.jp/asahi/web/oki/hana/misatobairin.html
榛名梅林http://www.geocities.jp/hanagoyomi44/Takasaki/GLH-Ume-HarunaBairin.html
榛名梅林http://www.rurubu.com/season/winter/ume/detail.asp?SozaiNo=100003
榛名山を一望できる梅の里http://www.city.takasaki.gunma.jp/kankou/sizen/hbairin/hbairin.htm
榛名の梅祭りhttp://www.city.takasaki.gunma.jp/shisho/haruna/kanko/ume/fes01.htm
秋間梅林秋間梅林祭(安中) http://www.city.annaka.gunma.jp/kanko_spot/bairin.html
磯部温泉恵みの湯http://www.yumeguri.com/higaeri/gunma/isobe.html
 
 
 
 
イメージ
@ 町屋から浅草                          
A 久喜奥会津
 
 
 
 
東京近郊の散策 詳細
 
東京神奈川埼玉栃木・群馬・千葉
 
東京
 
1.王子駅から上野駅まで,庭を巡るたび               イメージ
 
 王子駅−音無親水公園・渓谷・王子神社−飛鳥山公園(庭園・3美術館巡り「飛鳥山博物館」「紙の博物館」「渋沢栄一資料館」)−造幣局印刷所−滝野川公園−平塚神社・平塚邸亭「甘味処」−旧古河邸公園(旧古河邸)−「下町の商店街散策(霜降商店街)」−大国神社−六義園・庭園−千駄木界隈「下町情緒の散策」−根津神社−上野公園(忍蓮の池・上野動物園・西郷隆盛像)−アメ横散策−上野駅
 
○音無親水公園
 東京にも渓谷がある。最近水辺の保存が進み。下水道を排他した綺麗な水を流している。西にあるとどろき公園は自然派であるが,ここの音無川沿いの整備は,人工的な感がある。そのせいか,子供連れの母子が安心して遊んでいる姿がいつもある。下町の風情を残しながらのこういう整備は歓迎したい。自動車道路とも上下で分かれているので,せせらぎの音の方が苅っている。
http://www.city.kita.tokyo.jp/koho/kiss/lg/otonasi/
http://www.city.kita.tokyo.jp/history/history/da205.htm
 
○王子神社
 音無親水公園の近くにある。歴史がある(以前は「若一王子宮」と言われていたらしい)神社は,この土地の名の由来とも言われている。小高い場所に位置しているので,このあたりの緑を占有している感じがする。お参りしてから散策を継続したい。
http://www.netcity.kita.tokyo.jp/kanko/data/a/2.html
 
○飛鳥山公園
 桜の時期と紫陽花の時期に楽しみを分けてくれる大きな公園である。児童公園にSLなども置かれ,近隣の子供達の絶好の遊び場ともなっている。渋沢栄一ゆかりの場所であり,文化的施設も集合されている。ここだけでも十二分に楽しめる場所である。桜の時期は,王子駅のガードから線路沿いに歩くと,電車が起こす風により,桜吹雪を楽しむことが出来る。
http://www.city.kita.tokyo.jp/koho/kiss/lg/asuka/
 
@「飛鳥山博物館」 http://www.city.kita.tokyo.jp/history/museum/
 北区飛鳥山博物館は、北区や近隣地域の考古、歴史、民俗等や自然に関する博物館活動を行うことで、区民の生涯学習の振興に寄与するとともに、広く教育、学術の向上と地域文化の発展に資することを目的に、平成10年3月27日、北区立飛鳥山公園の中に開館しました。
北区は、荒川の形成した肥沃な沖積地と、そこから西へ広がる武蔵野台地といった変化のある地形や自然と、それらを基盤とした人々の日常生活を通して育まれてきた数多くの文化遺産があります。
 常設展示は、このように歴史的にも自然環境的にも恵まれた北区を、「大地、水、人」を基本的なコンセプトとして、テーマごとに展示することなどにより、郷土の文化とふれあう橋渡しとなるように展示を構成しております。
 博物館では、展示や各種の教育普及活動等を通して、過去から現在、そして次の世代へ北区の貴重な文化遺産を継承し、地域文化の創造的発展の拠点となるように努めてきました。未来への架け橋として、世代や地域を超えて、多くの方々に活用していただきたいと考えております。
北区飛鳥山博物館   名誉館長 小林 三郎
 
A「紙の博物館」 http://www.papermuseum.jp/
 当館は昭和25年、旧王子製紙(株)の収蔵資料をベースに,わが国洋紙発祥の地である東京北区王子に財団法人として設立され,以来紙に関する古今東西の資料を幅広く収集,保存,展示し,教育普及活動をおこなってきております。紙をテーマとする世界有数の紙専門博物館と自負しております。 平成12年に開館50周年を迎えましたが,この間内外の多くの方々にご利用いただいて今日にいたっております。わが国伝統のすぐれた和紙文化をはじめとしてめていただき,和紙を素材とした各種紙工芸品の手づくり講習会にも参加し,“紙”全般についての知識を深ていただくことができます。
 また,現在の資源・環境・リサイクルなど,学校教育でとりあげられております“紙”をめぐる今日的テーマについての社会教育施設としても,一層お役にたつ博物館をめざしております。
 
B「渋沢栄一資料館」  http://www.shibusawa.or.jp/museum/index.html
 渋沢史料館は、日本の近代経済社会の基礎を築き、生涯「道徳経済合一説」を唱え、実業界のみならず社会公共事業、国際交流の面においても指導的役割を果たした渋沢栄一[1840(天保11)〜1931(昭和6)年]の全生涯にわたる 資料を収蔵、展示しています。
 1998(平成10)年3月増設、開館した史料館本館に隣接する旧渋沢庭園は旧渋沢邸の一部で、東京都の「歴史的建造物」に選定された大正期の2つの建物、「晩香廬」と「青淵文庫」が庭園とともに当時のままの姿で残っています。
 
○滝野川公園
 地区公園であろうが,幹線道路(本郷通り)から運動公園を含めたグリーン地帯が伸びている。雑踏をさけ線路沿いに逃げる場合など気持ちの良い迂回路となる。東京メトロ西ヶ原駅前でもある。
http://www.city.kita.tokyo.jp/koho/kiss/lg/takino/  滝野川公園 (たきのがわこうえん)
・滝野川公園は、水と緑が多く、子どもから高齢者まで、多くの人々に利用されています。
・この公園の特徴は「防災公園」としての性格も有していることです。北区防災センターが隣接し、災害備蓄倉庫、応急給水槽(1,500t)、深井戸、散水塔(放水銃)などの防災設備が整っています。
・周辺には消防署、警察署、病院、体育館があり、滝野川公園を含めた、この一帯が総合的な防災拠点になっています。
・園内にある壁泉では、高さ5m・全幅22mの白御影石の壁から、最大約12t/分の水が流れ落ちます。この壁泉の前は直径25mの大池になっており、夏には水遊びをする子供たちでいっぱいになります。水は、ろ過装置による循環水を使用しています。
 
○平塚神社
 上中里駅からゆっくりとした登りを登ってくると,神社が見えてくる。長い敷地は,本郷通りまで続いている。なかなか風格のある社が保存されている。境内には,数カ所に「屋台倉庫」が立てられ,祭りの時は,繰り出されるのであろうと思われる。
http://www.netcity.kita.tokyo.jp/kanko/data/g/14.html
 平塚神社は清光寺と同じく、中世の豪族・豊島氏に縁のある地です。かつては豊島氏の館があり、源義家が奥州征伐から凱旋したときにこの館に滞在し、その礼に鎧と守り本尊の十一面観音像を譲ったといわれています。
 境内の裏手にはその鎧を埋めたと伝えられる甲冑塚(かっちゅうづか)があります。北区指定有形文化財の「紙本著色平塚明神并別当城官寺縁起絵巻」(しほんちゃくしょくひらつかじんじゃえんぎえまき)、古文書「平塚神社文書」(ひらつかじんじゃもんじょ)を所蔵しています(非公開)。
 
○旧古河邸公園 150円
 現代は『大谷美術館』が管理している建物は,結婚式披露宴会場などにも時々利用されている。明治建築の遺産は生き続けている。管理は東京都に移管されているが,敷地内の草花は往事の状況に近づけられた整備がなされている。特に「バラ」に対する取り組みはすごい。開花時期には,ライトアップし夜間も解放している。西洋庭園ばかりではなく,茶室も敷地内にはあり,日にちによってはお手前をいただける。
 最下部にある『日本庭園』もすばらしい。よくぞこんなところに維持できると思われるような水を蓄えた池には,動植物が楽しげに生育している。水際まで近づく事が出来るので,のんびりと散策したい場所である。
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=17 旧古河庭園
開園時間 午前9時〜午後5時(入園は午後4時30分まで)
休園日  年末・年始(12月29日〜翌年1月1日まで)
※イベント開催期間及びGWなどで休園日開園や時間延長が行われる場合もあります。
入園料  一般及び中学生 150円 65歳以上70円
 
○霜降商店街 http://www.simofuri.com/ 霜降銀座商店街 霜降銀座栄会
下町の人情あふれる霜降銀座を仲間と散策。人が多く、ところせましと店が並んで活気あふれる声が行き交っている。そんな風情ある商店街は歩くだけでも楽しい。まずは商店街の洋服屋。店は小さいが品数は豊富。あれこれ選ぶのに迷ってしまうお店です。お次は惣菜屋。ここのプチ肉まんは芸能人にも人気。透明なパックに8個入って、肉はホクホクとジューシーな味わい。食べごたえのある一品です。商店街を抜け出すと『フランス菓子・カド』というケーキ屋さん。なんと文豪川端康成もお気に入りだったとか。ここのブタさんケーキがかわいくておいしい。ケーキとジュースのセットもお得。デートで来るのもいいかも。活気あふれる商店街、あなたも好みの店を探してみてはどうですか? 駿台学園高校3年 久我長広  http://www.sjc.kita.tokyo.jp/kita329/shoten3.html
 
○六義園 500円
 「りくぎえん」と読むらしい。山手線の駅の近くにありながら,これだけの自然を維持しているのはすばらしい。回遊型庭園を残し,それらを再整備して,庭園を維持している。巣鴨駅側と忍ばす通り側に出入り口があるので,巣鴨駅よりの入り口から入り,一度池に出て左回りするようにすれば,ほぼ周遊することが出来る。意外と広く,特にツツジの時期は花が咲き美しい。
 池には多くの築島が設けられ,入り組むように計画されている。休憩施設も充実しているのでのんびり散策することが出来る。
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=72 六義園
開園時間 午前9時〜午後5時(入園は午後4時30分まで)
休園日  年末・年始(12月29日〜翌年1月1日まで)
※イベント開催期間及びGWなどで休園日開園や時間延長が行われる場合もあります。
入園料  一般及び中学生300円 65歳以上150円
 
○千駄木
 下町情緒あふれるこの界隈。いろいろな楽しみも隠れています。非常にコミュニケーションもとれている街。互いの生活をうまくコントロールしているようです。
「谷中・根津・千駄木」(通称・谷根千=やねせん) http://www.yanesen.net/
東京の東に位置する台東区谷中・池之端・上野桜木、文京区根津・千駄木・弥生・向丘・本駒込、荒川区西日暮里、北区田端のあたりを生活の場とし、暮らす町で見つけたもの、大切にしたいものを紹介し、調査記録し、次代に手渡す手だてとしての雑誌づくりをしています。
版元の「谷根千工房」ではこのたび、スタッフ3人が助っ人の力を得て、もうひとつの小さなメディア「谷根千ねっと」を創刊します。
 
 
○根津神社 ツツジの開花時期のみツツジ園は有料(200円)となる 
 落ち着いた雰囲気の神社が斜面を背景に奉られている。通常は風格のある神社をお参りし,近辺の散策に動けば良いが,ツツジの時期は非常に混み合う。
http://www.nedujinja.or.jp/
根津神社は今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。
江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した。
明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められる等、古来御神威高い名社である。
 
○上野公園 http://www.ueno.or.jp/index3.htm
 恩賜公園として非常に気持ちの良い環境を庶民に提供してくれている。子供から大人,アベックまで十分に楽しむことが出来る場所である。上野の山だけを公園と思っている人は文化を愛する人であろう。博物館・美術館等を中心とした。上野の山を感じ取っている。当然芸術を好む人も,芸大から谷中に続く庶民街を見逃していないであろう。
 しかし,私は上野は「忍蓮の池」が好きである。上野の良さを象徴している場所といえる。弁天島をはじめとした意味不明の石碑,浮浪者。浅草からこのあたりにかけた人間像を象徴している。東大側には,無数のホテル群。なかなかこれほどのみすまっちは無いと思っている。
http://www.ueno.or.jp/summer-fest_04/ 上野夏祭り
http://www.seiyoken.co.jp/ 上野精養軒
http://www.nmwa.go.jp/index-j.html 国立西洋美術館
http://www.tobikan.jp/ 東京都美術館
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=X00/processId=00 東京国立博物館
http://www.kahaku.go.jp/visitor_info/ueno/index.html 国立科学博物館
http://www.taitocity.com/kanko/asakusa_ueno/j_guide/index.html 浅草・上野観光案内
 
@忍蓮の池
 上野と言えば偲ばすの池。蓮の花が咲く頃は見事なものである。
http://reikoyamamoto.blogzine.jp/ynot/2005/08/post_efd4.html
琵琶湖のように55万本という大群生ではないにしても、まさかこれほどとは。そういえば、「しのばずの池」って「忍蓮の池」と読み変えられるではないか。大きな蓮の葉の上には神様ではなく亀様が乗っかっており、すっかり癒されました。見頃はもう数週間続きそうです。(お昼過ぎに行ったら、ほとんどつぼみになっていました。花が大きくひらく朝に見に行った方がよいみたいです)
 
A上野動物園 http://www.tokyo-zoo.net/  http://www.tokyo-zoo.net/zoo/ueno/index.html
上野動物園のおもなサポート動物
ジャイアントパンダ、アジアゾウ、キリン、ペンギン類、スマトラトラ、サル類、ライオン、ゴリラ、クマ類、カバ、オカピ、レッサーパンダ、カリフォルニアアシカ、クロサイ、ハートマンヤマシマウマ、アイアイなど
●開園時間
午前9時30分〜午後5時(入園券の発売は午後4時まで)
※ただし、4時30分ごろに観覧を終了する動物もございます。
●入園料 一般600円 中学生200円 65歳以上300円
●休園日 毎週月曜日(月曜日が祝日、都民の日にあたる場合は、その翌日が休園日)
     年末年始(12月29日〜翌年1月1日)
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/zoo/ueno/index.html
 
B西郷隆盛像 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/saigouzou.html
 何と言っても上野のシンボルは西郷さん。筒袖に兵児帯をしめた着流し姿、右手に犬を引いている。銅像の作者は、詩人で彫刻家でもあった高村光太郎の父、高村光雲。明治24年、宮内省次官だった吉井友美が発起人となり、2万5千人から寄付金を集め、明治31年12月18日竣工除幕した。除幕式に参列した夫人のイトさんは「うちの人はこんなみすぼらしい格好をしてなかった」と嘆き、2度と上京はしなかったという。ちなみに郷里鹿児島の円山公園の西郷像は軍服姿である。
 
○アメ横商店街  http://www.ameyoko.net/
 以前は年末になると必ずこの商店街から中継が行われた物である。意外と東京の人間よりも地方(特に東北)の方が知名度があるのかもしれない。20年ほど前に以前の面影を残しながら,ビルに改装されてからはファンも少なくなっている様な気がする。現在もビルの1階部分がかろうじて露天風に営業をしているが,在りし日の「アメ横」の印象には遠い。私も親につられ嘘のように安い買い物を人混みにされながらした思い出の方がこの町の良さと思っている。
 アメ横センタービル http://www.ameyoko-center-bldg.com/
 アメ横プラザ http://www.ameyoko-plaza.gr.jp/
 
○上野駅  http://www.jr-break.com/info/ueno/
 乗降人員40万人の大規模ターミナル駅である上野駅は、2002年2月に中央改札口から広小路口にかけて大幅なリニューアルを実施し、アトレ上野や上野Breakが誕生して駅全体が新しい魅力ある場所に生まれ変わりました。上野駅はアメ横などの歴史と活力を持った商店街をエリア内に有しているほか、東京国立博物館、国立西洋美術館、上野動物園、東京都美術館などの文化施設、そして東京芸術大学という日本を代表する芸術教育機関と深い係わりのある駅です。そのため、上野駅ガレリア2階にギャラリーを設置し、駅を利用されるお客さまに気軽に芸術に触れていただくことで駅を単なる通過点ではなく、交流する場として活用していきたいと考えています。
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2.都電に揺られ,下町情緒にしたり,浅草から銀座へ向かうたび 
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 新大久保−西戸山公園−早稲田理工学部−学習院女子−早稲田(都電駅)−「始発から終点まで」−三ノ輪(ガード下商店街散策)−(浅草道)−合羽橋商店街−六区(浅草散策)−浅草寺「神谷バーで飲食」−上野
 
○(西)戸山公園
 私立海城学園の裏手にある公園。最近は,ホームレスの方々が多くなったが,このあたりの一等地を占有している贅沢な公園である。散策路・児童公園なども充実し,いろいろな層のひとが楽しめる場所である。運動施設なども充実し,学習院・早稲田の工学部へ行く近道としても利用できる。
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=46
 
○早稲田理工学部  http://www.waseda.jp/top/index-j.html (早稲田大学)
 このあたりでは高層建築が少ないので,非常に目立つ建物である。工学部が入っていると言うことが外観から見ても察知できる雰囲気である。大学の多様化・拡大化と共に学内にホテルなども造り始めているが,「都の西北」としての顔を保ってもらいたい感じがするのは私だけであろうか。
 
○学習院女子
 「ごきげんよう」の挨拶と共に,門を往来していた,女子学生(生徒)も最近はなかなかその声・姿が見られないのかと思えば,守衛さんにしっかりと挨拶をしている。やはり学習院女子。コンパクトでありながら,緑に恵まれた校内には,これからの淑女が育つ環境がある。
http://www2.gwc.gakushuin.ac.jp/index.html  学習院女子大学
 
○早稲田(都電駅)−「始発から終点まで」−三ノ輪橋(ガード下商店街散策)
 都電は全区間おりない限り,160円の均一料金。どうせなら一度は全線を乗ってみたいものである。出発点は,文化の街「早稲田」がふさわしい。神田川沿いに走る電車は,学習院まで春であれば桜吹雪を楽しませてくれる。その後は民家の間を走る専用線になるが,それはそれなりに趣がある。この界隈の人々が生活線としてバス代わりに利用している。大塚駅で一度路面に出る。JRとの取り換えで乗り降りが多い。再び専用線に入り,時々車道をまたぎながら運行となる。王子駅の手前,飛鳥山公園で車道と合流し,王子駅に着くことが出来る。ここからは,下町の車道との競演が始まる。荒川・尾久界隈の下町を堪能しながら進むことが出来る。ウナギ屋も多いところで,看板と共に美味しそうなにおいがドアの開閉と共に臭覚を楽しませてくれる。町屋駅を過ぎれば,再び専用線になる。このあたりでは住民が共同管理しているバラが見事に咲く。あっという間に終点三ノ輪駅に着く。非常に庶民的な多彩な商店街が迎えてくれる。南千住・三ノ輪駅もすぐである。
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/toden_index.html 都電荒川線
 
○合羽橋商店街
 厨房用品のデパートともいえるこの界隈は,非常に散策していておもしろい。プロが使う厨房用具が本来の売れ筋商品であるが,我々には「サンプル屋」のおもしろい品揃えが目を楽しませてくれる。そんな計らいが,各店舗でもされており一般の人間が気軽に購入できる商品を店頭に並べてくれている。そのほかにもいろいろな卸問屋が軒を並べているので,ゆっくり探索したい街である。思わぬ発見・珍品が見つかるはずである。                     
http://www.kappabashi.or.jp/ 
 
○六区(浅草下町散策)
 映画館・演芸場の街,屋敷と門前商店街をつなぐ街として印象が強いが,ビューホテルなどの開業再開発と次第に風情が無くなってきているのが,残念である。しかし,健在なのが昼間から堂々と酒を飲ましてくれる「飲屋街」。ここに来ると何かほっとする感じがする。それぞれになじみの店があり,数時間過ごしていく雰囲気がここにはある。
http://machi.goo.ne.jp/snd/SpotID_TOSHTK010102/leisure/details.asp 
六区ブロードウェイ庶民の娯楽の殿堂
映画館、ストリップ劇場、演芸場が立ち並ぶこのエリアは一時期衰退したが、最近お笑いブームに乗り六区ブロードウェイとして再び注目されている。落語や漫才が楽しめる下町の笑いの殿堂・浅草演芸ホールや大衆演劇のメッカ・木馬館大衆劇場なども現役。また浅草公会堂前にはスターの広場があり、歌手森進一や俳優田中邦衛など多くの著名人の手形が並んでいる。浅草寺の西側一帯は大正から昭和にかけて東京の娯楽の中心地で、浅草オペラや軽演劇もここから生まれ、エノケンこと榎本健一から萩本欽一、ビートたけしなど多くの芸能人を輩出した。
 
○浅草寺
 雷門をスタートとする(実はもっと南よりから参拝路はある),仲店商店街はなんと言っても浅草にきたという実感を味合わせてくれる場所。人形焼きの味見をしながら,せんべいでしめればおやつも終了してしまう。往来する人も多彩であれば,最近の仲店も多彩になりつつある。裏路地に入るのは帰路に委ね,まずは参拝路をあがり,煙たなびく大きな炉で厄をおとし,本道に向かいたい。
http://www.asakusashichifukujin.jp/sen.html
大黒天をお祀りしているのは浅草寺です。
 推古天皇36(628)年3月18日未明のことでした。今の隅田川に投網漁をしていた漁師の檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)兄弟の網に一体の仏像がかかりました。それを豪族の土師真中知(はじのまなかち)は、尊い観音像であることを知り、深く帰依して自宅を寺とし、その観音像を奉安し、礼拝供養に勤めました。これが浅草寺のはじまりです。
 大化元(645)年、勝海上人がこの地に留まり観音堂を建立、また夢告によりご本尊は秘仏と定められ武蔵国の観音信仰の中心地となりました。
 現在の本堂再建工事にあたって出土した数々の遺物から、金龍山浅草寺は少なくとも平安期には大寺の伽藍をここ武蔵野の一漁村に構えていたことが判りました。
 平安期はじめ、慈覚大師の巡拝により伽藍の整備が行われ、その後一層信者の層も厚くなりました。以来、慈覚大師を中興開山と呼んでおります。
 鎌倉期以降になると将軍自ら帰依するに及び、名将たちの篤い信仰を集めていよいよ観音霊場として知られるようになりました。
 江戸時代、天海僧正(上野東叡山寛永寺の開創)の進言もあって、徳川幕府の祈願所と定められ、いわゆる江戸の信仰と文化の中心として庶民の間に親しまれ、以後の隆盛をみるようになったのです。
http://www.tcvb.or.jp/jp/rashai_tokyo/MEISHO/a_sensouji.htm
 
@神谷バー
 『電気ブラシ』と言う特別ブレンドウィスキーを味わえる店である。小さなグラスに入れられたウイスキーは,微妙な琥珀色をしている。同時に水も持ってこられるので交互に飲みながら酔っていくのがここの飲み方とも聞く。しかし,そのほかの料理もボリュームがあり是非楽しみたい。レストランと言いながら,1階は完全な居酒屋。2階にレストランが整備されている。私のお気に入りは,大ジョッキのビール。巨大なジョッキがまずは圧巻である。
http://www.kamiya-bar.com/
神谷バーにデンキブランと名付けられたカクテルが登場して、およそ百年の歳月が流れています。
その間デンキブランは、浅草の移り変わりを、世の中の移り変わりをじっと見てきました。ある時は店の片隅で、またある時は手のひらのなかで ― 。
電気がめずらしい明治の頃、目新しいものというと”電気○○○”などと呼ばれ、舶来のハイカラ品と人々の関心を集めていました。さらにデンキブランはたいそう強いお酒で当時はアルコール45度。
それがまた電気とイメージがダブって、この名がぴったりだったのです。
デンキブランのブランはカクテルのベースになっているブランデーのブラン。そのほかジン、ワインキュラソー、薬草などがブレンドされています。しかしその分量 だけは未だもって秘伝 になっています。
あたたかみのある琥珀色、ほんのりとした甘味が当時からたいへんな人気でした。ちなみに現在のデンキブランはアルコール30度、電氣ブラン<オールド>は40度です。
大正時代は、浅草六区(ロック)で活動写真を見終わるとその興奮を胸に一杯十銭のデンキブランを一杯、二杯。それが庶民にとっては最高の楽しみでした。もちろん、今も神谷バーは下町の社交場。
仕事帰りの人々が三々五々、なかには若い女性グループも、小さなグラス片手に笑い、喋り、一日の終わりを心ゆくまで楽しんでいます。時の流れを越えた、じつになごやかな光景です。
明治・大正・昭和・平成、時代は移っても人の心に生きつづけるデンキブラン。デンキブランは下町の人生模様そのものです。一口、また一口とグラスを傾けると、時がさかさに動いて、見知らぬ 時の見知らぬ人に逢えそうな、そんな気がしてくるのです。
 
A駒形どぜう
 浅草の庶民の味ドジョウも最近は高級感が出てしまっている。本来私はドジョウを好んで食べないが,ここのドジョウだけは癖もなく仕立てられ食べられる。
http://www.dozeu.co.jp/
駒形どぜうの創業は徳川11代将軍の享和元年、1801年1月です。
初代は武蔵国(埼玉)の出身で、18歳の時に江戸に出ました。数年の奉公後どぜう汁、どぜうなべを商うめし屋を開き、越後屋助七を名乗りました。以来200余年、味とおもてなしに江戸情緒を残し、皆様より格別のお引き立てをいただいております
 
○上野駅  http://www.jr-break.com/info/ueno/
 乗降人員40万人の大規模ターミナル駅である上野駅は、2002年2月に中央改札口から広小路口にかけて大幅なリニューアルを実施し、アトレ上野や上野Breakが誕生して駅全体が新しい魅力ある場所に生まれ変わりました。上野駅はアメ横などの歴史と活力を持った商店街をエリア内に有しているほか、東京国立博物館、国立西洋美術館、上野動物園、東京都美術館などの文化施設、そして東京芸術大学という日本を代表する芸術教育機関と深い係わりのある駅です。そのため、上野駅ガレリア2階にギャラリーを設置し、駅を利用されるお客さまに気軽に芸術に触れていただくことで駅を単なる通過点ではなく、交流する場として活用していきたいと考えています。
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3.井の頭公園から,深大寺の自然を堪能するたび       イメージ
 
 吉祥寺駅−井の頭公園「自然観察園・飛鳥山」−三鷹の森・公園「ジブリの森・博物館」−(武蔵野の住宅街散策)−武蔵野市役所−神代植物園「園内散策」−深大寺「そば正味・各種土産屋散策(鬼太郎茶屋)」−深大寺温泉・ゆかり「入浴・休憩」−(バス)−つつじが丘駅
 
○井の頭公園
 井の頭線(渋谷方面からは便利)の駅名にもなっている公園。東京都が管理するが,細長いので地元の人の散策コースにもなっている。新宿方面から吉祥寺駅下車でも5分程度で着くことが出来る。武蔵野の清流を集めていた池は現在でも多くの水をたたえ,鯉や鳥などを生育させてくれている。桜の名所でもあり,水辺に道を遮るように巨大な幹を魅せている。もう一つの楽しみは,ベンチ。公募でもしたのだろうが,小さな「思い出プレート」がつけられているベンチが無数に公園内に設置されている。この公園で築かれた思い出が,すべてに名前と共に描かれている。そんな庶民の公園である。弁財天や自然観察園なども併設されている。
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=4
 この公園は、大正2年に日本最初の郊外公園として決定され、計画的に整備された公園です。また、井の頭池は、初めて江戸にひかれた水道、神田上水の源であり、明治31年「改良水道」ができるまで、重要な役割を果たしていました。
 「井の頭池」の命名者は、三代将軍徳川家光と伝えられています。その意味としては「上水道の水源」「このうえなくうまい水を出す井戸」という二つの説があります。
 かつては、周辺の水源涵養林が池の水面をおおい、美しい風景を作りだしていました。樹の種類や林の様相は、時とともに変化し、今では「郊外」という響きも薄れてきましたが、都民の憩いの場であることには変わりはありません。
 園内は、井の頭池とその周辺、雑木林と自然文化園のある御殿山、そして運動施設のある西園と、西園の南東にある第二公園の4区域に分かれています。
 
@自然観察園(井の頭自然文化園)  http://www.kawasemi.tv/
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/zoo/inokashira/
休園日
毎週月曜日(ただし、月曜日が祝休日、都民の日にあたる場合は、その翌日に休園)
年末年始 (12月29日〜翌年1月1日)
無料公開日
開園記念日(5月17日)・みどりの日(4月29日)・都民の日(10月1日)・老人保健福祉期間中(9月15日〜21日)の開園日は、60歳以上の方と付添者一名は入園無料
 
○三鷹の森・公園
 管轄の異なる公園が,隣接して配置されているようである。どちらかと言えば運動公園の要素が強い。テニスコートや簡易運動トラックなどもある。その一角に宮崎俊の「ジブリ博物館」が立てられている。見慣れたキャラクターが迎えてくれる。
 
@ジブリの森・博物館  http://www.ghibli-museum.jp/
常設展示室「映画の生まれる場所(ところ)」は、5つの小部屋で構成されています。さっきまで、この机で誰かが何かを描いていたかのような雰囲気です。
部屋の中には、本やガラス玉やたくさんのがらくたたちが転がり、壁には、イラストやスケッチが、隙間もないほどたくさん貼られています。部屋の天井からは、飛行機の模型やプテラノドンが吊り下げられています。ここは、部屋の主の好きなものが集められているところなのです。イメージの元となるものがあふれたこの部屋。机の上の描きかけの絵や、転がっている鉛筆から、まさに一本の映画の制作が始まろうとしているのです。
 
○武蔵野市役所  http://www.city.musashino.tokyo.jp/
 鉄道の駅のない近くにある市役所も少なくなったが,武蔵野市役所はその一例である。各種鉄道駅からは,バスを利用するしかない。武蔵野の地に生えている市役所である。そこに鉄筋コンクリートの巨大な建築物がある。以前は武蔵野で目立ったためものの最近の開発で,町並みにとけ込んでいる。
 
○神代植物園 http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=76
 武蔵野の面影が残る園内で、四季を通じて草木の姿や花の美しさを味わうことができます。この公園はもともと、東京の街路樹などを育てるための苗圃でしたが、戦後、神代緑地として公開されたあと、昭和36年に名称も神代植物園と改め、都内唯一の植物公園として開園されました。
 現在、約4,500種類、10万本・株の樹木が植えられています。園内はバラ園、ツツジ園、ウメ園、ハギ園をはじめ、植物の種類ごとに30ブロックに分けており、景色を眺めながら植物の知識を得ることができるようになっています。また、古くから伝わる日本の園芸植物の品種の保存や植物・園芸に関する催しや展示会を開き、都民の緑に対する関心を高めるのに一役買っています。昭和59年には大温室が完成し、珍しい熱帯の植物が集められ、冬も彩り鮮やかな花々を鑑賞できるようになりました。
 
○深大寺   
 名前からして非常に旅情を誘うなまえである。東京でありながら郊外の静かな街であることは誰でも知っている。そばを好む人であれば,『深大寺そば』の名が全国的に知られている。最近では,住宅地としても好まれ,この値を愛する人々が増えている。
アド街 http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/040313/
 
@そば屋 
 関東圏ではなかなかの知名度を持つそばである。特に神代植物園寄りのそば屋は,野州あふれる作りをしている。またそこにある2軒は対照的な営業をしている。老舗と言われる『玉乃屋』は店の前で非常にしつこい客引きをしている。入るまで逃がさないぞと言うおばさんの気迫がみなぎっている。もう1軒『松葉茶屋』は,静かに客の姿を待ち,引き入れている。当然私は後者の店を選びのんびりする。
 おばさんの強引な客引きは,客数は奪うが,のんびり食べたという顔をしてでてくる客の顔はない。私のはと言えば,ご自由に「お座りください」「今は空いていますので広い場所で・・」等,気持ちの良い配慮がある。当然,お酒も・つまみも予定外の量を注文してしまった。
http://www.navi-tama.com/kumiai_shouten/jinndaiji/
「深大寺そば」の由来
古来、そば種は八世紀頃原産地である北方大陸から朝鮮半島を経由して我が国に伝わりました。
我が国のそば作りは、武蔵野台地を開拓した高麗帰化人によって栽培され広がりました。
深大寺そばが有名になったのは元禄年間、天台宗関東総本山東叡山寛永寺御門主第五世公弁法親王に蕎麦切りを献上して賞賛を得てからと言われています。
その後一般庶民に伝わり武蔵野を散策する文人墨人客に愛され、江戸後期から、明治、大正、昭和へとその伝統が継承されていきました。
このように江戸初期より三百五十年余の長い歴史的評価と伝統を持つ深大寺そばは、今や郷土名物として全国的に一層謳われ名声を広めています。
 
A鬼太郎茶屋  http://www.youkai.co.jp/chaya.html
 長い間日本人に親しまれて来た「ゲゲゲの鬼太郎」。その作品の底に流れるテーマは「自然との共存」です。人や妖怪だけでなく、鳥や動物や虫たち、地球上に住むすべての生き物との共存が表現されています。そんな「水木ワールド」を水木氏の第二の故郷でもある都内でも有数な緑豊かな地域、調布市「深大寺」門前に再現致しました。緑に囲まれた築40年余りの木造建築「鬼太郎茶屋」は、
訪れた皆様をきっと懐かしい世界に御案内し、自然の素晴らしさ体感させてくれることでしょう。
 
B深大寺温泉「ゆかり」 http://www.shiroyama-gr.co.jp/yukari/
 露天風呂付き野趣料理の店「炭゛爐 城山亭」敷地内にて99年2月から掘削をしていた温泉が、同5月湧出致しました。調布市での温泉湧出は始めての事というのは勿論ながら、都内約50本ある温泉の中でも温度、量、効能等において大変高品質の温泉であるとの評判を得ております。弊社では、この天然温泉を「深大寺温泉 城山の湯」と命名いたしました。
1.湧出温度 40.3℃
2.湧出量 180リットル/毎分
3.泉質 ナトリウム-塩化物温泉(等張性・弱アルカリ性温泉)
4.適応症  神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、きりきず、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病。
http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/spa/jindaiji/jindaiji.htm
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4.小金井公園から吉祥寺までの武蔵野のたび         イメージ
 
 武蔵小金井駅−浴恩館公園−小金井堤−小金井公園「公園・江戸建物博物館散策」−(武蔵野の雰囲気「住宅地」満喫散策)−国木田独歩文学碑(境浄水場)−三鷹駅−禅林寺−井の頭恩賜公園「自然観察園・飛鳥山」−吉祥寺駅
 
○浴恩館公園
 ●知る人ぞ知る公園  http://homepage2.nifty.com/koganei/other/yokuonkan.html
 浴恩館公園で3日間にわたって行なわれた「春休み連続プレイパーク」。のびゆく子どもプラン小金井の市民推進会議で、一緒に委員をしている邦永さんからお誘いを受け、公園散策もかねて娘と一緒に出かけてみました。(2004.3取材)
 浴恩館公園は緑町にあり、私の住まいは東町。中央線の線路をはさんで反対側にあるので、行くのは初めてでした。ネットで地図を探してプリントしたものの、しばらくは場所がわからずウロウロ。その日は晴天に恵まれて気温はすでに18度近く。娘を後ろに乗せた自転車で汗だくになりながら公園を探し、ようやく入口を見つけたときは
 
○小金井公園
 玉川上水沿いに位置した、面積77ヘクタール(日比谷公園の4.7倍、上野公園の1.4倍)の広大な公園です。
 この公園は広々とした草地、それを取り巻く雑木林、桜の園、子どもの広場、弓道場、SL(C57)展示、16面のテニスコートと内容豊かな公園です。
 この公園の前身は、昭和15年の紀元2600年記念事業で計画された小金井大緑地。戦後、東宮仮御所に使用され、また農地解放により4割を失いましたが、29年に都市公園として開園されました。
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=22
http://www.h4.dion.ne.jp/~a-papa/koganeikoen.htm
 
@江戸建物博物館
小金井市にある江戸建物博物館、此処は宮崎駿の千と千尋の神隠しのモデルとなった子宝の湯で有名です。鍵屋という居酒屋も今にも高倉健でも現れそうな趣で良い感じです。ここを本当に営業させて欲しい。
http://www1.speednet.ne.jp/~check-mate-king2/edotatemono.htm
 
○国木田独歩文学碑(境浄水場)
 境浄水場正門前で玉川上水にかかる桜橋の袂に国木田独歩の文学碑がある。傍らの標柱には”昭和32年10月27日除幕”とあった。  
 このあたりは「小金井の桜」と名付けられた桜の名所だ。独歩はここを夏に訪ね、「茶屋の婆さん」に「ばかにした様な笑いかたで、『桜は春咲くこと知らねえだね』」と言われたことを「武蔵野」に書いた。碑文にはそのくだりの冒頭部分が引用されている。 
http://members.jcom.home.ne.jp/7e8e/sakurabasi.html
 
○禅林寺
 開拓農民として移住してきた神田連雀町の人々に起因して、社寺の創建が進み、江戸築地本願寺の松之坊を迎えて建立したという。
 元禄12(1769)年の台風で建物が倒壊。そこで村方一同は、黄檗宗の賢州元養禅師に懇請し、大眉門下の梅嶺道雪禅師が再興開山した。元禄13(1700)年、本山を京都の宇治黄檗山萬福寺として、今の名に改称。寺境内は禅宗のひとつ黄檗宗の独特の雰囲気がある。境内の右には、連雀開拓300年にあたって建立された弁天堂、十三重塔の明暦大火慰霊塔や梵鐘、墓地入口には元禄3(1690)年造立の阿弥陀如来立像、墓地内には鴎外・森林太郎や太宰治の墓、三鷹事件遭難者慰霊塔、三鷹駅開設や市の文化財保護にも尽力した萬福寺第53代管長・木村宣豊の墓などが見られる。また、市指定文化財の「イチョウ」の木のほか、アカ松、クロ松の大木もある。松が多く「松の窪」とも呼ばれたようだ。
http://www.shougai.city.mitaka.tokyo.jp/mitaka/tekuteku1999/c_data/c_0020.html
 
○井の頭恩賜公園
休園日
毎週月曜日(ただし、月曜日が祝休日、都民の日にあたる場合は、その翌日に休園)
年末年始 (12月29日〜翌年1月1日)
無料公開日
開園記念日(5月17日)・みどりの日(4月29日)・都民の日(10月1日)・老人保健福祉期間中(9月15日〜21日)の開園日は、60歳以上の方と付添者一名は入園無料
http://www.kawasemi.tv/
http://www.tokyo-zoo.net/zoo/ino/index.html
http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?ODEKAKE_ID=&SPOT_ID=l_00003747
 
@自然観察園
 池の中程に,都立の施設として建てられている。管理しているのが公であるために,月曜日が休みな様である。ある程度の規模である。のんびり過ごすのには良いかもしれない。
 
A飛鳥山
 地図上では「飛鳥山」の紹介があり,公園等の標識にも着いているが,行ってみればどれが飛鳥山であるか解らない。探し方が悪かったせいもあるが,山頂らしい場所は見あたらなかった。広場の様な場所も違ったし,塚の様な土盛りにも登ってみたが,それらしい印は発見できなかった。
http://www.e-sampo.co.jp/rekibun-inogashira.htm
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5.中野駅から新井薬師への散策                   イメージ
 
 中野駅−サンモール商店街「散策」−中野ブロードウェイ「探索」−町並みの迷路歩き−おもちゃ美術館−北野神社−新井薬師「参拝・見学」−西武新井薬師駅
 
○サンモール商店街
 中野駅は,サンプラザの完成以来,都市化が進むかと思えば,すむ人の心意気であろう,庶民性を残しながら独特の発展をしている。新しく良いものは取り入れ,古きよき時代のものは維持しようと言う精神が街の至る所に感じる。その象徴が,「商店街」だと思われる。
 アーケードを持つサンモール商店街は,200m程度の区間に,あらゆる業種の店舗が軒をつられている。最近残念なのは,チェーン店が入り込み始めていることである。減りつつあるとはいえ小売店は健在。この街でしか購入できない品々・食品を並べている店も多い。
サンモール商店街 http://sunmall-ichibancho.com/
 
○中野ブロードウェイ
 ファンも多い不思議な複合ビル。現代の消防法・建築の基準からすると決してほめられたつくられ方はしていない(迷路のようなビル)。サンモールから続く商店街は,1階部分に連続し,その上に4層構造で立体的に街を構成している。そこが以上に天井が低かったり,間口が狭い店舗,店内で堂々と煙草を吸っている模型屋など,通常では見ることが出来ない店舗が連立している。それも共存しながら営業できているのだからすばらしい。特に,レアもののマスコット類を好む方々には声域であろうと思われる。
中野ブロードウェイ http://www.nbw.jp/web/index.html
 
○おもちゃ美術館 http://www.toy-art.co.jp/museum.html
開館時間: 10:30〜16:00
休 館 日: 金曜日・火曜日(団体限定)
入 館 料: 500円(3歳以上)
“世界のおもちゃと友達になろう”のスローガンのもとに1984年に開館。常設展示とテーマ展示、おもちゃライブラリー、手作りおもちゃ教室など「みる・作る・かりて遊ぶ」と3つの機能を備えた美術館。姉妹おもちゃ美術館(全国に16ヶ所)もあります。
 
○北野神社
 特に中野方面から進んでくると目立つ神社である。多くの人が新井薬師を目指して歩いていると目にとまる施設である。新井薬師と間違う(最近は寺も神社も解らない建物が建てられることが多い)人も多いはずである。
北野神社 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/07_nakano/7001.html
 
○新井薬師
 庶民の神社としてのイメージが強いこの名前,西武線の駅名にもなっているので知名度は高い。意外と中野から歩いていける距離にある。大通りにある北野神社とは対照的に,静かな場所に位置している。参道(最後の鳥居から手荒い境内入り口まで)の両側に,足踏みをするようにでこぼこしたものが施されている。
新井薬師 http://www.araiyakushi.or.jp/
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6.新宿御苑から,桜堤を楽しむたび               イメージ
 
 新宿−追分だんご本舗「甘味処」−正覚寺−大宗寺−新宿御苑「散策」−新宿歴史博物館「見学」−四谷駅−(外堀通り「堀の中の建物:土木学会」)−市ヶ谷駅−外堀公園「散策」−水道橋−小石川後楽園「散策」−文京区区役所(シビックセンター)「最上階ラウンジ食堂で食事」−春日駅
 
○追分だんご本舗「甘味処」  http://www.oiwakedango.co.jp/
 甘味処の老舗。「毎日その日売る分だけしか作らない」というだんごは、素朴だけど飽きのこない美味しさ。定番のみたらしやのり巻きばかりでなく、春にはタラの芽や菜の花のだんご、秋にはマツタケのだんごなど、季節感溢れるだんごがお目見えする。他にも四季を彩る和菓子や、きしめん、釜飯などの食事も出来る。甘味が好きな人には答えられないでしょう。 
 
○正覚寺
○大宗寺
 
○新宿御苑
 各季節を通して,庭が我々を暖かく迎えてくれる。特に桜の季節が非常に華やかな空間を与えてくれる。この時期だけは園内の酒宴は免罪符である。人も多くなるが,敷地が大きいだけに,場所を選べば十分楽しむことが可能である。新宿からの至近距離にこの広大な庭園を維持している事自体誇られるべきである。日本庭園だけではなく,西洋風の庭園も維持している。何かミスマッチであるがこれがまた不思議な趣を感じてしまう。出入り口も数カ所あるので,計画的な散策をかんがえてあるきたい。
新宿御苑 http://www.shinjukugyoen.go.jp/  http://www.env.go.jp/nature/nationalgardens/shinjyuku/
 
○新宿歴史博物館
新宿歴史博物館  http://www.regasu-shinjuku.or.jp/46.html
1.大地に刻まれた歴史
旧石器時代から江戸時代まで、新宿の地下に埋もれていた文化の蓄積を紹介します。
2.中世の新宿
現在の地名にゆかりのある牛込氏の文書資料や、板碑などから、中世の新宿を探ります。
3.江戸のくらしと新宿
宿場・内藤新宿、江戸市中の町地、そして近郊農村と、様々な特徴をもつ新宿地域の歴史と生活文化を紹介します。
5.昭和初期の新宿
昭和初期、急速に発展した新宿駅周辺の風俗や娯楽と、そこに集まる人々の日常生活を、時代相も含め展開します。
4.近代文学にみる新宿新宿に住んだ数多くの文学者たちとその作品、また新宿をえがいた文学作品などを紹介します。
林芙美子記念館 http://www.regasu-shinjuku.or.jp/46humiko
 この建物は『放浪記』『浮雲』などの代表作で知られる作家・林芙美子が、昭和16年(1941)8月から昭和26年(1951)6月28日にその生涯を閉じるまで住んでいた家です。
 大正11年(1922)に上京して以来、多くの苦労をしてきた芙美子は、昭和5年(1930)に落合の地に移り住み、昭和14年(1939)12月にはこの土地を購入し、新居を建設しはじめました。
 新居建設当時、建坪の制限があったため、芙美子名義の生活棟と、画家であった夫・緑敏名義のアトリエ棟をそれぞれ建て、その後すぐにつなぎ合わせました。
 芙美子は新居の建設のため、建築について勉強をし、設計者や大工を連れて京都の民家を見学に行ったり、材木を見に行くなど、その思い入れは格別でした。このため、山口文象設計によるこの家は、数寄屋造りのこまやかさが感じられる京風の特色と、芙美子らしい民家風のおおらかさをあわせもち、落ち着きのある住まいになっています。芙美子は客間よりも茶の間や風呂や厠や台所に十二分に金をかけるように考え、そのこだわりはこの家のあちらこちらに見ることができます。
 
○土木学会
 どういう訳けで,この位置に建っているかは知らないが,お堀の中に位置している。たぶん土木に関連させての配慮であろうが,得意な位置での建築である。スポーツ施設が周りにある中で,学会の建物は人目を引く物がある。
土木学会 http://www.jsce.or.jp/
自然への理解と畏敬のもと、美しく豊かな国土と持続可能な社会づくりに貢献します−
 台風が常襲し、地震が多発する、我が国の厳しい自然条件下、これら自然災害から人の暮らしを守り、社会・経済活動を支える基盤をつくるとともに、良質な生活空間をつくるため、土木技術はその中心的な役割を果たしています。この土木技術を学問として体系的に支えているのが土木工学です。
 土木学会は、1914年に社団法人として設立され、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」(土木学会定款)ことを目指し、以下の三つの柱のもと、さまざまな活動を展開しています。
・学術・技術の進歩への貢献 ・社会への直接的貢献 ・会員の交流と啓発
 
○外堀公園
 市ヶ谷から千駄ヶ谷に続く堤に設けられた長い公園である。外堀沿いの景色を楽しみながらのんびりと歩きながら移動できる。途中には数カ所ベンチがあるが,トイレ等が完備(少ない)していないので,近辺の公共施設を利用させてもらう。桜堤の称号があるくらいなので,春の一週間程度がベストシーズンである。外堀にもうけられたレクレーション施設も意外と多い。時間があればボートなどにも乗ってみるのも一興である。
外堀公園 http://www.ne.jp/asahi/iidabasi/sanpo/sotobori/sotoborikouen.htm
 
○小石川後楽園
 庭園として保存されている施設である。菖蒲が咲く頃が美しい。こんな場所にと思うほど水が確保されているのが,原因であろう。そういえばここの地名は「水道橋」。当然なのかもしれない。さほど規模は多くないが,近くの娯楽施設(東京ドーム・遊園地・ホテル等)とは一線を介した,別世界を堪能できるオアシスである。
小石川後楽園 http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=45
水戸徳川家の江戸上屋敷内の庭園。1629年初代藩主頼房が庭の造営に着手し、2代光圀に引き継がれた。明の遺臣朱舜水を儒臣として登用し、中国趣味を取り入れた回遊式築山泉水庭園である。園名は『岳陽楼記』の「天下の憂いに先じて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から、後楽園と光圀が命名した。小石川と冠したのは、1923年(大正12)であり、岡山後楽園と区別するためであった。現在は都立の庭園として公開されている。(国指定特別史跡・特別名勝)
 
○文京区区役所(シビックセンター)  http://www.city.bunkyo.lg.jp/
 東京23区の区役所はバブルの時期に立て替えが進められた物が多い。その中でも成功しているのが,この区役所であろう。土地の有効利用を考え,超高層化し効率よい運用を図っている。特に職員食堂を「区民食堂」とし,誰でもが利用可能な施設として最上階に配備している。ランチタイムの質も高いが,ディナータイムは展望も含めて,近隣のレストランに引けを取らない物がある。是非食事してから終了したい。
シビックセンター http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/civic/
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7.門前仲町から下町散策,両国の相撲部屋を巡るたび     イメージ
 
 門前仲町駅−(「深川めし」正味)−富岡八幡宮(深川七福神)−深川不動尊「参拝」−「深川の街散策」−法乗院(深川えんま堂)−深川江戸資料館「見学」−清澄公園「散策」−深川稲荷(深川七福神)−萬年橋−芭蕉庵史跡展望庭園−「隅田川歩き」−芭蕉記念館「見学」−八名川公園−深川神明宮(深川七福神)−「清澄通り歩き」−森下文化センター(のらくろ展示館)−森下駅−「清澄通り歩き」−足袋博物館−吉良邸跡−相撲写真資料館−相撲部屋巡り(時津風→出羽海→井筒→春日野部屋など)−両国花火資料館「見学」−両国国技館(相撲博物館「見学」)−旧安田庭園「夕焼けの下町展望」−「ちゃんこ料理正味」−両国駅
 
○富岡八幡宮(深川七福神)
 深川と言えば,どうしても「不動尊」。影は薄いが,地元に愛され御利益があるとされているのが子の神社である。不動の参拝路から少し外れた場所に位置している。簡素で気持ちの良い下町の信者である。参拝してからスタートしたい。
富岡八幡宮 http://www.tomiokahachimangu.or.jp/
 
○深川不動尊(成田山)
 「門前仲町」という駅名でも解るように,このあたりは深川不動尊の門前町として栄えてきた。当然地元の人々が生活と共に築いてきた待ちである。その中心に不動尊はある。規模もなかなかの物であり,現在でも施設の充実を図っている。
深川不動尊 http://fukagawafudou.gr.jp/
 http://www.fukagawa-kanko.com/midokoro/fukagawafudo.htm
 
@深川めし
 江戸の「めし」と言えば,『目黒のサンマ』『深川めし』が思い出される。当然うまい飯があることが条件であるが,庶民が愛したアサリ飯は,江戸時代地元でとれた素材をどの家庭でも味割っていた事には代わりはない。現在700円程度出さないと食べられなっているのが残念である。
深川めし http://www.fukagawajuku.com/top.html
     http://www.minatoya.biz/shouhin/fukagawa/fukagawamesi.html
 
Aせんべい屋
 門前に多いのはせんべいやである。庶民的なせんべいが,簡易な袋に入れられて売られている。家庭で気軽に楽しむことが出来る,割れ物も置かれている。気に入った一袋を購入し,道すがら食べていくのも散策の楽しみを向上させる事かもしれない。
其角せんべい
http://www.mon-naka.com/koten_shoukai/okaimono_shoku/wayoukashi/kikaku.html
 
○法乗院(深川えんま堂)
 清澄通り沿いにある寺である。外部に提灯を連続して配した塀は特徴的である。その奥に一風変わった寺院があり,えんま堂がある。道路からだとあまり解らないが,奥の方に建物があり,その中にえんま様が鎮座しているようである。
法乗院 http://masuda91.hp.infoseek.co.jp/page07ax10.html
 
○深川江戸資料館
 清澄公園の反対側の交差点を少し行くと,おみやげ屋と共存しているようにビルが出現する。そこが「深川江戸資料館」である。近辺から見るとだいぶ不釣り合いな建物だが小さいながら展示はシンプルに解りやすくまとめられ,気楽に見学できる施設である。なにせ展示物の建物に実際に入って体験できるのだからうれしい。
深川江戸資料館 http://homepage3.nifty.com/l-koto/sisetu/sisetu_edo110/sisetu_edo110.html
火の見やぐらが聳(そび)えて猪牙舟(ちょきぶね)の浮かぶ掘割に、影を落しています。
 船宿のたたずまい、白壁の土蔵。お店(たな)が並ぶ江戸深川、佐賀町。その裏長屋に暮らす人びとの日々の営みと心を伝える「深川江戸資料館」の総合展示です。
 「深川江戸資料館」は新しく開発された「情景再現、生活再現展示」という展示技術を活用し、期待と話題を集めている展示施設です。
 ここには最新の科学技術と古来の伝統技術が結集し、なつかしい人情と心意気の世界をくりひろげています。
 
○清澄公園
 紀伊国屋文左衛門の屋敷跡の庭園と聞く。現在は東京都が管理し,回遊式の庭と若干の建物を残して開放している。両国までの中間点となるので,休憩を兼ねながら散策するにはもってこいの場所である。入り口は清澄通りより,運河寄りにつけられているので,回り込むようになる。
 庭園を丁度一周するように回れるので,それぞれのポイントを楽しみながら歩くことが出来る。
清澄公園 http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=20
     http://www.dentan.jp/kiyozumi/kiyo07.html
 
○深川稲荷(深川七福神)
 寛永7(1630)年の創立、深川地区では、創立の古い神社。祭神は、宇賀魂命(うがたまのみこと) 、西大稲荷ともいう。この付近の旧町名は、深川西大工町で、昭和7年8月1日深川清澄町と改称し、その旧名から西大稲荷と称した。
 この神社の裏の小名木川は、江戸時代初期から、船の往来がはげしく、この付近一帯に、船大工が住み、船の修理、造船をしていたので、この町名が生まれたといわれている。この神社は、無住社にして、町会によって管理運営されている。布袋尊が奉られている。
深川稲荷 http://masuda91.hp.infoseek.co.jp/page07ax06.html
 
○萬年橋
 小名木川に最も隅田川沿いにかけられた橋が「萬年橋」である。鉄骨であるが,古い物でなかなか趣がある。歩道も付いているので,のんびり渡ってみたい。近辺の風景と意外と会っている風景が楽しむことが出来る。
萬年橋 http://homepage3.nifty.com/tokyo/location/location/messengers/spot/mannen1.html
 
○芭蕉庵史跡展望庭園
 公園と言ってもポケットパークのようなもの。その一角に「松尾芭蕉の象」がある。その近くに芭蕉稲荷神社もあるので,お参りしておきたい。このあたりから隅田川沿いに遊歩道が開けているのでのんびり,川岸の風景を楽しみながら,散策したい。
芭蕉庵史跡展望庭園
http://machi.goo.ne.jp/snd/spotID_TO13006182/leisure/details.asp
http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?SPOT_ID=s_13006182
 
○芭蕉記念館
 芭蕉ゆかりの地に非常に小さな展示館がある。芭蕉が住んでいた,深川芭蕉庵旧跡を改修している。入館料も安く,隅田川沿いからも入ることが出来るので,利用したい。住宅のような規模の展示館には,松尾芭蕉ゆかりの品々が展示されている。
芭蕉記念館 http://homepage3.nifty.com/l-koto/sisetu/sisetu_basho130/sisetu_basho130.html
 芭蕉は、延宝8年(1680)それまでの宗匠生活を捨てて江戸日本橋から深川の草庵に移り住みました。そして、この庵を拠点に新しい俳諧活動を展開し、多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文を残しています。この草庵は、門人から贈られた芭蕉の株が生い茂ったところから“芭蕉庵”と呼ばれ、芭蕉の没後、武家屋敷内に取り込まれて保存されましたが、幕末から明治にかけて消失しました。
 大正6年(1917)の大津波の後、常盤一丁目から「芭蕉遺愛の石の蛙」(伝)が出土し、同10年に東京府は、この地を「芭蕉翁古池の跡」と指定しました。
 江東区はこのゆかりの地に、松尾芭蕉の業績を顕彰するため、昭和56年(1981)に芭蕉記念館、平成7年(1995)に隅田川と小名木川に隣接する地に同分館を開館しました。
 当館は、真鍋儀十翁等が寄贈された芭蕉及び俳文学関係の資料を展示するとともに、文学活動の場を提供しています。
 
○深川神明宮(深川七福神)
 深川の名の由来となったと言われる神社である。現在外観から察すると変哲のない神社であるが,深川界隈では最も古いとされている神社である。その面影はあるが七福神ともなっているので参拝して進みたい。
深川神明宮 http://www.fukagawa-shinmei.com/
東京の下町・深川の町の氏神さま、江東区森下に鎮座する神社のホームページです
ご祭神は天照大御神さま、伊勢神宮のご分霊をおまつりしています
神明さまの夏祭りは、都内有数の宮神輿が出御、十二基の町神輿が勢揃いする、勇壮な水掛祭です
境内には深川七福神の一つ・寿老神さまをおまつりし、初詣は七福神めぐりの参詣で賑わいます
お宮参り、七五三、神前結婚式などの社頭祭儀、地鎮祭などの出張祭儀のご紹介もしています
 
○森下文化センター
 清洲通りを「高橋」と言われる信号まで戻り,ここは森下文化センター内にある「のらくろ展示館」を見ておきたい。交差点から始まる商店街もなかなか趣のある場所(庶民的な店舗がアーケードで繋がっている)である。
森下文化センター http://homepage3.nifty.com/l-koto/sisetu/sisetu_morisita060/sisetu_morisita060.html
 江東区森下文化センターは、地域の方々に語り合う場、学び合う場として利用できる江東区文化センターの姉妹館です。区民文化の発展と、区民の相互理解と連帯意識の醸成を目的に、新しい下町づくりの礎となるようにつくられた施設であり、その機能を充分発揮するために、各種講座・イベント等の事業を実施いたします。
 皆様のご意見ご要望をいかし、よりよい施設環境を提供し、サービス向上を心がけています。多くの方々のご利用をお待ちいたしております。
 
@のらくろ展示館
 森下文化センターの一角にある。小さなスペースである。いわれは知らないが,のらくろ関係の展示物がまとめられた場所がある。取り立てていうほどの物はないが,最近あまり見なくなったのらくろの姿が,楽しむことが出来る。
 
A運河
 文化センター裏側には現在運休中であるが以前は,水上バスも走っていた。特に何があるという訳ではないが,静かな運河沿いの道を散策出来る。
 
○足袋博物館
 一般の足袋屋が自己商品を展示しているというのが正確な表現である。清澄通りに面した老舗の店舗に小さく掲示が出されていた。素朴な街の気楽な博物館なのであろう。この界隈には多くあり,区などで奨励しているようである。
足袋博物館 http://www.shitamachi.net/joho/0104-3302.htm
 
○吉良邸跡
 現在は本当に「跡」に過ぎない。時津風部屋のビルの近くに史跡として残っているだけである。まなこ壁のみが以前の面影を伝えてくれている。
吉良邸跡 http://www.01.246.ne.jp/~reki127/index.kiratei.html
 
○相撲写真資料館
写真が語る相撲の昭和史、今昔物語 両国と相撲は切っても切れない仲。そんな両国と相撲の関係を作り上げたのは、江戸時代の、あの有名な「振袖火事」以後に建立された『回向院』だったのです。 ご存知でした? そして、明治42年、隣に『旧国技館』ができるまでの間、長きにわたって勧進相撲で賑わっていたのです。今では、僅かに境内に残る力塚が、その痕跡をとどめるだけですが…。 『回向院』から相撲を引き継いだ『旧国技館』も、今では新しい文化の発信地としての『両国シティコア』という複合ビルに生まれ変わってしまいました。ちょっぴり寂しいですね。
http://www.sumidas.com/ryogoku/shiset/syashin.html
 
○相撲部屋巡り(時津風→出羽海→井筒→春日野部屋など)
 最近は両国離れも進んでいる相撲部屋であるが,7割程度はこの近辺にあると聞く。部屋と言っても,規模は様々。以前からの部屋は最近はビルになっており,その足元に稽古場を持つものも多い。風情が感じるのは,この界隈。修行中の髷を結い始めている力士が,レンタルビデオやコンビニに自転車で往来する姿が見られる。残念なのは,防犯上であろうか最近は稽古場が外から見られなくなっていることである。
相撲部屋 http://sports.yahoo.co.jp/sumo/etc/heya.html
     http://www.shitamachi.net/burari/170.htm 「下町探検団」
 
○両国花火資料館
2尺玉から3号玉までの原寸大模型とカットモデルが展示してあります。他に隅田川花火大会の年表、錦絵壁画の屏風、昨今のポスターなどがあります。
http://www.shitamachi.net/joho/0104-3202.htm
http://japan-fireworks.com/yogo/ryogoku.html
 
○両国国技館
 相撲と言えば「国技館」。巨大建造物が建っている。敷地にもゆとりがあり,場所が開いている時は朝から夕刻まで賑わう。加えて,近辺には『ちゃんこ料理店』も多く,ランチ・ディナーとも堪能できる。
http://www.ryoko.info/tokyo/066tokyo.htm
相撲ファンなら一度は訪れたい場所が両国国技館。本場所は年3回ここで開かれ、館内には相撲博物館もある
 
@相撲博物館 http://www.sumo.or.jp/museum/
 錦絵や番付、化粧廻しなど相撲に関する資料を収集、保存し、年6回の展示により公開しています。
また、相撲を日本固有の文化ととらえ、歴史などの調査・研究を行っています。
 
○旧安田庭園 http://www.ryoko.info/tokyo/057tokyo.htm
 美しい庭園が広がる旧安田庭園。明治24年に安田善次郎の所有となったがその後、東京都に寄付された。
 
○両国駅 http://www.shiosai.squares.net/ryogoku.html
「相撲の町」両国の中心にある当駅は総武鉄道のターミナルとして1904年に開設された。また当駅開業と同時に、それまで吾妻橋駅(後の浅草駅、現・業平橋駅)をターミナルとしていた東武鉄道が総武鉄道との連絡のために現在の亀戸線を開業させ、亀戸駅経由で当駅まで直通運転を開始した。東武鉄道の乗り入れは1910年まで続いたが、この間当駅は埼玉方面のターミナルとしても機能した。その後1932年の当駅−御茶ノ水間開業時までは房総各線の多くの列車の起点として、東京駅と結ばれなかった東方面の大ターミナルの地位を確立した。その後も1972年までは房総各線の長距離列車のターミナルとして引き続き機能した。
 
@ちゃんこ料理  http://gourmet.goo.ne.jp/special/chanko/ryogoku.asp
大正から昭和にかけて活躍した元力士の横手山が開いたちゃんこ料理店が『ちゃんこ
川崎』。 ... をモットーに両国で30年近く、人々に親しまれているのが「ちゃんこ巴潟」。
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8.両国から浅草・上野にいたるたび                イメージ
 
 両国駅−江戸東京博物館−旧安田庭園−両国国技館(相撲博物館「見学」)−両国橋−「柳橋近辺船宿見学」−隅田川・江戸通り−雷門「浅草界隈・散策−浅草寺−花屋敷(散策)−六区−「浅草通り散策(六区ブロードウエイ・すしや通り・たぬき通り・食通通りなどで食事)」−国際通り「太鼓館」−合羽橋道具街「散策」−曹源寺(合羽橋本通り)−源空寺(寺町散策)−稲荷町駅−下谷神社−上野駅−アメヤ横町「散策」−御徒町
 
○両国駅  http://www.shiosai.squares.net/ryogoku.html
「相撲の町」両国の中心にある当駅は総武鉄道のターミナルとして1904年に開設された。また当駅開業と同時に、それまで吾妻橋駅(後の浅草駅、現・業平橋駅)をターミナルとしていた東武鉄道が総武鉄道との連絡のために現在の亀戸線を開業させ、亀戸駅経由で当駅まで直通運転を開始した。東武鉄道の乗り入れは1910年まで続いたが、この間当駅は埼玉方面のターミナルとしても機能した。その後1932年の当駅−御茶ノ水間開業時までは房総各線の多くの列車の起点として、東京駅と結ばれなかった東方面の大ターミナルの地位を確立した。その後も1972年までは房総各線の長距離列車のターミナルとして引き続き機能した。
 
@ちゃんこ料理  http://gourmet.goo.ne.jp/special/chanko/ryogoku.asp
大正から昭和にかけて活躍した元力士の横手山が開いたちゃんこ料理店が『ちゃんこ
川崎』。 ... をモットーに両国で30年近く、人々に親しまれているのが「ちゃんこ巴潟」。
 
○江戸東京博物館
 国技館に勝るとも劣らない建物が,両国駅のすぐ横に立っている。高層部に展示スペースを持つこの建物は,内部は一転し東京の江戸時代の姿を実物の大きさで,再現している。興味ある場合,半日単位でいても飽きることのない場所である。
江戸東京博物館 http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
 
○旧安田庭園 http://www.ryoko.info/tokyo/057tokyo.htm
 美しい庭園が広がる旧安田庭園。明治24年に安田善次郎の所有となったがその後、東京都に寄付された。
 
○両国国技館
 相撲と言えば「国技館」。巨大建造物が建っている。敷地にもゆとりがあり,場所が開いている時は朝から夕刻まで賑わう。加えて,近辺には『ちゃんこ料理店』も多く,ランチ・ディナーとも堪能できる。
http://www.ryoko.info/tokyo/066tokyo.htm
相撲ファンなら一度は訪れたい場所が両国国技館。本場所は年3回ここで開かれ、館内には相撲博物館もある
 
@相撲博物館 http://www.sumo.or.jp/museum/
 錦絵や番付、化粧廻しなど相撲に関する資料を収集、保存し、年6回の展示により公開しています。
また、相撲を日本固有の文化ととらえ、歴史などの調査・研究を行っています。
 
○柳橋近辺船宿  http://homepage1.nifty.com/yanaken/kandagawa/bridges/yanagibashi.htm
 かつて江戸随一の歓楽街であった両国は目と鼻の先で、吉原方面への渡船場であり、さらにこの地区自体も花街として発展。昭和初期頃まで、料亭や船宿などが建ち並ぶ情緒あふれる地区であった。
 現在も、川の両岸に並ぶ屋形船の発着場がその片鱗をうかがわせているが、芸者さんのほうは1999年に組合が解散してしまったとのこと。
 
○雷門  
 浅草に来ればまずは,この門で写真に納まる。これはお上りさんの常識である。私も田舎からの客人を何度と無く案内したものである。門に吊されてている大きな提灯が印象的である。門前に展開する仲店の雰囲気も下町情緒を増幅させてくれる。
http://www7.ocn.ne.jp/~sehayama/topics4kaminarimon.htm
 まだ観光客の少ない朝の時間です。右手前の小さな建物は「交番」で、日中は道を尋ねる人があとを絶ちません。
右の写真は浅草寺の表札?(この石標は御本尊示現 1350年を記念して信徒により寄進されたものです)「金龍山浅草寺」側面には「坂東札所第十三番」・「江戸札所第一番」と彫られています。
 浅草寺は坂東三十三観音巡礼の札所として「十三番」に指定されました。鎌倉時時代、すでに西国で盛んになっていた観音信仰にもとずいて源頼朝一族によって制定されたもので、第一番の札所は鎌倉「大蔵山杉本寺」になっています。
 江戸時代になって設けられた「観音三十三札所」では「一番」に指定されています。
 
○浅草 http://www.asakusa-kankou.com/
 戦前、浅草広小路の名で東京っ子に親しまれた浅草雷門通り商店街は、雷門をはさんだ両側、延長約400メートルの浅草を代表する老舗が並ぶ商店街です。
この雷門通りは、浅草寺の門前町として発達した町で、浅草の歴史の中に名を連ねる店舗が数多く暖簾をかまえる通りとなっている。総店舗数49店の店舗構成は飲食店が26店と過半数を占め、続いて土産品店と洋菓子・和菓子からシティホテルまで軒を並べており特徴といえば雷門とマッチしたアーケードがあり雨の日でも濡れることなくショッピングやお食事のお客様で賑わっております。この雷門通りは、浅草でイベントがあるごとに中心的な通りとして位置付けられており、お正月三が日は歩行者天国として浅草寺参拝のお客様にご利用いただいております。浅草神社の大祭である三社祭でもお祭広場としてお神輿がたくさん練り歩くイベントの多い通りで、その他浅草サンバカーニバルや東京時代祭りでも見物客で賑わいます。浅草の交通の拠点である営団地下鉄銀座線浅草駅・都営浅草線浅草駅・東武線浅草駅にも隣接していて年間を通して多くのお客様が浅草へいらしたら必ずお立ち寄り頂くロケーションとなっております。浅草〜上野間の二階建てバスの停留所も雷門通りの中心付近にあり、利便性はいたって良好。今後雷門並木通り地下に駐車場が完成すると、駐車場に一番近い商店街としてお客様に便利にご利用いただけることと思います。浅草へお越しの節は是非とも浅草雷門通り商店街でお買い物やお食事をお楽しみください。
全店とも心より歓迎申し上げます
 
@浅草寺 http://www7.ocn.ne.jp/~sehayama/oteratojinnja.htm
 100年間近い間、幻の存在でした。
浅草寺の正面入口、最初の門は平公雅によって浅草寺の総門として942年(天慶5)に建てられた。数度の火災による焼失、再建がなされたが、1635年(寛永12)徳川家光によって建てられた門は右に「風神」左に「雷神」を安置してあるところから正しくは「風雷神門」、略して雷門と呼ばれた。1865年(慶応元)の火災に遭って以来、昭和35年再建されるまで、95年間のあいだ雷門は幻の存在だったことになります。
現在の雷門は鉄筋コンクリート製で、松下電器の松下幸之助氏の寄進で、昔の姿そのままに再建されています
 
A花屋敷 http://www.hanayashiki.net/first.html
 浅草公園の北側にある遊園地。昭和28年にコースターが設置されたという歴史を持ちます。
それどころか、この遊園地自体嘉永6年(1853年)開園というから、もうほとんど文化財。ペリーが来た頃ですよ。リニューアルしたこのロケットコースター、最近の高速なタイプと比べると随分遅い。
が、実物大の民家の間を通ったり、妙に怖い逸品である。他にも新旧の見所がたくさんあります。
この入り口付近が建て込んでいるので、何だか遊園地っぽくないです。今も昔も東京の名所の1つである。
 
B六区 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/taitou-imamukasi/asakusa-6ku.html
 浅草六区の活動写真館街(明治末)
浅草公園は一区から七区までに区画された。明治17年それまでの田圃の一部を掘って池を造り、いけの西側と東側を築地して街区を造成した。
池は大池.公園の池といい、俗に「ひょうたん池」(昭和26年に埋め立てられた)とよばれた。街区は六区で、明治、大正、昭和を通じて興業.映画で賑わい東京屈指の娯楽街として発展した。
現在では、娯楽場の新世界は中央競馬界ビルに、映画の東宝はボーリング場に変わっている。また、近くにあった松竹国際劇場は浅草ビューホテルになって、SKD(松竹少女歌劇団)も無くなった
 
○合羽橋道具街  http://www.kappabashi.or.jp/
 プロもアマチュアも、みんな納得、みんな満足。料理道具ならなんでもそろう専門商店街「かっぱ橋道具街」が、セール、パレード、抽選会…と、とことん盛り上がる1週間。9日、10日はイベントいっぱいのフードフェスティバルも開催!ご家族そろってお出かけください。
 
○曹源寺(合羽橋本通り) http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/kappatera.html
【かっぱ寺】
「私は明治35年6月15日にこの曹源寺で生まれました。3,4歳のころを思うと、寺の裏方は全部蓮田だったようで、それが入谷田んぼに続いていたんです。
農家は殆どレンコンを作っていました。そもそもが低地帯で、海の続きだったらしく、今でも掘るとカキ殻が出てくるんですよ。
私が小さい頃、既に寺門の前の合羽橋通りは、東京でもメーンストリートでしたね。狭いんですが、かっては御成道といって、将軍様が上野寛永寺へお詣りに来て、それから浅草の観音様へお詣りするのに、ここを通ったわけです。」
 
○源空寺(寺町散策) http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/gennkuuji.html
源空寺は浄土宗の大寺で、明暦3年(1657)明暦の大火で浅草に移転するまでは湯島にあった。
開山円誉霊門は、天正18年(1590)湯島に草庵を結び多くの信者を集めた。徳川家康も円誉に帰依したびたび江戸城に召しいて法を聞いた。慶長9年(1604)円誉の霊夢により家康は寺地と法然上人源空の名にちなんだ源空寺の号を与え本寺が建立された。
2代将軍秀忠、三代将軍家光も円誉を重んじ、銅鍾を寄進した。
 
○下谷神社  http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/sitayajinnjya.html
【下谷神社】
天平2年(730)上野忍ヶ岡に創建されたと言われる。その後、寛永4年(1627)に上野山下に移り、延宝8年(1680)には稲荷町広徳寺門前へ、更に昭和3年に、現在地に移った。同社本殿の、横山大観筆「龍」は有名。祭神は天照皇大神(あまてらすおおみのかみ)の弟素戔雄尊(すさのうのみこと)の御子大年神(おおとしのかみ)と倭建命(日本武尊 やまとたけるのみこと)の2神。この辺りの町名を稲荷町と呼ぶのは、下谷神社が、昔から「正一位下谷稲荷社」と称していたことによる。
境内の入口横に「寄席発祥の地」の石碑がある。
下谷神社前の通りを「浅草通り(通称 仏壇通り)」と言うが、江戸時代には新寺町通りと呼ばれた。明暦の大火後、東本願寺をはじめ、多くの寺がこの辺りに移転してきたからである。そのため数多くの仏壇、仏具店、宮大工店が軒を並べる。
 
○上野駅 http://www.jr-break.com/info/ueno/
 乗降人員40万人の大規模ターミナル駅である上野駅は、2002年2月に中央改札口から広小路口にかけて大幅なリニューアルを実施し、アトレ上野や上野Breakが誕生して駅全体が新しい魅力ある場所に生まれ変わりました。上野駅はアメ横などの歴史と活力を持った商店街をエリア内に有しているほか、東京国立博物館、国立西洋美術館、上野動物園、東京都美術館などの文化施設、そして東京芸術大学という日本を代表する芸術教育機関と深い係わりのある駅です。そのため、上野駅ガレリア2階にギャラリーを設置し、駅を利用されるお客さまに気軽に芸術に触れていただくことで駅を単なる通過点ではなく、交流する場として活用していきたいと考えています。
 
○アメヤ横町  http://www.ameyoko.net/
 アメ横商店街連合会公式ホームページは東京上野・アメ横商店街連合会の青年部有志が集まり
商店街の活性化をはかる目的として運営しております。
 アメ横センタービル http://www.ameyoko-center-bldg.com/
 アメ横プラザ http://www.ameyoko-plaza.gr.jp/
 
●台東区 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/index.html
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9.銀座から日本橋,神田明神・上野に至るたび          イメージ
 
 有楽町駅−マリオンビル−数寄屋橋−晴海通り−銀座(「5丁目〜8丁目裏路地散策」)−「銀座通り散策」−警察博物館「見学」−日本橋「三越等ショッピング」−日本銀行−神田駅−スズラン通り−淡路町−「神田藪そば賞味」−ニコライ堂「見学」−お茶の水駅「聖橋」−湯島青銅「参拝」−本郷界隈−神田明神「参拝」−秋葉原「電気街散策」−御徒町駅−「旧岩崎邸・見学」−忍ばすの池・上野公園散策−上野
 
○有楽町駅
 以前は「朝日新聞社」のビルが駅前にあり,日劇(最上階には「日劇ミュージックホール」)などもあり,なかなか趣があった街であるが,マリオンビルの出現により非常に現代的な街に変貌してしまった。有楽町の駅近辺も非常に庶民的な街である。JRの高架下などは,居酒屋なども入り親しみやすい店が,駅前を陣取っている。最近の駅前整備は良いが,よき時代の産物まですべて排除してしまうような開発は控えてもらいたいものである。
日劇ミュージックホール出演した女優 http://nikatu.site.ne.jp/HTML/newpage34.htm
日劇 http://www.cinema-st.com/road/r023.html
 
○マリオンビル  http://www.takenaka.co.jp/t-file_j/d_synthesis/mullion/
 朝日新聞社と松竹ビル(日劇)を改修して立てられた大きなビルは,その名の通り「マリオン」という日よけ(縦ルーバー)で覆われている。2つのビルがつながれている大きな吹きぬけ空間が,公道(道路)であると言うことを知る人も少ない。工事中を知る人は,終始その通路部分が確保されたままだったことを思い出してくれれば,その所以も理解しやすいと思う。量販店の上には劇場をあげるという斬新なデザインを採用し,建築物としても様々な試みが成されている。
 
○数寄屋橋
 歌にも唱われているこの橋は,現在は川の橋としては確認できない。公園がありその近くに数寄屋橋の標示があるので,それらを確認することが名残を感じ取れる事であろう。「すきや橋次郎」と言う寿司屋の名店は,この近くのビル地下で現在でも営業をしている。当然私など昼しか行ったことがないが,将来的には夜のコースを食べられるようになりたいと思っている。
 ここで留意したいのは,交番。国土交通省のデザイン補助でたれられた最初の交番である。山下一正氏設計の数寄屋橋交番はそのパイオニアである。大きな歩道の橋に立てられた,交番の屋根は数寄屋橋の欄干がモンタージュされている。その向かいには「阪急数寄屋橋ビル」があり,往時の繁栄のまど口的存在である。斜向かいの「ソニービル」は,スキップフロアー(各階が1/2階程度ずれて繋がっている)という手法を用いており,各フロアーの連続性を保ちながら,ソニーのアンテナショップとしての効果を生み出している(黒川紀章設計)。
数寄屋橋不二家 http://www.fujiya-peko.co.jp/shop/sukiyabashi/
数寄屋橋跡 http://www.chuo-kanko.or.jp/guide/spot/ginza/ginza_14.html
数寄屋橋交番 http://members.jcom.home.ne.jp/4311553301/sukiyabashikoban.html
銀座ソニービル http://www.sonybuilding.jp/
 
○銀座(「5丁目〜8丁目」)
 数寄屋橋から4丁目交差点まで,地下鉄の連絡を兼ねた通路がJRまでもまたぎ,日比谷まで繋がっている。雨の日は利用できるし,多くのビルが地下で連絡されているので便利である。最近はブランド通りになってきており,欧米のブランドショップが競い合っている。その中でも意外と知られていないのがエルメスビルの屋上。像が建っており,常に最新のスカーフがつけられている。銀座通りで空を見上げながら歩く人も少ないと思うので,是非確かめて見てほしい。
 交差点は「和光(服部時計店ビル)」「三越」「日産ビル」「三愛ビル(丸ビル)」に囲まれている。まさに銀座の中心である。このあたりの景観は20年ほど変化していない。しかし,街を歩く人々の姿は日々変化しているのも,この街の特徴であろう。歩行者天国も現在では当たり前,私が学生時代におそるおそる車道に出て歩いてみたことを思い出す。
 5丁目小松ストアー(大きなビルの量販店)も最近では,ファッションビルのようになり,その裏路地で銀座の社交界の人々を楽しませた交旬社ビルも,以前の落ち着いた雰囲気は外観だけに残されリニューアルされてしまった。ファッションビルに変貌した交旬社ビルには,上階に品のある飲食店が入っているので,のんびりしたい時には是非立ち寄りたい(寿司屋の逸喜優は一押しである)。
 7丁目の「銀座ライオン」は一度は訪れたい場所である。建築家フランク・ロイド・ライトが指示を出し,弟子らが設計したものであるが,1階のロビーはまさしくフランク・ロイド・ライトのデザインであることが認識できるインテリアである。椅子から天井まで,統一されたデザインのビアホールは個々だけしか味わえないと思う。近くにヤマハがあり,最上階にあるホールに以前よく通った(試写会など)思い出がある。
 最近は新橋まで歩けば,汐留の街に行くこともたやすくなってなってきている。最後の交差点には銀座博品館ビルがある。
銀座コンシェルジュ http://www.ginza.jp/
散歩の達人 http://www.whoswho.co.jp/tetsujin/ginza.html
銀座エルメス http://www.hermes-freak.com/
銀座小松 http://www.ginza-komatsu.co.jp/
交旬社ビル http://www.midcity.jp/kojun/
 
○INAXショールーム
 銀座にショールームは多い。特にTOTO(東洋陶器)と共に,銀座通りにいち早くまして衛生器具メーカーが出店したのも面白いことである。7丁目のTOTOに一歩遅れて開業した,INAXであるがなかなか建築(衛生設備)としては,検討している。ショールームにおいても,講演会・展示階などを積極的に開催し,独自の冊子などにもなどにも納めている。これらが,ヤマハやTOTOのサービスに火をつけたといっても言い過ぎではない。
 最近は,ショールームとしてのアンテナショップとしての役割を十分にはたしている。
INAXショールーム http://www.inax.co.jp/showroom/areasr_top.php?sr_id=sr000043
 
○警察博物館
 高速道路を渡ると,「警察博物館」がある。ウィークエンドは何かのイベントをしている時が多く,歩道近くに人があふれていることが多い。以前は警察関係だった建物を改修して行っている。最近は事務スペースも展示スペースに改修して5階程度まで展示していることが多い。無料であるが中身は非常に濃いものとなっている。小学生の受け入れを歓迎しているが,多少硬派な展示が多いので,難しいかもしれない。逆に大人が警察に関して再認識するためには良い場所かもしれない。
警察博物館 http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no3/welcome/welcome.htm
 
○日本橋  http://www.nihombashi.co.jp/  「日本橋大全集」
 東海道53次の出発点も今は,欄干を残すのみとなっている。高速道路(景観復元のために高速道を移動or地下に入れようという案はあるらしい)のしたにあるが,存在感は十分に生み出している。現在でも,国土交通省の国道指定の出発点は,すべてこの日本橋が基点となっている。
 橋だけではなく「日本橋」は江戸の時代から金融の要。現在でも株・金融業界の主要部門は,この値で健在である。加えて,海産物関係の卸問屋街として,現在でも数店舗営業している。ここから東京にかけては,日本経済の中心であった場所である。
 
@日本橋三越 http://www.mitsukoshi.co.jp/nihombashi/
 経営不振から経営陣の撤退,全国の支店の整理などを余儀なくされた三越であるが,コスト削減・店舗や経営の見直しをはかり,老舗としての威厳を取り戻してきた。2005年開業した新店舗は,日本橋に置いて新たなランドマークとなりつつある。ブランド趣向は百貨店でも健在である。世の中の主婦には三越のブランドはやはり必要なようである。
日本橋タカシマヤ http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/
 
A海苔乾物問屋
 山本山の本店がここにあることでも解るように,日本橋は卸問屋の街。その中でも海鮮(乾物)においては,大切な場所であった。現在でも十分にその名残はとどめている。船に頼る輸送機関の名残であろうが大切な文化でもある。
にんべん http://www.ninben.co.jp/
山本山 http://www.yamamotoyama.co.jp/shops/honten/
 
○日本銀行  http://www.boj.or.jp/
 日本で我々が預貯金が出来ない銀行は,この「日本銀行」であろう。金融機関の中枢を仕切っている銀行であり,個人合いでのものではない。そんなことも知らない私は,学生時代『日本銀行の通帳』がほしく,入り口までいった記憶がある。そんな無知な私も最近は多少の経済的な知識を持ち始めた。
日銀が日本経済を舵取りしている事を確認している。
 
○淡路町  http://www.linkclub.or.jp/~k-nomura/retro/chiyoda/kandaaawazi.html
 淡路町と言えば,かつての文人・著名人達が愛した店が多いことで知られている。現在でもおおくの店がその姿をとどめている。現在は大きな交差点と地下鉄の駅しか目立たないが,秋葉原との間には飲食店が裏路地で営業を進めている。神田方面の路地は,かつては服飾メーカーの基地。今はあまり面影は無いが数店舗影響している。
神田・淡路町近辺のお食事処 http://shimada.burai.net/
 
@神田藪そば http://r.gnavi.co.jp/g429900/
 東京のそばと言えば「藪そば」と答える人が多い。当然この神田の店のそばを指す。週末・ランチ時間は行列を覚悟しなければならない。店の中に客だまりがあるため,外で待っていなくても20分程度は待つ覚悟で挑む方がよい。入り口につくばい・庭を設けるなど,昔名からのそば屋の雰囲気が感じられる。以前はそば屋独特の天麩羅を揚げるごま油の香りが通りにも感じた(学生時代いつかこの店で「大盛りの天麩羅そば」を食べてみようと思っていた)ものなのだが,どういう訳か最近は感じない。
藪そばを歩く http://www.tokyo-kurenaidan.com/yabu1.htm
神田藪そば http://wwwdab.hi-ho.ne.jp/cybersoba/yabusoba/Desc_Yabusoba.htm
 
A神田まつや http://r.gnavi.co.jp/g450700/
 明治17年創業、江戸前の手打ちとちょっと濃いめの下町の味を継承し、多くの皆様に愛されるよう心がけております。
  http://www.geocities.co.jp/Foodpia-Olive/9421/matuyahonntenn.htm
 
○ニコライ堂  http://www2.gol.com/users/ocj/
 駿河台の建物で何か知っているものと言えば,おおくの人が「ニコライ堂」と答えるであろう。明治建築であるが,この町にとけ込み。現在も布教活動を地道に進めている。建物は鉄筋コンクリートだが,インテリアがヒューマンスケールにまとめあげられ,非常に落ち着く空間を演出している。日曜日以外は一般公開されている時が多く,是非訪れておきたい場所である。
ニコライ堂青年団 http://www.geocities.jp/ynicojp2/
         http://home.h03.itscom.net/angeniex/mat/nikorai.htm
         http://www.ne.jp/asahi/angel/takuan/nikoraido.htm
         http://www.f-banchan.net/tokyo/nikoraido/nikoraido.htm
 
○お茶の水駅「聖橋」
 この橋が建築家の設計であると言うことを知っている人は少ないようである。モダンデザインの先駆者山田守?氏が手がけた建築家初めての土木建造物である。構造を理解したシンプルなアーチをプロポーションを変えたデザインは,当時斬新さを与えたという事が伝えられている。現在でもシンプルに見えるデザインであるがこの町と外堀の風景には無くてはならないものとなっている。
聖橋 http://home.h03.itscom.net/angeniex/mat/nikorai.htm
   http://www.netlaputa.ne.jp/~kitsch/tokyo/hijiri.htm
   http://homepage1.nifty.com/yanaken/kandagawa/bridges/hijiribashi.htm
 
○湯島聖堂 http://www.seido.or.jp/
 何か訪れるたびに,聖堂自身が寂しい(悪くいえばあれた,手入れが悪い)状態になっている。聖堂の管理施設は立派になってきている気がするが,聖堂自身の管理は芳しくないような気がする。がらんとした,広場の状態になっており,お堂の中も雑然としたものしかおかれていない。管理母体は定かでは無いが,「学問の神」となっているはずである。もう少しあり方は考えて頂きたい。私の子供を連れてきた頃(1980年代)とは全く変わってしまったような気がする。残念。
湯島聖堂 http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/photo/bunkyo/shoheizaka.htm
 
○本郷界隈
 本郷と言えば赤門(東大)である。その裏手一帯を本郷の街と呼んでいる。場合によっては,地番と多少異なる場合があるが,静かな街を形成している。以前から文豪等の住居も多く,由来のある場所もいろいろなところにある。以前は平屋を中心とした住宅地であるが,ここ10数年の変貌はすさまじく,高層建築が立ち並ぶ街に変わってきている。
 その合間に,以前からの佇まいを残した住居等もあり,それらを利用した小さな料理店なども最近多くなって来ている。そのような一見客がなかなか入りにくい店を探しながらこの界隈を散策するだけでも1日は十分に過ごすことが出来る。
本郷
 
○神田明神  http://www.kandamyoujin.or.jp/kandasai/h17/
 幹線道路から奥まった高台に位置するこの神社は,このあたりの氏子から愛されている。ご存じの通り,祭りは非常に盛大に行われ,神田っ子の熱い血を毎年沸かしている。境内もだいぶ縮小されつつあるが,立派な境内は健在であり。周りに数カ所ある祠もそれぞれに特徴がある。最近変な像が出来ているが由来のほどは定かではない。ここにも時代の流れであろうか,「ロボット仕掛けのおみくじ販売機」が最近出現。風情を一層無くしてしまっている。残念。
神田明神   http://www.kandamyoujin.or.jp/
 
○秋葉原「電気街」 http://www.akiba.or.jp/
 秋葉原といえば「電気街」。部品販売から安売りの電化製品まで店頭販売する。非常に活気のある街である。最近は,情報産業に押されパソコンショップが目立つようになってしまったが,店頭で値引きを繰り返しながら,隣接する店に競合させて購入すると言うスタイルは懐かしい(小売り店の原点と私は思っている)。神田明神から降りてくると,秋葉原でも裏に出られる。部品メーカーや小さな電気製造業・修理等を請け負う業種が意外と多い。日本を支えていた,これらの小工場の息吹を感じながら散策したい。
 
○旧岩崎邸庭園 http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=77
 財閥の持っていた洋館を再整備して,現在に至っている。当初は解体整理も検討された建物だったが,日本建築学会等の精力的なほぞ運動などが効をせいし,現在に至っている。荒れ果てていた頃と修理中にも何度か特別許可で入れてもらったが,往時の建物の建造物の工夫が至る所に発揮されている邸宅である。特に外観からからだと,洋館とそれに付属する日本間を持つ住宅のみが連結されているように思うが,庭の一角にビリヤード場があり,そこにも洋館の地下から繋がっていることを知る人は少ないと思う。
 ここも管理母体の変化であろうか,和室の方を喫茶スペースにし,風情を損ない始めている。
旧岩崎邸  http://sat.cside3.jp/home/2/sanpo-30.html
      http://home.att.ne.jp/sun/osum/iwa.html
 
○上野公園 http://www.ueno.or.jp/index3.htm
忍ばすの池・上野公園
 上野と言えば,西郷隆盛像のある山と忍ばすの池であろう。前者は,桜の名所・動物園等がある「上野公園」であり,後者は庶民の散策の場,弁財天などもある上野の顔である。忍ばすの池はこの地にありながら,開発があまりされていないことが魅力である。台東区のはずれでありながら,浅草と共に昔ながらの風情を保ってくれている。
 恩賜公園として非常に気持ちの良い環境を庶民に提供してくれている。子供から大人,アベックまで十分に楽しむことが出来る場所である。上野の山だけを公園と思っている人は文化を愛する人であろう。博物館・美術館等を中心とした。上野の山を感じ取っている。当然芸術を好む人も,芸大から谷中に続く庶民街を見逃していないであろう。
 しかし,私は上野は「忍蓮の池」が好きである。上野の良さを象徴している場所といえる。弁天島をはじめとした意味不明の石碑,浮浪者。浅草からこのあたりにかけた人間像を象徴している。東大側には,無数のホテル群。なかなかこれほどのみすまっちは無いと思っている。
http://www.ueno.or.jp/summer-fest_04/ 上野夏祭り
http://www.seiyoken.co.jp/ 上野精養軒
http://www.nmwa.go.jp/index-j.html 国立西洋美術館
http://www.tobikan.jp/ 東京都美術館
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=X00/processId=00 東京国立博物館
http://www.kahaku.go.jp/visitor_info/ueno/index.html 国立科学博物館
http://www.taitocity.com/kanko/asakusa_ueno/j_guide/index.html 浅草・上野観光案内
 
@忍蓮の池
 上野と言えば偲ばすの池。蓮の花が咲く頃は見事なものである。
 
A上野動物園 http://www.tokyo-zoo.net/  http://www.tokyo-zoo.net/zoo/ueno/index.html
●開園時間
午前9時30分〜午後5時(入園券の発売は午後4時まで)
※ただし、4時30分ごろに観覧を終了する動物もございます。
●入園料 一般600円 中学生200円 65歳以上300円
●休園日 毎週月曜日(月曜日が祝日、都民の日にあたる場合は、その翌日が休園日)
     年末年始(12月29日〜翌年1月1日)
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/zoo/ueno/index.html
 
B西郷隆盛像 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/saigouzou.html
 何と言っても上野のシンボルは西郷さん。筒袖に兵児帯をしめた着流し姿、右手に犬を引いている。銅像の作者は、詩人で彫刻家でもあった高村光太郎の父、高村光雲。明治24年、宮内省次官だった吉井友美が発起人となり、2万5千人から寄付金を集め、明治31年12月18日竣工除幕した。除幕式に参列した夫人のイトさんは「うちの人はこんなみすぼらしい格好をしてなかった」と嘆き、2度と上京はしなかったという。ちなみに郷里鹿児島の円山公園の西郷像は軍服姿である。
 
Cアメ横商店街  http://www.ameyoko.net/
 以前は年末になると必ずこの商店街から中継が行われた物である。意外と東京の人間よりも地方(特に東北)の方が知名度があるのかもしれない。20年ほど前に以前の面影を残しながら,ビルに改装されてからはファンも少なくなっている様な気がする。現在もビルの1階部分がかろうじて露天風に営業をしているが,在りし日の「アメ横」の印象には遠い。私も親につられ嘘のように安い買い物を人混みにされながらした思い出の方がこの町の良さと思っている。
 アメ横センタービル http://www.ameyoko-center-bldg.com/
 アメ横プラザ http://www.ameyoko-plaza.gr.jp/
 
○上野駅  http://www.jr-break.com/info/ueno/
 乗降人員40万人の大規模ターミナル駅である上野駅は、2002年2月に中央改札口から広小路口にかけて大幅なリニューアルを実施し、アトレ上野や上野Breakが誕生して駅全体が新しい魅力ある場所に生まれ変わりました。上野駅はアメ横などの歴史と活力を持った商店街をエリア内に有しているほか、東京国立博物館、国立西洋美術館、上野動物園、東京都美術館などの文化施設、そして東京芸術大学という日本を代表する芸術教育機関と深い係わりのある駅です。そのため、上野駅ガレリア2階にギャラリーを設置し、駅を利用されるお客さまに気軽に芸術に触れていただくことで駅を単なる通過点ではなく、交流する場として活用していきたいと考えています。
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10.新橋から佃島,門前仲町のたび                  イメージ
 
 新橋駅−汐留(日本テレビ・シティセンター・旧新橋停留所等見学)−浜離宮「見学」−朝日新聞−築地中央卸売市場「散策・昼食」−築地界隈「築地本願寺・聖路加病院等見学」−佃大橋−佃島「散策」−月島「もんじゃストリート・正味」−晴海(トリントンスクウェア)−春海橋−豊洲−豊洲橋−東京海洋大学「見学」−深川不動尊「深川丼での軽い夕食」−門前仲町駅
 
○汐留 http://www.sio-site.or.jp/
 国鉄からJRへ移管されても車庫(操車場)の跡地問題としてしばらくそのままにされていた一等地が,バブル後の大開発の旗手として2000年以降開発が進められた。現在では日本放送をはじめとするメディア基地として,近隣住居の推進地として,オフィスと住宅地が混在する都市型開発が進められている。2005年あたりで一通りの計画も完了し,街としての形態を固め始めてきた。
 新橋駅中心の開発であるが,ゆりかもめ線との連結も推進され,お台場方面の出発点としての役割も兼ね備えている。様々なビル群に,複合した要素の居住空間をまとめていくと言う方策は,成功したようである。今後,庶民性を残した駅前とのギャップがどのように埋められていくのか楽しみである。特に,西口(烏口・山の手内側)の新橋ビルを皮切りに始まる,虎ノ門までのサラリーマンにとってほっと出来る飲食店街は大切に残しておいてほしい。
 
@日本テレビ・シティセンター http://www.ntv.co.jp/
 日本テレビの中枢をまとめたこのビルは,テレビ会社の顔になった。残念なのは,多少の一般向けスペースはある(展示スペース・グッツ等の販売)が,あまり開放的なスペースになっていないことである。日テレと言えば,視聴者参加型の編集が多い割には,限られた視聴者にしか開放されていない(開放する気がない)。当然サテライトスタジオ的な常設施設もなく,訪れたものとしては拍子抜けする感がある。時折行われるイベント(インターネット等で紹介)にアンテナをたて,それを核に訪れれば,何かメディアとの遭遇があるかもしれない。
 ホテルや住居スペースも確保され,街としての機能は進んでいる。質の高い飲食店がビルに入店している。家族連れ等で気軽に過ごせる飲食店が少ないかもしれないと言うのが,私の印象である。一角の端には,劇場(  )などもあり,企画物を定期的に運営している。松下電器のショールームとオフィスも入っている。展示だけではなく,様々な講演会も行われているので楽しみである。
 
A旧新橋停留所 http://www.dentan.jp/shinbashi/shinbashi10.html
 忘れてはならないのは,新橋駅のルーツ。汽笛一声新橋を・・・のフレーズで始まる鉄道唱歌。日本の鉄道の原点である。オフィスビルの中庭のような場所に,開通時の面影を残すように記念碑として残されている。一見の価値はある。
 それに隣接するように鉄道の駅舎が復元され,現在は飲食店としてその姿が変えられている。
 
B汐留タワー http://www.sio-site.or.jp/
 
C汐留シティーセンター http://www.sio-site.or.jp/
汐留スタイル http://www.ntv.co.jp/style/
松下電器のショールーム  http://www.mew.co.jp/corp/museum/
ヴィラフォンテーヌ汐留 http://www.villa-fontaine.co.jp/shiodome/
ロイヤルパーク汐留タワー http://www.rps-tower.co.jp/index.html
 
○浜離宮 http://www.date-navi.com/park/hamarikyuu.html
 再開発された地帯を出ると,その海側には緑の空間が待っている。干潟を利用した広大な離宮が現在でも管理され一般公開されている。東京都に残されている海での物としては,最大級の規模であろう。一歩入れば都会の喧噪は嘘のよう。非常に落ち着いた日本庭園が向かえてくれる。
 入り口は2カ所(1カ所しかないと思っている人が多いが,船着き場がありそこからも海路を通じて出入り出来るから2カ所である)。通常は銀座(築地)寄りの道路から入る。まずは大きな池を配した日本庭園が目を楽しませてくれる。回遊式なので散策も回りながら楽しむことが出来る。中央に橋が渡されているので,水上の風景も楽しむことが可能である。池に写る高層建築街と緑とのコラボレーションは一興である。
 海岸線まで離宮は池と共にせり出している。海を見ることも出来る。その先に艀があり,水上バスが発着している。そこにも入場券等を販売している(水上バスが兼務)場所があるからしっかりしている。そのあたりから緑の公園のようになっており,管理された植物園のような場所がある。バラ園やぼたん園などがあり,季節の花々を計画的に植えているようである。芝生の公園のような場所もあるので暖かい時であれは,お弁当持参でも楽しめる。
 
@浜離宮   http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index028.html
潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園。潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。
 旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。浜離宮は、この潮入りの池や池や鴨場を中心にした南庭と、明治時代以降に造られた北庭とに大別されます。
 この地は、寛永年間(1624〜1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣)が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。
 以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。
 
A水上バス http://www.suijobus.co.jp/
●創業 明治18年4月 
●設立  明治31年9月
●資本金  6,150万円
●本社  111-0033 東京都台東区花川戸1-1-1
●事業内容  一般旅客定期航路事業・隅田川及び東京港での水上バスの運航
●保有隻数  13隻、総トン数合計 1,822トン
●運航航路  浅草〜浜離宮〜日の出、日の出〜お台場、日の出〜船の科学館〜しながわ水族館、
 日の出〜パレットタウン〜有明 など6航路
 
○朝日新聞 http://www.asahi.com/
 朝日新聞が有楽町の駅前にあったことなどを知る人も少なくなってきた。東京本社機能を移転してからかなりの年月がたとうとしている。環境(外観)に配慮したビルはすっかり築地の顔となっている。
この界隈には現在でも,老舗料理店(吉兆・今半など)が営業している。時間が合うようであれば,予約を入れておき,胃袋を癒したい。
 活版印刷からデジタル印刷への変化が新聞業界にも徹底され始めてからの移転。日本の情報発信基地としての役割は十分に果たしている。
 
○築地中央卸売市場 http://www.tsukiji-market.or.jp/
 移転してから20年ほど竜野かもしれない。2000年以降この場も手狭となり移転話が出ている。築地といえば市場,日本人であれば生鮮食料品はここで商いされているということは誰でも知っている。最近ではマスメディアの安易な紹介で,場内の食堂が変貌している。仲買の人々のお腹を満たす場所だった店が,いつの間にか観光客の集合する場所になってきている。紹介する方も悪いが,競い合うように集まってくるエセグルメが多いのも困った物である。格安でボリュームがあるはずの市場食が,「格安」と言う言葉を忘れ始めている。かろうじて早朝営業はしているものの,一食2000円を超すような朝食をとる仲卸業者などいようはずはない。場内食堂だけを見ると,寿司屋だけが舞い上がっているような気がする。そのせいで本来場内では必要のなさそうな安易な店まで進出してしまっている。
 場外はもっと悲惨な状況かもしれない。一般市民が気軽に新鮮な物を自らが店主と相談しながら購入できるはずの店には,パックものの商品が横行し,量り売り・単品売りをしながら,おまけ
値引きを楽しむと言う風情を残す店が少なくなってきている。飲食店も寿司屋は多いがチェーン店が軒を争うように出店し,近代的な店舗に変わってしまっている。築地で食べなくても良いような寿司が当然出される。しかし,出てくる客の姿は満足しているように見えるから不思議である。やはり日本人はブランドに弱いようである。
「場外市場」   http://www.tsukiji.or.jp/
「築地ぐるめ」 http://www.tsukijigourmet.or.jp/
 
○築地界隈
@築地本願寺  http://www.tsukijihongwanji.jp/
関東の人々に「築地本願寺さん」と親しまれているこのお寺は、正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」と言います。その発祥は、元和三(一六一七)年、西本願寺の別院として、第十二代宗主(ご門主)准如上人によって建立されました。
 当時、浅草近くの横山町にあったことから「江戸浅草御坊」と呼ばれていましたが、明暦三(一六五七)年、歴史的に有名な振袖火事で焼失してしまいました。しかし大火後の幕府の区画整理のため、旧地への再建が許されず、その替え地として下付されたのが八丁堀の海上でした。
 
A聖路加病院  http://www.luke.or.jp/
本院は1902年(明治35年)米国聖公会の宣教医師であるルドルフ・トイスラー博士によって創設されました。
 トイスラー博士は25歳で来日、診療所を開設し病院に発展させましたが、関東大震災でその建物は消失してしまいました。
 しかし卓越したアイディアと実践力を駆使して再建に努力し、1933年(昭和8年)本格的な病院が再建され、1936年に財団法人聖路加国際メディカル・センターが設立されました。
 太平洋戦争の戦火は免れましたが、 戦後、米軍病院として11年間接収され、その間は近隣の建物で診療を継続しました。
 返還後も新しい知識技術を積極的に学び実践し、1992年(平成4年)21世紀にむけて、全人医療をめざす画期的な機能をもつ新病院を建築して5月に移転しました。
  創立以来の目標は、キリスト教精神の下に、患者中心の医療と看護を行うことにあります。
  特に診療業務、看護並びにその他の診療補助業務、事務部門との有機的統合をはかり、病院として組織医療の実をあげることに最大の努力をしています。
 
B寿司屋
築地 寿司 ランチ http://g.pia.co.jp/front/contents/pseosearch/AC004/AP13/ST5804/PL231/CL2
 
C築地神社
明治40年(1907年)、地元より神社を望む声がわき上がり、創建準備が始まる。昭和 8年(1933年)2月、浅井作左衛門ら154名の連署を以て国に創建を申請。翌9年1月認証され、造営を開始。13年1月23日、熱田大宮の御分霊をお祀りし、創祀される。
19年9月1日村社に列するとともに、神饌幣帛料供進神社に指定される。20年3月、戦災により本殿・拝殿を焼失。12月、郷社に列する。
32年7月、本殿再建、仮本殿より御遷座される。36年7月、拝殿再建。51年5月、社務所を改築。
 
○佃島  http://www3.plala.or.jp/sanpo/tsukudajima.htm
佃島は元々、隅田川の河口に自然に出来た寄洲でした。徳川家康は幕府を江戸に置くにあたり、本能寺の変の時にひょんな事から世話になった、摂津国佃村(現在の大阪市西成区)の漁民約30名を江戸に呼び寄せました。
 その後1644年には、隅田川河口の三角洲を埋め立て島を作り、漁民達はそこに住む様になったと言われていますが、経緯には色々な説があるようです。
 
○月島「もんじゃストリート
「月島もんじゃ振興会協同組合」  http://www.monja.gr.jp/index.html
1988年、有楽町線が開通してから、月島での生活が大きく変わりました。 それまで唯一の公共交通手段は、東京都営バスでした。午後10時〜10時半に最終バスがなくなると、月島は文字通り「島」になりました。月島を出るにも、月島に帰ってくるにも苦労しました。 東京駅や新橋駅の月島方面のタクシー乗り場で、1時間待っても来てくれず、とぼとぼと歩いて帰ったことが何回もあります。特に冬の寒い日は、勝鬨橋を渡る頃には身体の芯まで冷え切っていました。 それがどうです。開通後は、銀座まで3分、有楽町まで4分(5分以内ですよ)、六本木やディズニーランドまで約15分です。 非常に便利になり、活動(飲む?)時間が増え、みんな喜んでいます。
 
○晴海「トリントンスクウェア」
 
○東京海洋大学  http://www.kaiyodai.ac.jp/Japanese/
我が国をはじめとする人類社会の持続的な発展を今後とも維持・促進するためには、人類の共有財産である海をグローバルな視点でとらえ、環境保全を図り、自然との共生のもと、海洋の利活用を考究しなければなりません。
新大学は、このような考えを基本に据え、海洋の活用・保全に関する科学技術の向上に資するため、海洋資源の確保、海上輸送技術の高度化、環境保全、海洋政策等に関する教育研究を総合的に行うとともに、新たな海洋産業の振興・育成が今世紀における世界経済発展のための主要課題の1つであるとして、これら分野における学際的、先端的研究を行います。
 
○深川不動尊  http://www.fukagawafudou.gr.jp/
江戸時代、中でも元禄年間は江戸市民を中心として不動尊信仰が急激に広まっていった。この背景には、経済・商業の中心地としての江戸、またそれを支える町人の経済力の飛躍的な増大が大きな原動力になっていた。
 このような元禄の町人文化が華々しく開花した時期に、成田山新勝寺は信徒数も増え、また寺格も格式の高い本山へと大きく発展していく。
 同じ時期江戸町人を中心に成田山のご本尊、不動明王を江戸で参拝したい、という気運が高まって、ついに1703年(元禄16年)4月にはじめて江戸でのご本尊の出張開帳(江戸出開帳)が行なわれた。当時は犬公方と知られる五代将軍綱吉の世で、その母桂昌院が成田山の不動明王を江戸で参拝したいと言い出して、それが実現したという説もある。
 成田山出発の総勢は300人を超える行列が組まれ、江戸まで1週間余りかけてご本尊が運ばれたといわれる。2ヶ月にわたるご開帳は、江戸市民に大きな人気を博したが、この開帳の場所が深川永代寺境内で現在の深川不動堂付近であり、これが深川不動堂の起りである。
 明治に入って神仏分離令によって、永代寺は廃寺になり境内は深川公園になった。明治2年に現在の地に「深川不動堂」の正式名称が認められ、14年には本堂が完成する。
 関東大震災・第二次世界大戦と2回にわたって本堂が焼失したが、ご本尊は奇しくも焼失を免れた。
 昭和26年に当時千葉県印旛沼のほとりに建っていた龍腹寺(1862年・文久2年建立)を深川に移築して本堂が復興したが、この時の建物が現在の本堂になっている。
 
○門前仲町駅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%80%E5%89%8D%E4%BB%B2%E7%94%BA%E9%A7%85
門前仲町駅(もんぜんなかちょうえき)は、東京都江東区富岡一丁目にある、東京地下鉄(東京メトロ)と東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。駅番号はT-12(東西線)とE-15(都営大江戸線)。
「深川(門前仲町/森下)編」 http://homepage2.nifty.com/artshin/sanpo.fukagawa.html
営団東西線・都営大江戸線門前仲町駅から、森下駅までのコース所要時間徒歩4時間。
 都営大江戸線開通のおかげで下町にも気軽にいけるようになり、かつて栄えた隅田川東岸の最大の門前町深川を散策しました。
「東京フィールドワークin門前仲町」 http://dhweb.mods.jp/tfw_02/y_tfw_monnaka.html
さて再開一発目の東京フィールドワークは、なぜか「門前仲町」に行くことにしました。今回もお笑いフォトグラファー、オートバイと前日に会議をし、なんとなく決まりました。なぜ門前仲町か?特に意味なーし。でもお互い昔から気になっていた街です。「もんぜんなかちょう」という歴史がありそうな響き、でも名前は有名なくせに地理的にどこにあるのかさっぱりわからない感じ、このダブルポイントで、門前仲町に決定しました。ぼくはなるべく無情報で街に飛び込みたいので、この「意味なし感」がとても重要になってくるわけです。門前仲町。下町か?門があるのか?はたまた開発が進んでいてスタイリッシュだったりするのか?謎。全然わかりません。わからないから知りたくなる。門前仲町。略してモンナカ。今回はお前が恋の相手だ。
 
@深川丼  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E5%B7%9D%E4%B8%BC
深川丼(ふかがわどん)とは、飯の上に、アサリやハマグリとねぎなどの野菜などを煮込んだ味噌汁をかけた丼のこと。
 
隅田川の河口あたりは、アサリがよく取れたことからきているらしい。 江戸時代末期に江戸深川の漁師が食べ始めたのが由来といわれている。 漁獲が豊富であったため単価が安く、調理が簡単のため早く用意が出来、さらに素早くかき込むことができることが好まれたようである。ただ、当時は時間がかからない方法で味噌汁をぶっかけた方法が取られていたのであって郷土料理という感覚はなかったものと思われる。
 
江東区の深川、門前仲町あたりでは、深川丼の看板を出した店があちこちにある。 また近年ではアサリやハマグリを炊きこんだご飯を、深川丼として提供する店もある。 炊き込んだ物は元々は深川飯(ふかがわめし)と呼ばれていたが、近年は混同されるようになった。この炊き込んだ「深川飯」仕立てのものは、前述の深川丼をアレンジし、近年になって登場したものである。また、近年は、ご飯の上に煮たアサリを乗せた蒸籠蒸しの深川飯を出す店もある。
 
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11.上野から浅草,隅田川沿い(向島・堀切)のたび        イメージ
 
 上野駅−(2階建てバスにて浅草)−浅草「浅草寺参拝」−吾妻橋−隅田川公園−(隅田川沿いの散策)−アサヒビール「休憩・見学」−向島百花園「見学」−隅田川(白髭)神社(隅田川七福神)−レストランカタヤマ「昼食:名物ステーキセット」−東白髭公園−軟式野球資料館「見学」−多聞寺(隅田川七福神)−堀切駅−堀切橋−堀切菖蒲園「見学」−舟川親水公園「散策」−お花茶屋駅
 
○舟川親水公園   年中無休・無料
 以前の水路を公園として整備し,水の流れを復活した公園。自然のビオトープのような施設もあるが,水路だった名残をとどめるべく,小屋やトイレなどを古い時代の雰囲気で演出している。期間によっては水が流れていないが,雰囲気の良い状態に保たれている。
 健在は,道路の間に公園として位置している。残念なのは公園通しを,自動車の迂回路が切断し,ガードレールがその都度人間の横断を阻んでいる。規則通り歩けば,その都度両側の歩道に渡り戻ってこなければならない(こういう事は多いが都市デザイン担当者の頭脳を疑う)。
舟川親水公園 http://cocoabeach.web.infoseek.co.jp/A4_91.htm
 
○堀切菖蒲園 6000株の菖蒲が咲き誇る無料の公的施設   年末年始休み・無料
 京成線の駅名が「堀切菖蒲園駅」となっているので,すぐに場所は解る。しかし,駅からは15分程度かかる。散策路になっている道路が菖蒲園まで導いてくれるので安心である。6月初旬から中旬までは,菖蒲祭りとなっており閉園も18時となっている。駅から菖蒲祭りの提灯を頼りに行けば,同時に様々な種類の紫陽花も堪能できる。
 規模としては大きいとはいえないが,多くの種類が標示と共に生育されており,庭園風になっているので,散策にはもってこいである。園内には,簡単な休憩所・トイレも整備されている。満開の時土盛りされた上につくられた,東屋から菖蒲を眺めれば最高であろう。
 余談ではあるが,この時期駅前(水戸街道との交差点近く)のすし屋が「菖蒲寿司」と名づけたにぎり寿司がある。ものは試し,賞味してみたい(1200円)。
堀切菖蒲園 http://www.katsushika-sangyo.or.jp/kanko/spots/horikiri.html
 
○多聞寺 隅田川七福神の出発或いは終着ポイント  開門8時から17時
 非常に整備された「寺」である。門前には駐車場も完備し,拝殿内は非常に綺麗に納まっている。何かの由来であろうか,『映画人の墓』と言うものが,墓地入り口に立てられ,墓石の背面には,由来とそうそうたるメンバーの名前が連なっている。納骨はされていないであろうが,亡き監督を偲んで建立されたものらしい。「七福神」の案内や地図も常備しているので,もらってから進みたい。
多聞寺 http://www5.big.or.jp/~ejiri/nakasen/exp/vk03/06tamon.htm
 
○レストラン『カタヤマ』 −下町の洋食屋さん−
 テレビを始めマスコミ各社が紹介したせいもあり,最近ではメジャーになってしまったレストランである。特に「ステーキ」を売り物としているので,それらを合わせたメニューが非常に多い。加えて,50g単位で変化するステーキのアラカルト,焼き加減の調整も十分に配慮してくれる。基本は鉄板焼きの上にのせられてくるので,焼き加減は多少レアーに近い方を指示しておいた方がよい。特に,『前沢牛』にこだわり,安価な肉を特別加工してつくられるステーキは,厚みがあり柔らかく仕上げられている。
 特におすすめの260gの特製ステーキセットは,ボリュームもありなかなかのものである。大きめの鉄板に「素朴なフライポテト」「インゲン+にんじん+スイートコーン」「ケチャプ味のスパゲッティ」は素朴でお腹を満たしてくれる。ワインも1000円程度からフルボトルが用意されている(グラスワインかと思い,気軽に頼んだらボトルで出てきて驚いてしまった事がある。しかし,残しても蓋を持ってきてくれるので持ち帰り自由である)。
レストランカタヤマ http://dabintyo.com/
 
○向島百花園 年末年始休み 150円
 向島にあった邸宅の庭を保存している場所のようである。菖蒲が見頃かと思えば,あまり無い。5月に行ったので五月は花が見頃であった。最近はトンネル状に仕立てられた「萩」が見応えあるらしいが,時期ではなかった。庭には,茶室などもあり一般開放されているようである。素朴な茶屋などもあり,ほっと出来るところである。庭の至る所に石碑(歌碑)がつくられており,それを巡るように歩いていくと楽しい。それほど広い場所ではないので1時間はかからない。
向島百花園 http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=64
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12.柴又帝釈天から矢切の渡しを楽しむたび
 
 柴又駅−下町「柴又参道散策(とらやのだんご賞味)」−柴又帝釈天−山本亭「庭園散策」−葛飾柴又寅さん会館(下町や)「見学」−柴又公園−矢切の渡し「渡し船体験」−(野菊の小道)−矢切橋−野菊の墓文学碑(妙法寺・西連寺)−矢切神社−矢切駅
 
○柴又駅
 私鉄のローカル駅「柴又」は,寅さんの街(駅)と言っても過言ではない。駅前広場の中央には「寅さん」の像が中央に配している。下町の静かな場所が,渥美清演じる寅さんによって完全に,別な世界を作り上げてしまったのであろう。観光で潤っている人々はいざ知らず,静かに過ごしていたかった人も多かったに違いない。最近は便乗商法のような施設なども見られ,風情が損なわれつつある。
柴又駅 http://www.katsushika-sangyo.or.jp/kanko/area/shibamata_sta.html
 
○門前下町「柴又参道・帝釈天参道」
 舞台(寅さんの実家)とされるだんご(とらや)や土産屋が門前町を形づけている。映画から受ける印象は長い感じがするが,割と短い。その奥に,帝釈天がある。
帝釈天参道 http://homepage1.nifty.com/shibahiro/eat/sando/sando.html
      http://www.dentan.jp/shibamata/shibamata01.html
 
○柴又帝釈天
 建物もなかかなのものである。木造建築に細工が施された建物は一見の価値がある。加えて,庭園・記念館(展示館)等も整備されているので,休憩を兼ねて立ち寄っておくと良い。
柴又帝釈天 http://www.katsushika-sangyo.or.jp/kanko/spots/taisyakuten.html
 
○山本亭「庭園」   http://www.katsushika-kanko.com/2_shibamata/2-4menu.html
この山本亭は、山本氏が使用していたものを昭和63年3月14日に葛飾区に移転され、
平成3年4月から一般公開しました。山本家の住宅と工場はもともと浅草の小島町一丁
目にありましたが、大正12年9月1日の関東大震災で被害を受け山本栄之介氏が当地
に移り住み、取得した建物(製瓦業者の屋敷跡)を改修整備しました。
大正15年から昭和2年頃2世帯東棟の玄関・廊下を改修し、西棟および蔵前廊下の新
築をしました。昭和5年東棟の湯殿を火災で損傷、その頃、居宅の改修が施され、居宅
棟がほぼ今日の状態と同じになりました。長屋門は昭和5〜8年に現在のものに改修さ
れたものです。
http://www.shibamata.jp/yamamoto-tei/yamamoto.html
 
○葛飾柴又寅さん記念館
映画「男はつらいよ」の第1作を制作したのは、1969年の初夏である。
それ以来1995年秋の第48作まで27年間、ぼくたちは何百遍もこの地、柴又をロケーションのために訪れてきた。
江戸川堤、帝釈天参道、柴又駅、寅さんやさくら、そして数え切れぬほどのマドンナたちと共にくり返しくり返し写し続けたこの町の風物は、寅さんシリーズのフィルムに永遠に記録されている。
全国からこの土地に足を運ぶ人びとが、この会館で寅さんの映画のことを懐かしく思い返すと共に、激しく変わりゆく日本の国にあって、せめて故郷だけはいつまでも昔のままであってほしいと願っていた寅さんの思いに共感して貰えることを、心から期待してやまない。山田洋次
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kenichis/sight3-021108-torasan1.htm
 
○矢切の渡し「渡し船」
 歌など名も現れる渡し船は健在である。現在はボランティア(独占企業)のような,夫婦が管理運営している。公的だといっていたが,自由に河川で営業活動をしていたり,どうも不自然な感じがする。基本は手こぎであるが,柴又方面からは下りとなるのでのどかな渡し船を体験することができる。矢切からは上流に登るようになっているので,動力を使っているようだ。
矢切の渡し http://www.katsushika-sangyo.or.jp/kanko/spots/yagiri.html
      http://asobiba.jp/asobiba/contents/asobiba050_yagirinowatashi.htm
 
○野菊の墓文学碑
 道路から少しあがったところに,非常に目立たないような石碑がありそこが文学碑となっている。際だって何があるという訳ではないが,銀杏の大木が印象的な場所である。西連寺の敷地内でもある。
伊藤左千夫・野菊の墓  http://www.edogawa-u.ac.jp/~tshimo/satiohi.html
@妙法寺 http://8tagarasu.cocolog-nifty.com/sakamitisannpo/2006/07/2_066f.html
@西連寺 http://www.asahi.com/travel/traveler/TKY200610280163.html
 
○矢切神社 http://www.doko.jp/shop/lc852/st8775/sc812699/
 
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13.品川から水族館めくり,品川水族館・水上バスを楽しむたび イメージ
 
 品川駅−プリンスホテル(エプソンアクアミュージアム「見学」)−品川新都市街「散策」−(北品川巡り)−品川浦船だまり−鯨塚−土蔵相場跡−寄木神社−(旧東海道)−品川神社「品川富士登頂」(青物横丁)−旧網元の家−浜川橋(深橋)−鈴ヶ森刑務所跡−品川区民公園−品川水族館「見学」−大井競馬場−水上バス乗り場=(乗船)=浅草(散策・腹ごしらえ)−浅草駅
品川宿をあるく http://www.adachi.ne.jp/users/senstory/sinagawashuku.htm
        http://www.quizzing.jp/machi/05/04.html
 
○品川新都心 最後の駅ビルも完成し,街としての機能が充実
 最後の「アトレ」が完成し,ほぼ品川近辺も街として形が最終章を迎え始めている。「グランドコモンズ」「インターシティ」も落ち着き始めている。近隣に建設されていたマンションや,京王ビルなども整備された。飲食店は,グランドコモンズの方が充実している。プリンスからの経路は解りやすいが,新都心に入ってしまうと,意外と外に出にくいので,1階から外部への出入り口を探しながら歩くことになる。
品川グランドコモンズ http://www.grandcommons.com/
品川インターシティ http://www.sicity.co.jp/
品川イーストワンタワー http://www.e-onetower.com/
アトレ品川 http://www.atre.co.jp/shinagawa/floor/
 
○品川浦船だまり
 現在は,「釣り船」を主体とする停船場となっているが,柳並木が始まる運河に多くの船が停留されている。近辺には,大正時代等の建物も点在し,目を楽しませてくれる。夜になれば停船所の血合いが飲み屋になるのであろうか,赤提灯も下がっていた。
品川浦船だまり http://cocoabeach.web.infoseek.co.jp/A4_233.htm
 
○鯨塚
 普通にいっては見つからない出あろう。小さな(しかし氏子が大事にしているのであろう。維持管理はされている)神社の境内裏にある。一見しても鯨塚とは解らないものだが,品川区の史跡の標識があるので,それであることが確認できる。
鯨塚 http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-enmt/shinagawa/kujira.html
 
○品川神社 富士山登頂の出来る神社・新馬場駅前
 富士信仰の場でもあるこの神社は,国道15線沿いに位置している。なかなか規模としても大きな神社であり,東京10神社(どう決めているのかは解らないが,掲示がでていた)にも指定されているらしい。丁度春祭りの前日に行ってみたが,祭りの準備で境内はごった返していた。稲荷もあり,美しい赤鳥居が連立していた。階段を50段ほど登るが,その途中に『(品川)富士登山口』がある。2m程度置きに1合が加わる。2分ほどで山頂に立つことが出来る。残念なのは山頂の目印がないことである。品川(海側)方面の眺めがよい。
品川神社 http://www.hh.iij4u.or.jp/~kata/pages/shina030.html
 
○浜松宿の松
 「土山宿の松」と「袋井宿の松」の間にある。東海道を保存しているので,この目印である松も小公園として保存されている。大概の場所にトイレも併設されているので,立ち寄るには良い場所である。それぞれに特徴を持った形態をなしている。
浜松宿 http://www.sinakan.jp/joyful/joyw.cgi?page=675
 
○品川寺 青物横丁駅すぐ裏手
 入り口に大きな仏像が奉られているのですぐに解る。東海道を歩いているとこのあたりには寺が多いことに気が付く。南品川の鎮守・荏原神社をのぞいては寺が連立していると言っても過言ではない。それくらい信仰心も深い土地柄なのであろう。鐘楼につり下げてある鐘が曰くのあるものであったらしいが,見ただけでは解らない。
品川寺 http://www.evam.ne.jp/honsenji/
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14.品川から大崎・五反田TOC(東京卸売りセンター)目黒までのたび
イメージ
 
 品川駅−原美術館「見学」−ゲートシティ大崎・ニューシティ大崎−TOC(東京卸売りセンター)−氷川神社−林試の森公園「散策」−目黒不動尊「参拝」−大鳥神社−とんき「トンカツ賞味」−目黒雅叙園「見学」−大円寺
 
○品川新都心 最後の駅ビルも完成し,街としての機能が充実
 最後の「アトレ」が完成し,ほぼ品川近辺も街として形が最終章を迎え始めている。「グランドコモンズ」「インターシティ」も落ち着き始めている。近隣に建設されていたマンションや,京王ビルなども整備された。飲食店は,グランドコモンズの方が充実している。プリンスからの経路は解りやすいが,新都心に入ってしまうと,意外と外に出にくいので,1階から外部への出入り口を探しながら歩くことになる。
品川グランドコモンズ http://www.grandcommons.com/
品川インターシティ http://www.sicity.co.jp/
品川イーストワンタワー http://www.e-onetower.com/
アトレ品川 http://www.atre.co.jp/shinagawa/floor/
 
○原美術館
 近代建築を保存しながら再生した美術館である。静かな自由宅地に立つ建物は,何かほっとする雰囲気が感じられる。アールヌーボーに近い様式を随所に取り入れた,白い建物はそれ自体が美術館となっているようだ。最近展示スペースの一部を改修し,レストランスペース(屋外を含む)を拡張したので,軽食も可能である。晴れていれば,屋外テラスでのんびり休憩しておきたい。
原美術館 http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
 
○大崎駅
 最近,埼京線・りんかい線の入れにより,一層開発が促進されている。「劇団四季」の劇場なども併設される計画があるらしい。完成には,数年かかるようであるが,かなり街としての顔を形成しているようになってきた。オフィス街ではあるが,それを見越した施設(飲食店・商店・催し場等)も充実してきている。
 @ゲートシティ大崎 http://www.gatecity.jp/
 Aニューシティ大崎 http://www.ohsaki-nc.jp/
 
○TOC(東京卸売りセンター)
 古くから庶民のセンターとして活躍してきたTOCであるが,最近は新しく地の利の良い施設に取られどうも陰が薄くなりつつある。しかし,庶民の街であることには違いない。時々おもしろいイベントも行われているので,遭遇できるかもしれない。
東京卸売りセンター http://www.kokugai.com/kagoo/francebed/  家具
          http://www.toc.co.jp/
 
○氷川神社 八雲氷川神社
鳥居をくぐり、参道から境内には、アカガシ等の老木が繁り、普段は森閑とした雰囲気です。
拝殿の後ろに、昔の御神木アカガシの枯れた巨大な株があります。癪封じのご利益があるといわれ、
煎じ薬にするために御神木の皮をはぐ者が跡を絶たなかったため、ついに枯れ死してしまったといわれています。
旧衾村の鎮守だけあって、秋のお祭は盛大で、大変な賑わいになります。
http://meguroku-net.com/meisyo/jinja3/F8-1hikawajinja.htm
○林試の森公園  http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index003.html
 ここは明治33年(1900年)6月に当時の農商務省林野整理局が「目黒試験苗圃」としてスタートしたのが始まりで、その後「林業試験場」に名称を変更、林野庁の付属となり昭和53年まで営々として使用されてきました。
 そして、筑波研究学園都市の建設に伴い、移転した跡地を整備し、「目黒公園」の暫定開放期間を経て、平成元年6月1日に「都立林試の森公園」として生まれ変わり開園しました。
 この公園は東西に700m、南北に250mと細長く、外周の園路をぐるっと一周すると45分程で廻れます。
http://meguroku-net.com/meisyo/rinsi/F1-rinsi.htm
 
○目黒不動尊
目黒不動尊 瀧泉寺 〒153-0064 東京都目黒区下目黒3-20-26
 当山の開基は、今から一千百余年前の平安時代に(八〇八)にさかのぼります。
十五歳の慈覚大師・円仁(後の天台座主第三祖)が、師の広智阿闍梨に伴われて、故郷の下野国(今の栃木県)から比叡山の伝教大師・最澄のもとへ向かう途中、目黒の地に立ち寄りました。
 その夜の夢中、面色青黒く、右手に降魔の剣を提げ、左手に縛の縄を持ち、とても恐ろしい形相をした神人が枕の上に立ち現れて『我、この地に迹を垂れ、魔を伏し、国を鎮めんと思うなり。来って我を渇仰せん者には、諸々の願ひを成就させん。』と告げ、夢覚めた後その尊容を黙想し自ら、像を彫刻して安置したのに創まります。  (ご尊像は秘仏として十二年に一度、酉年にご開帳されます)
 その後、大師は唐(今の中国)の長安にある青竜寺の不動明王を拝し、先の神人がこの明王であると分かり、帰朝して堂宇を建立します。棟札に『大聖不動明王心身安養咒願成就瀧泉長久』と認め、この「瀧泉」をもって寺号と成し、山号は清和の御代に「泰叡」の勅額を賜り、泰叡山と称しました。
http://park6.wakwak.com/~megurofudou/
 
○大鳥神社
景行天皇の御代、当所に国常立尊を祀った社(やしろ)がありました。日本武尊は景行天皇の皇子であり、天皇の命令で熊襲を討ち、その後に東国の蝦夷を平定されました。この東夷平定の折、当社(大鳥神社)に立寄られ、東夷を平定する祈願をなされ、また部下の「目の病」の治らん事をお願いされたところ、首尾よく東夷を平定し、部下の目の病も治って、再び剣を持って働く事ができるようになったので、当社を盲神(めくらがみ)と称え、手近に持って居られた十握剣(とつかのつるぎ)を当社に献って神恩に感謝されました。この剣を天武雲剣と申し、当社の神宝となっております。
http://www.ootorijinja.or.jp/
 
○とんき「トンカツ」
 この界隈ではトンカツと言えばとんきであろう。全国区の知名度は無いが,地元に根ざした丁寧な営業を心がけている。なんと言っても揚げ時間の長さが特徴であろう。そのためにやや厚めの衣がつけられている。食べてみれば,やや蒸し焼き状態。上質の油を使っているカツは,全く油っこさが感じられない。独特なトンカツである。それ以上に魅力なのは,店内の清潔さと従業員の気持ちよさである。聞くところによれば,全国から中卒で修行に来る子供達が耐えないらしい。それらをきちんと教育し,店内の清掃まで徹底させている。揚げ物やと言う雰囲気まで一掃してしまう店である。
「【目黒】とんかつとんき」
■とんかつとんき(目黒本店)
住所:目黒区下目黒1−1−2 TEL:03-3491-9928
営業時間:火、第3月休 16:00〜(L.O.22:45)
http://tokyofood.exblog.jp/1312903
 
○目黒雅叙園
 会社更生法の適用を受けながらも,以前の文化遺産を損ねず維持している。創業者の遺産を大切にしながら,近代化を図ったが経営的には,結婚式・宴会だけでは維持できなかったのであろう。経営が傾いた原因ともなった近代化(建築の新築)は,我々にとっては非常に整った文化遺産を残してくれた。
 目黒雅叙園 http://www.megurogajoen.co.jp/
 
○大円寺
 天台宗延暦寺派で「松林山大円寺」という。
寛永の初め、湯殿山の修験僧・大海法印が大日如来を祀り、祈願の道場を開いたことが、この寺の始まりと伝えられている。
木造釈迦如立像・十一面観音立像・石造り五百羅漢像阿弥陀三尊・お七地蔵・とろけ地蔵 等が安置されている
下目黒1-8-5 JR目黒駅徒歩5分 行人坂途中
http://meguroku-net.com/meisyo/daienji/daienjiFSet.htm
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15.品川から美術館,ホテルを巡る田町までのたび      イメージ
 
 品川駅−原美術館「見学」−新高輪ホテル−八芳園・都ホテル−泉岳寺−(寺巡り)−慶應義塾大学−「慶応仲通り散策」−田町駅
 
○品川新都心 最後の駅ビルも完成し,街としての機能が充実
 最後の「アトレ」が完成し,ほぼ品川近辺も街として形が最終章を迎え始めている。「グランドコモンズ」「インターシティ」も落ち着き始めている。近隣に建設されていたマンションや,京王ビルなども整備された。飲食店は,グランドコモンズの方が充実している。プリンスからの経路は解りやすいが,新都心に入ってしまうと,意外と外に出にくいので,1階から外部への出入り口を探しながら歩くことになる。
品川グランドコモンズ http://www.grandcommons.com/
品川インターシティ http://www.sicity.co.jp/
品川イーストワンタワー http://www.e-onetower.com/
アトレ品川 http://www.atre.co.jp/shinagawa/floor/
 
○原美術館
 近代建築を保存しながら再生した美術館である。静かな自由宅地に立つ建物は,何かほっとする雰囲気が感じられる。アールヌーボーに近い様式を随所に取り入れた,白い建物はそれ自体が美術館となっているようだ。最近展示スペースの一部を改修し,レストランスペース(屋外を含む)を拡張したので,軽食も可能である。晴れていれば,屋外テラスでのんびり休憩しておきたい。
原美術館 http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
 
○新高輪ホテル http://www.princehotels.co.jp/takanawa-area/
 
○八芳園
緑溢れる八芳園。季節に色を添える木々たちを眺め都会の喧騒を忘れさせるひとときをお過ごしください。
http://www.happo-en.com/index.php
 
○都ホテル東京
豪華さと気品ただよう大中小12タイプの宴会場は、どれも優雅さと最新機能を備え、最大1,000名から10名様まで、ご宴会や会議の趣向に応
じてお選びいただけます。 料理・サービスのスタッフ陣も、国際会議から宴会、セミナーまで内外の賓客、ビジネス客をお迎えするにふさわしい
専門家揃い。経験豊かで心のこもった演出でおもてなしいたします。
http://www.miyakohotels.ne.jp/tokyo/
 
○泉岳寺
泉岳寺は曹洞宗の寺院です。
曹洞宗のご本山は二つあり、一つは道元禅師が開かれた福井県の永平寺、もう一つは横浜鶴見の総持寺です。
道元禅師の主著は仏教の神髄を表した『正法眼蔵』という95巻に渡る書物です。
さて、泉岳寺は慶長17年(1612年)に門庵宗関(もんなんそうかん)和尚(今川義元の孫)を拝請して徳川家康が外桜田に創立した寺院です。(現在のホテルオークラの近く)
しかしながら寛永18年(1641年)の寛永の大火によって焼失。そして現在の高輪の地に移転してきました。時の将軍家光が高輪泉岳寺の復興がままならない様子を見て、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の五大名に命じ、高輪に移転した泉岳寺は出来上がったのです。
浅野家と泉岳寺の付き合いはこの時以来のものです。
一般的には赤穂義士のお墓があることで有名ですが、創建時より七堂伽藍を完備して、諸国の僧侶二百名近くが参学する叢林として、また曹洞宗江戸三か寺ならびに三学寮の一つとして名を馳せていました。
その家風は引き継がれており、人数は少ないものの、大学で仏教を学びつつ泉岳寺で修行を勤めるという若い修行僧が、現在もいます。
http://www.sengakuji.or.jp/
 
○慶應義塾大学
 都の西北に位置してる敷地は広大であり,豊かなキャンパスを提供してくれている。土地柄この大学を境に,田町・芝側のビジネスゾーンと白金方面の住宅ゾーンに分けられるところである。隣接して中学校・慶應女子高校もある。文化地域を形成している。
慶應義塾大学 http://www.keio.ac.jp/index-jp.html
 
○慶応仲通り
 慶應の学生がキャンパスに行く近道として使っているのでこのような名が付いたと聞いている。現在は路地に無数の飲食店街が形成され,様々な業種が競い合っている。「建築会館(日本建築学会)」が有楽町から移転して以来,新たな街の顔を作り出している。
慶応仲通り 
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16,田町から高輪・白金,目黒・恵比寿までのたび        イメージ
 
 田町−「慶応仲通り散策」−慶應義塾大学−氷川神社−「白金台散策」−国立自然教育園「散策」・東京都庭園美術館「見学」−目黒駅−恵比寿ガーデンプレイス(東京都写真美術館「見学」・サッポロビール麦酒記念館「見学・試飲」)−恵比寿駅
 
○慶応仲通り
 慶應の学生がキャンパスに行く近道として使っているのでこのような名が付いたと聞いている。現在は路地に無数の飲食店街が形成され,様々な業種が競い合っている。「建築会館(日本建築学会)」が有楽町から移転して以来,新たな街の顔を作り出している。
慶応仲通り 
 
○慶應義塾大学
 都の西北に位置してる敷地は広大であり,豊かなキャンパスを提供してくれている。土地柄この大学を境に,田町・芝側のビジネスゾーンと白金方面の住宅ゾーンに分けられるところである。隣接して中学校・慶應女子高校もある。文化地域を形成している。
慶應義塾大学 http://www.keio.ac.jp/index-jp.html
 
○品川氷川神社  http://kkubota.cool.ne.jp/hikawanotaki.htm
都内七瀑布「氷川の滝」のあることで知られた神社だが、近年の境内の改修と湧水量の減少によって滝は消滅した。今湧水は手水として水盤に受けているわずかな量だけとなったが、これだけでも保全に努めてほしいものだ。名水巡礼東京八十八ヵ所
 
○白金台  http://www.soleman.jp/shiro/index_02.html
白金台(しろかねだい)は、東京都港区にある地名。現在の住居表示では一丁目から五丁目まである。当地域の人口は、10,001人(2007年11月1日現在、住民基本台帳による。港区調べ)。郵便番号は、108-0071。住居表示が実施される前の従来の白金台町は、目黒通り沿いの極めて細長い地域と旧白金御料地だけであった。本稿では住居表示前の白金台町と、現行の白金台について述べる。
@国立自然教育園  http://www.ins.kahaku.go.jp/index.php
自然教育園の生い立ちは、今から400〜500年前の中世の豪族の館から始まります。
その後、高松藩主松平頼重の 下屋敷 (江戸時代)、陸海軍の 火薬庫 (明治時代)、白金御料地(大正時代)と歴史をかさねてきました。 この間は、一般の人々は中に入ることができなかったため、まれに見る豊かな自然がここに残されました。そして、昭和24年(1949年)に全域が天然記念物および史跡に指定されると同時に、一般に公開されるようになりました。
A東京都庭園美術館  http://www.teien-art-museum.ne.jp/index.html
 東京都庭園美術館は 朝香宮[あさかのみや]邸(朝香宮殿下は久邇宮[くにのみや]家第8王子、妃殿下は明治天皇第8皇女)として1933年(昭和8年) に建てられた建物を、そのまま美術館として公開したものです。戦後の一時期、外務大臣・首相公邸、国の迎賓館などとして使われてきましたが、建設から半世紀後の1983年(昭和58年)10月 1日、美術館として新しく生まれかわりました。
 
○恵比寿ガーデンプレイス  http://gardenplace.jp/
恵比寿ガーデンプレイスへは、JR恵比寿駅、もしくは日比谷線恵比寿駅をご利用いただくと大変便利です。 JR恵比寿駅東口からは動く通路「恵比寿スカイウォーク」で約5分。雨の日でも傘なしで濡れずにアクセスできます。
@東京都写真美術館  http://www.syabi.com/index.shtml
東京都写真美術館の正面玄関階段を上り、2階展示室入口へ至る導入部であるエントランスホールは、 天井まで続くガラス窓の採光によって解放感溢れる空間。入口案内カウンターでは、当館施設案内及び各展覧会の発券を行っています。また展示室前のフロアーには、 作品検索や作家紹介のための情報システムが設置され自由にアクセスすることができ、併設されたカフェでは、お飲物もご用意しています。
Aサッポロビール麦酒記念館  http://www.sapporobeer.jp/brewery/y_museum/
1887年(明治20年)に設立された日本麦酒醸造会社は、当時三田村と呼ばれていた現在の東京・目黒区三田に工場を設け、「恵比寿ビール」の生産をはじめました。以来、「恵比寿」の名は、駅や街の名となって親しまれています。恵比寿麦酒記念館は、百年余にわたるサッポロビール恵比寿工場を記念するとともに、ビール文化を伝えています。
 
○恵比寿駅  http://www.atre.co.jp/ebisu/
http://www.tokyometro.jp/rosen/eki/ebisu/index.html
 
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17.品川から芝浦,レインボーブリッヂ・お台場のたび      イメージ
 
 品川駅−中央卸市場食肉市場−天王洲アイル「散策」−東京海洋大(水産資料館)−(倉庫群)−レインボーブリッヂ「歩行横断」−お台場レインボー公園−お台場海浜公園(ディクス東京ビーチ・アクアシティお台場・フジテレビ)「散策」−潮風公園「散策」−船の科学館「見学」−パレットタウン「散策」−東京レジャーランド「お台場温泉・入浴,休憩」−夢の大橋−国際展示場
 
○品川駅
 最後の「アトレ」が完成し,ほぼ品川近辺も街として形が最終章を迎え始めている。「グランドコモンズ」「インターシティ」も落ち着き始めている。近隣に建設されていたマンションや,京王ビルなども整備された。飲食店は,グランドコモンズの方が充実している。プリンスからの経路は解りやすいが,新都心に入ってしまうと,意外と外に出にくいので,1階から外部への出入り口を探しながら歩くことになる。
品川グランドコモンズ http://www.grandcommons.com/
品川インターシティ http://www.sicity.co.jp/
品川イーストワンタワー http://www.e-onetower.com/
アトレ品川 http://www.atre.co.jp/shinagawa/floor/
 
○中央卸市場食肉市場  http://www.shijou.metro.tokyo.jp/syokuniku/syokuniku_top.html
東京都中央卸売市場食肉市場は、品川駅港南口(東口)に位置し、東京をはじめとする多くの消費者に安全で安心なお肉を供給している市場です。
 そこで、食肉市場・芝浦と場をより理解していただくため、日頃どんな仕事が行われ、お肉をどうやって皆様の食卓にお届けしているかなどを、ご紹介します。
 
○天王洲アイル  http://www.e-tennoz.com/
天王洲は品川の臨海部にあって、江戸時代には第四お台場として、また近年にあっては流通倉庫の集積する地区として重要な機能を果たしてきました。
そして1985年、天王洲の地権者22社による「天王洲総合開発協議会」の発足とともに総面積22haに及ぶ民間最大規模の都市開発が始まり, 「人間の知能と創造性に働きかける環境づくり」を開発コンセプトに順調に開発を進めてきました。21世紀に入り、品川臨海部の開発は、JR品川駅東口地区(品川グランドコモンズ)、JR品川駅の新幹線駅建設などの周辺地区の再開発までも含めた拡がりを見せており、ますます整備・発展を遂げつつあります。 
 
○東京海洋大(水産資料館)  http://www.s.kaiyodai.ac.jp/museum/public_html/index.html
水産資料館の歴史と活動
 水産資料館の歴史は、 東京水産大学の前身である農商務省水産講習所に標本室が完成した 1902年3月に始まります。 水産講習所の発展と共に、 標本室も図書標本室として次第に整備されてきましたが、 1923年9月の関東大震災により、いったん、すべて灰燼に帰してしまいました。 図書標本室は1936年3月に再建され、故 東道太郎教授などの努力によって、 その内容は再びすこぶる充実したものとなりました。
 1945年8月、第二次世界大戦の敗戦により、 東京越中島の校舎は進駐軍によって接収され、図書標本室も閉鎖されました。 ここから戦後の苦難の歴史が始まります。 1947年3月、 水産講習所は新天地を求めて神奈川県横須賀市久里浜の旧軍施設に移転します。 この際には教職員、学生の努力にもかかわらず、 多数の標本・模型類が破損、紛失してしまいました。
 1949年度5月より第一水産講習所は東京水産大学となり、 1951年には図書標本室は東京水産大学付属水産博物館と改称されます。 1957年4月、東京水産大学は現在地の品川に移転を完了し、 木造1棟を水産博物館として標本類を収納しました。 1959年11月には、 創立70周年記念事業の一貫として展示室が設けられ、資料が一般に公開されました。 そして1971年9月、現在の建造物が完成し、 名称も水産資料館と改められました。
_1998年(平成10年)12月には、品川キャンパス内に展示されている練習船「雲鷹丸」が国の登録有形文化財に登録されました。
_2003年10月、東京水産大学と東京商船大学は統合し、東京海洋大学となりました。これに伴い、名称も東京海洋大学海洋科学部附属水産資料館となり、現在に至っています。なお、2005年(平成17年)3月31日には博物館に相当する施設として文部科学大臣から再指定されています。
 水産資料館の活動は、大学と社会の連携の一端として、 1) 水産科学技術に関連した標本類の収集、整備、管理、 2) 資料の展示・公開、 3) 教育、研究用の資料の提供、 4) 学術関連の国際交流 を目指しています。
 
○レインボーブリッヂ http://www.shutoko.jp/drivers/route/rosen/rainbow/
高速11号台場線は、東京臨海部に建設される副都心部と都心とを結ぶ基幹交通施設として、また、都市高速道路網の幹線として整備されたもので、レインボーブリッジは高速11号台場線・臨港道路・臨海新交通システム(ゆりかもめ)からなる複合交通施設になっています。
また、これらの交通機能に加えて、東京臨海部の新しい景観を形成し、都民の余暇活動の場としても重要な役割を担っています。
 
○お台場  http://homepage2.nifty.com/odaiba-web/
お台場に関する総合情報サイト。東京観光には欠かせなくなってきたお台場。お台場WEBでは東京お台場の各スポットを分かりやすくご紹介。観光、デートのお役に立てればと思います。お台場にお出かけの前に下調べいただける便利なサイトを目指しております。各種リンク集も充実。お台場の情報収集の手助けになればと思います。観光ならまずはよろこばれる東京のお土産を下調べ。そして、なによりお台場ガイドブックを探す
 
○レインボー公園  http://www.city.minato.tokyo.jp/sisetu/koenyuen/koen/sibaurakonan/daiba/index.html
面積:11,000.00平方メートル
新しい街お台場に、平成8年開園しました。この公園は、港陽小学校・中学校、にじのはし幼稚園と隣接し、広々とした芝生広場、樹木に囲まれた木製の複合遊具などがあります。子供たちが元気よく動き回っています。
平成17年1月には、環境学習のための施設が新たに設置されました。大きな風車が新しいこの公園のシンボルです。
 
○お台場海浜公園 http://www.tptc.or.jp/park/odaiba.htm
旧防波堤(鳥の島)と第三台場(台場公園)に囲まれた入江を活用し、水遊びなどが楽しめる人工海浜(おだいばビーチ)、釣りができる磯浜(磯浜ゾーン)、ボードセーリングが楽しめる水面等を有する海洋レクリエーション型の海上公園です。港を行きかう船やレインボーブリッジ越しに見える対岸の街並み、そして沈んでゆく、太陽の美しさは格別です
 
@ディクス東京ビーチ  http://www.odaiba-decks.com/
 
Aアクアシティお台場 http://www.aquacity.co.jp/
 
Bフジテレビ  http://www.fujitv.co.jp/index.html
 
○潮風公園  http://www.tptc.or.jp/park/shiokaze.htm
潮風公園の前身は、東京港改造計画に基づいて造成された13号埋立地の一画の「13号地公園」です。その後、この地域や周辺地域が臨海副都心として整備されるに伴い、平成4年から平成8年にかけて、全面改修工事が行われ「潮風公園」として生まれ変わりました。臨海副都心内では最大の公園で、海辺の公園ならではの施設を備え、お台場海浜公園と隣接しています。またレインボーブリッジを背景とした東京湾の美しい景色を眺めることができます。今後、発展する臨海副都心のセントラルパークとしての機能が期待されています。
 
○船の科学館 http://www.funenokagakukan.or.jp/
船の科学館(ふねのかがくかん)は、1974年(昭和49年)7月に竣工・開場した東京都品川区東八潮(旧・13号地その1)にある博物館。
船舶の構造・歴史の解説や、エンジンなど各種機器の展示を行っている。東京臨海副都心地域における最初の建築物といえる建物であり、1978年(昭和53年)からおよそ一年間にわたって同館周辺で開催された宇宙科学博覧会では1期・2期の両期で1100万人もの来場者を集めた。
 
○パレットタウン http://www.palette-town.com/index.html#Parking
パレットタウン(英語名称:palette town)は、東京都江東区青海に存在する大規模娯楽施設である。シンボルの大観覧車を中心としたお台場を代表する娯楽スポットである。事業主体は森ビル、三井不動産など。また、世界都市博覧会の予定地に建設され、暫定利用の事業用借地権を活用している。(借地権の契約期間は10年)総事業費約500億円。
 
 
○東京レジャーランド http://www.leisureland.jp/
 
@お台場温泉「大江戸物語」  http://www.ooedoonsen.jp/
大江戸温泉物語は、東京のベイエリアお台場にあり、
関東近郊からの日帰り温泉として親しまれています。
まずは19種類の浴衣から、お好きなものをお選びください。
お気に入りの浴衣を身にまとえば、くつろぎの時間はさらに上質なものに。
当館地下1,400mから汲み上げた天然温泉「大江戸温泉」「黄金の湯」、お台場の風が心地よい露天風呂、700坪の日本庭園での足湯。
友達、恋人、ご家族と、温泉の楽しみと安らぎを日帰りでご堪能いただけます。
 
○夢の大橋  http://www.asobi-map.com/yume.htm
センタープロムナードの真ん中にある運河を横断する大きな橋で、見晴らしがききます。夜に訪れるとライトアップされていてロマンチック!橋の下は遊歩道になっていて人出も少なくカップルにお勧め。でも橋から丸見えになるので日中は控えましょう。
 
○国際展示場 http://www.bigsight.jp/
 
国際展示場駅
島式1面2線ホームを持つ地下駅である。同駅部分のトンネルは、旧国鉄京葉貨物線として建設され、シールドトンネルがほぼ完成していたが、これは掘削した際に一旦解体し、駅部分と前後のトンネル部分は新たに建設され、広い島式ホームとなった。また地上部コンコースも床面積が広く、屋根も高い開放感のある構造である。特に東京国際展示場でのコミックマーケットなどのかなり大規模なイベント開催時には混雑するため、一中間駅としては大きな収容力のある駅となった。
 
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18.皇居に親しむたび                      イメージ
 
 東京駅(東京三菱銀行前)−「2階建てオープンバス乗車(要予約)」=皇居一周−東京−新丸ビル−シティ−大手門−本丸・天守閣跡−国立公文書館「見学」−国立近代美術館「見学・食事(アクア)」−竹橋−パレスサイドビル(毎日新聞)−清水門−武道館−田安門−靖国神社「参拝」−(千鳥ヶ淵)−半蔵門−最高裁判所−国会議事堂−警視庁−桜田門−皇居外苑−日比谷公園「散策・松本楼(食事)」−日比谷駅
 
○東京駅
 これから往時の姿に復元される予定も聞かれる東京駅。日本の近代建築り代表作品である。現在は戦争で消滅した最上階は残されていないが,東京の表玄関の顔としてはこの駅舎しか考えられない。東京に住んでいる人も知らない人が多いが,正式のホテルである。そのおかげで,国鉄時代もJRに移行しても駅舎内には最低限の要素しか入れない。皇居からまっすぐのびる道路(建物中央)に,エントランスホールが造られている。そのため東京駅の中央口は,中央にはない。すべてが明治時代の面影を残したまま営業されている。立派な文化遺産である。
 私の好きな空間は,ホテルのバー。カウンターが中心であるが,古びれた木製の調度品に囲まれ,酒を飲むのは楽しいものである。最近回数は減ったが,改札ホールで行われる「コンサート」も楽しい時間を過ごさせてくれる。こういう駅は大切に残してほしいものである。
東京駅周辺状況 http://www.tokyoinfo.com/
八重洲地下街 http://www.yaechika.com/
 
○2階建てオープンバス
 確か2004年頃から運行を始めたものと記憶している。今までの2階建てバスのイメージを払拭させた企画で人気を集めている。2階部分が完全にオープンになっている。オープンカーのバス版と言っても過言ではない。当然雨天時以外の運行となる(雨天運休かは定かではない)。1時間弱で皇居を一周し,銀座通りまでいってくれるのだからありがたい。バスガイドとは思えない,普通の女性(アテンダント)が乗車し,季節ごとの解説を交えながら,運行を演出してくれるのも特徴である。
スカイバス http://www.skybus.jp/
 
○新丸ビル  http://www.shinmaru.jp/index2.html
三菱地所では、1998年以降、「オープン(世界に開かれた街、24時間・365日の街運営)」・「ネットワーク(交流自在な情報インフラ、人々の回遊を促す拠点の開発)」・「インタラクティブ(価値ある交流機会の創出)」というキーワードを掲げ、「世界で最もインタラクションが活発な街」を目指し、丸の内エリアの再構築を推進しています。同時に、地域環境を尊重し、官民協調の枠組みの中で、持続的に発展する街づくりを目指しています。
1998年からの10年間を丸の内再構築の「第1ステージ」と位置付け、東京駅前周辺を重点的に開発し、これまでに、丸ビル(2002年)・三菱UFJ信託銀行本店ビル(2003年)・丸の内オアゾ(2004年)・東京ビル(2005年)の連続建替を行い、様々な「インタラクション」を実現してきました。
その「第1ステージ」の締め括りとして、東京駅前に「丸ビル」と並び、2007年4月「新丸の内ビルディング」が誕生します。
 
○丸の内シティ
 
○皇居東御苑(本丸・天守閣跡) http://www3.plala.or.jp/sanpo/higasigyoen.html
東京メトロ大手町駅のC-13番出口を出て、目の前を通る永代通りを歩いて行くと、正面突き当たりに見えるのが皇居の大手門です。皇居東御苑へは、この大手門から入って行きましょう。
 
○国立公文書館   http://www.archives.go.jp/
このたびは、独立行政法人 国立公文書館のホームページにアクセスしていただき有難うございます。
 当館は、国の各機関から受け入れた歴史資料として重要な公文書等を将来にわたり確実に保存し、これらを閲覧・展示などを通じ広く国民の利用に供することを主な任務としています。
 その発足は、総理府(現内閣府)の附属機関として設置された昭和46年7月にさかのぼりますが、その後、平成13年4月に国の行政改革の一環として独立行政法人へと改組され、新たな出発をいたしました。
 独立行政法人化により、当館は、自主性、自立性を発揮しながら効率的かつ柔軟な業務運営に当たり、国民の皆様に対しより質の高いサービスを保障することを大きな使命として掲げました。このホームページも、その具体化の一つとして、使いやすくわかりやすい形で皆様と当館とを結ぶことを心がけております。
 平成17年度からはこのホームページを通じて、当館が所蔵している歴史公文書等の目録データや重要文化財を含む資料の一部を高精細な画像でご覧いただくことができるようにしました。このデジタルアーカイブの運用の開始により、国民共有のかけがえのない財産である歴史公文書等を「いつでも、どこでも、誰もが、自由に、しかも、無料で」ご利用いただけることとなりましたので、是非、気軽にアクセスしていただきたいと思います。
 
○国立近代美術館  http://www.momat.go.jp/
@アクア  http://www.momat.go.jp/Honkan/aqua.html
「フレンチの鉄人」石鍋裕シェフのプロデュースにより、「食」と「美」が一体化したカフェ・レストランです。白で統一された明るい店内で、カジュアルなフランス料理をお楽しみください。また、皇居のお濠に面したテラス席もございます。
 
竹橋  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%A9%8B%E9%A7%85
竹橋駅(たけばしえき)とは、東京都千代田区一ツ橋一丁目にある東京地下鉄(東京メトロ)東西線の駅である。駅番号はT-08。「毎日新聞社前」という駅名併称を持つ。
 
○パレスサイドビル(毎日新聞)  http://www.mai-b.co.jp/palaceside/information/index.html
パレスサイドビルは皇居の松の緑、石垣、お濠などの環境に調和し、都心の一角に豊かな潤いを与えています。高さ50mの東西2本の白い円筒コアが鮮烈な印象を与え、これに東西全長約200mのビルの巨体が配置された、そのデザイン構成は高尚な落ち着きをかもしだしています。
東京メトロ東西線・竹橋駅に直結した、100社を超えるオフィス、商店、飲食店、郵便局、クリニックなどが入居する地下6階・地上9階建て、約300台収容できる全自動式の駐車場を併設する複合ビルです。一日の在館人口は約6000人、外部からの入館者は2万人を超えています。
建築物としての歴史的な価値は、建築業協会(BCS)賞、空調衛生工学会賞、BELCA賞、モダニズム(近代主義)建築20選など、竣工以来受賞した数多くの賞が証明しています。
 
○日本武道館  http://www.nipponbudokan.or.jp/soumu/index.html
富士山の裾野を引くような流動美の大屋根に武道の精神を表徴して、日本武道館は壮麗雄大な姿を千代田の杜に現わしています。
 この日本武道館は、武道を愛好する国会議員各位の熱意と、政府、財界並びに国民の総意による力強い支援によって誕生しました。
 建設は、天皇陛下の御下賜金のもと、国費と国民の浄財およそ20億円をもって、1963年(昭和38年)10月に着工、工事期間わずか12ヵ月、関係者の昼夜を分かたぬ 奮闘によって、1964年(昭和39年)9月、世界に誇る日本武道の大殿堂が見事に完成しました。
 そして、同年10月3日、天皇皇后両陛下をお迎えして演武初めの儀を行い、併せて、日本武道館開館式を挙行しました。
 第18回オリンピック東京大会では、初めて正式競技に採用された日本の国技・柔道の競技会場として、各国の観衆を集め、世紀の熱戦が連日展開されました。また、我が国伝統の武道である剣道、弓道、相撲がデモンストレーションとして各国の人々の前で披露されました。
 以来、日本武道館は、設立の趣旨に沿い、種々の武道振興普及事業を行っています。
 また建物は、青少年の心身錬磨の大道場として各種武道大会に使用される一方、公益的な使命をもつ諸行事にも広く活用されています。
 
○靖国神社  http://www.yasukuni.or.jp/index2.html
靖国神社は、明治2年(1869)に明治天皇の思し召しによって、戊辰戦争(徳川幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わる時に起った内戦)で斃れた人達を祀るために創建された。
 初め、東京招魂社と呼ばれたが、明治12年に靖国神社と改称されて今日に至っている。
 後に嘉永6年(1853)アメリカの海将ペリーが軍艦4隻を引き連れ、浦賀に来航した時からの、国内の戦乱に殉じた人達を合わせ祀り、明治10年の西南戦争後は、外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社である。
 
○千鳥ヶ淵  http://www.h4.dion.ne.jp/~a-papa/chidori.htm
桜の季節には、道行く毎に、桜の種類、地面の草、堀の色、光の加減など、組み合わせが変化し、都内でも絶好の桜の観賞場所となっている。さながら、カメラの品評会ともいえるほど、様々なカメラを持った人が集まる。
ここの堀の名前は、人によって「千鳥ヶ淵」であったり、「千鳥が淵」、「千鳥が渕」、「千鳥ヶ渕」と、色々な書き方をされている。この堀の西側の散策路の呼び方も、北の丸の対岸でボート乗り場のある辺りが「千鳥ヶ淵緑道」で、英国大使館付近は「千鳥ヶ淵公園」だとか、正式名称は、「千鳥ヶ淵水上公園」だとか、内堀通りを挟んで反対側の遊具のある小さな公園は「千鳥ヶ淵小公園」だとか、色々な呼ばれ方があるようですが、ここではまとめて「千鳥ヶ淵」として紹介させていただきます。。
ここの桜は有名で、九段の靖国神社や北の丸公園から、千鳥ヶ淵緑道、千鳥ヶ淵公園に至るお堀端はとても美しく、桜の季節、「千鳥ヶ淵公園」では、毎年のお花見の宴会が繰り広げられる。
「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」  http://homepage2.nifty.com/boen/
千鳥ケ淵戦没者墓苑は、昭和34年(1959年)国によって建設され、戦没者のご遺骨を埋葬してある墓苑です。
今から約60年前の大東亜戦争では、広範な地域で苛烈な戦闘が展開されました。この戦争に際し、海外地域の戦場において、多くの方々が戦没されました。戦後、ご遺骨が日本に持ち帰られましたが、ご遺族にお渡し出来なかったものを、この墓苑の納骨室に納めてあります。いわば「無名戦士の墓」とでもいうべきものです。現在、約35万柱のご遺骨がこの墓苑に納められております。
 
○最高裁判所 http://www.courts.go.jp/saikosai/
http://www.courts.go.jp/
 
○国会議事堂
日本国憲法は、主権が国民にあることを宣言し、国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者が行使し、その福利は国民が受けるものであることを明らかにしています。
 そして、国会は、新しい憲法のもとでは国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関であると定められました。旧憲法の当時のように、主権が天皇にあって、議会は天皇が持つ立法権の協力機関にすぎなかったのに比べますと、その地位は全く変わりました。
 国会は、行政を担当する内閣と非常に密接な関係を持っています。内閣総理大臣は、国会において国会議員の中から選ばれ、また、内閣総理大臣が各国務大臣を任命する際は、その過半数は国会議員でなければならないことになっています。このようにして組織される内閣は、国会に対し連帯して責任を負うものとされており、もし、衆議院で不信任を決議されたときは、衆議院を解散するかあるいは総辞職するかしなければなりません。なお、内閣は、国民の意思を確かめる必要があるときには、衆議院を解散することがあります。
 このような内閣の組織と存続の基礎を国会に置く制度を議院内閣制といいます。この制度のもとでは、原則として衆議院で多数の勢力を持つ政党を基礎に内閣がつくられることになります。
「衆議院」  http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm
「参議院」  http://www.sangiin.go.jp/
 
○警視庁 http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/index.htm
我が国の警察は、明治7年、当時の内務省に警保寮が設置されて以来、第二次世界大戦の終了まで、中央では内務省警保局、地方では知事によって管理運営されていました。
 戦後の昭和22年に警察法が制定され、23年から国家地方警察と市町村自治体警察の二本立ての制度となりました。その後、29年に警察法が全面的に改正され、警察運営の単位が現在の都道府県警察に一元化されました。
 
○皇居外苑  http://www.env.go.jp/nature/nationalgardens/kohkyo/index.html
皇居外苑は、昭和24年に旧皇室苑地の一部が、国民公園として、開放されたものです。
 この公園は、皇居前広場を中心とした皇居外苑地区、皇居の北側に位置する北の丸地区及び12の濠によって皇居を取り巻いてる皇居外周地区に大別され、総面積約115ヘクタールあり、このうち、濠の水面部分は12の濠をあわせて約37ヘクタールで苑地全体の約3分の1を占めます。
 皇居外苑地区は、黒松の点在する大芝生広場と江戸城のたたずまいを残す濠、城門などの歴史的建造物とが調和し、我が国を代表する代表的な公園として親しまれています。
 
○日比谷公園  http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/toubuk/hibiya/index_top.html
明治36年、皇居の南に日本で最初に都市計画により誕生した洋風の近代的な都市公園で、霞ヶ関、銀座、新橋に接し、ビジネス街の緑のオアシスとして大いに利用され、また、四季花が絶えることがない。園内には公会堂、大小音楽堂、図書館など大規模施設を含み、数々のイベントも年間を通じて開催されている。
 
@松本楼 http://www.matsumotoro.co.jp/
 夏本番! 都会のオアシス日比谷松本楼は、皆さまのおいでをお待ちしております。
 
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19.庭園・墓石を巡るたび                イメージ1 イメージ2
 
 江戸川橋駅−江戸川公園「神田川沿いの公園散策」−関口芭蕉庵−(「胸突坂(水神坂)」)−水神社「参拝」−新江戸川公園「散策」−目白台(創価学会研修所)−講談社・野間記念館「見学」−東京カテドラル聖マリア大聖堂「見学」−椿山荘「庭園散策・昼食」−音羽公園−(音羽通り・東側の路地が快適)−今宮神社「参拝」−鳩山会館「見学」−護国寺「参拝・散策」−日大富山高校−(不忍通り)−日本女子大学−雑司ヶ谷「商店街散策」−雑司ヶ谷水道局−雑司ヶ谷霊園「著名人の墓・参拝」−都電・雑司ヶ谷駅−本教寺−サンシャインシティ(ナンジャタウン・水族館「見学」)−ラーメン名作座(賞味)−池袋駅
「バリエーションコース」
 
○江戸川公園「神田川沿いの公園散策」
 東京メトロ江戸川橋駅から神田川沿いに設けられた,グリーンベルトのような公園である。駅前から橋を渡ったところに巨大な石碑が建っているので,すぐに入り口が解る。古くからの桜並木を保存している散策路は,真夏でも涼風が吹き,涼しさを演出してくれる。所々にベンチも多くのんびり歩きたいところである。江戸時代からの雄水地も健在で,せせらぎを供給している。
江戸川公園 http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kuritukouen/kouen/edogawa.html
 
○関口芭蕉庵  10時〜16時
 現在は公的な管理になったと聞くが,私が訪れた時はいつでも門が閉ざされている。もしかすると公開しなくなったのかもしれない。このあたりには芭蕉ゆかりのものも多く,この小さな庵も往時を偲ばせてくれるものなのであろう。芭蕉がこの関口の地に住んでいた頃の住居を保存しているものらしい。現在は区に移管され,無料公開されている。
関口芭蕉庵 http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=82
 
○胸突坂(水神坂)」
 椿山荘と創価学会の研修所の境に急な坂があり,そこを「胸突坂」と言うらしい。私が歩いている時も年配の方が登っていたが,なかなかの勾配である。水神社からの登りとなるが,坂を構成する壁面がなかなか面白く,眺めながらゆっくりと登っておきたい坂である。東京23区にはなかな起伏があるものだと再認識できるところである。
胸突坂 http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-enmt/saka/munatuki.html
  
○水神社
 非常に素朴な社が残されている。現在は管理があまりされていないのであろうか,荒れている感じすらする。神田川の治水等のためにつくられた神社と聞くが,芭蕉庵に隣接している神社としてはもう少し氏子の管理を望みたい。
水神社 http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=23
 
○新江戸川公園
 江戸時代の細川邸の名残のようである。一部建物も残され,管理事務所や貸し室として確約している。治水のために設けられた,回遊式庭園は健在である。起伏を利用した庭園は目白台側の丘陵を利用したものでなかなか歩き耐えもある。東京都が管理しているが,入園は無料になっているので,散策地としては必須であろう。
新江戸川公園 http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kuritukouen/kouen/shinedogawa.html
 
○目白台(創価学会研修所)
 目白通りを歩いていると,広大な敷地に体育館や宿泊施設を持つ土地がある。入り口には「関係者以外立ち入りご遠慮」の看板。しかし,自由に出入りしている若者が数名いる。確かめてみたい気持ちになって入ってみる。入り口際に体育館(格技場かもしれない)が有り,その奥には事務所的な立派な建物。その脇には宿泊施設らしい物があった。銅像の主は池田大作。創価学会の施設のようであるる。小さな看板に「研修所」のひと書きがあった。
 どうも宗教とは縁がないが,創価学会にもこのような施設がある物なのかと何か不思議な気持ちがした。そのしたには自然園がある。この一等地によく維持できるものである。
 
○講談社・野間記念館 http://www.kodansha.co.jp/nomamuseum/
 少し,下ると美術館(博物館)のような建物がある。立派な門を見ると講談社の持ち物らしい。゛いかくには「野間記念館」と言うところらしい。整備された庭を回るように歩いていけば,奥の方に建物があり,そこが記念館らしい。端正な建物は,落ち着いた現代建築である。講談社ゆかりの文人り寄贈なのかもしれない。有料になっていたので,内部別の機会にすることとした。
お出かけカレンダー講談社野間記念館 http://www.ozora-net.co.jp/odecal/tokyo/01140138.html
 
○東京カテドラル聖マリア大聖堂
 昨年(2004)亡くなった日本を代表する建築家丹下健三氏の代表作である。東京都庁舎を生きながら2度設計した人など今後も現れないであろう。高度成長期の日本建築の水準を高めた功績も大きい。その一つがこの教会である。コンクリートという素材を大胆に使った空間は,圧巻である。外観はステンレスで囲まれているが,内部はHPシェル構造といわれる大空間である。
東京カテドラル聖マリア大聖堂 http://www.tokyo.catholic.jp/katedoraru.html
 
○椿山荘
 民間でこれだけの庭園を維持しながら経営を進めているのはすばらしい事である。
http://www.chinzanso.com/
椿山荘は古来から椿が自生するこの地を、山県有朋がこの地に住み造った景勝地。紅葉の名所で秋、紅葉の間から見える三重塔はすばらしい。ホテルの一部であり、食事処もある。ほかの庭園に比べ、最近手を加えられている感じがあり、綺麗に整えられた感じで「自然」な感じは少々少ない
http://www.tokyoguide.net/spot/82/
 
○今宮神社
元禄十年桂昌院殿発願により、護国寺建立の時、同所に鎮座し明治六年現在地に遷座した。五社とは、天照大神宮・八幡大神・春日大明神・今宮大明神・三部大権現である。明治十二年には虎烈刺病伝染除の祭典が執行され、病気平癒の御利益がある。
所在地 〒112-0013 文京区音羽1-4-4 TEL 03-3941-4266 FAX 03-3941-5561 
最寄り駅 営団有楽町線「江戸川橋駅」 徒歩5分 
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/03_bunkyo/3012.html
 
○鳩山会館
日本の近代政治と教育界に、偉大な貢献をしてきた鳩山家。鳩山家が音羽の地に居を構えたのが、明治24年(1891)であった。洋館が完成したのは、大正13年(1924)。完璧な修復工事がなされ、功績を記念するため、鳩山会館として生まれ変わった。
http://www.hatoyamakaikan.com/
 
○護国寺
当山は、明治十六年、大正十五年と火災で堂宇の多くを失いましたが、観音堂(本堂)は元禄以来の姿を変えず、また、近江三井寺より移築された月光殿(重文)は桃山期の建築美を今に伝えております。その他、薬師堂、大師堂、多宝塔、忠霊堂や創建当時のものと伝えられる仁王門、惣門、そして中門と多くの堂宇が保存、または再建されています。
http://www.gokokuji.or.jp/
 
○日大富山高校
日本大学豊山中学校・高等学校のウェブサイトへようこそ。本校では「知育・徳育・体育」のバランスのとれた全人教育で、すばらしい青少年の育成を目指します。永い伝統と、教育に携わる者としての矜持を保つ教職員、緑に包まれた護国寺の境内、そんな環境の中で生徒たちは成長していきます。
http://www.buzan.hs.nihon-u.ac.jp/index.html
 
○日本女子大学
日本女子大学(にほんじょしだいがく、Japan Women's University: JWU)は、東京都文京区目白台と神奈川県川崎市多摩区西生田にある私立大学。
「信念徹底」「自発創生」「共同奉仕」の三大綱領で知られる。通称は一般的には「ぽんじょ」だが、人によっては「にちじょ」、古い卒業生および職員は「じょしだい」と呼ぶことが多い。
http://www.ikuta.jwu.ac.jp/
 
○雑司ヶ谷下町散策
その東通りを南へ10分ほど下ると都電の雑司ヶ谷の電停があり、雑司ヶ谷霊園の緑が大きく目の前にひろがる。
http://park6.wakwak.com/~ottotto/ikebukuro/ikebukuro.htm
 
○雑司ヶ谷霊園「著名人の墓」
数多くの文化人が眠る雑司ヶ谷霊園は緑が多く、案内図片手に文学散歩が楽しめる。
霊園へは幾本もの坂道が伸び、高台から眺める雑司が谷の町並にもあじわいがある。
http://www.ne.jp/asahi/tokyo/jikan/zoshi/reien/reien.htm
 
○都電・雑司ヶ谷駅
雑司ヶ谷駅(ぞうしがやえき)は、東京都豊島区雑司が谷二丁目と三丁目の境界に建設中の東京地下鉄の駅。駅名は仮称であり、決定したものではない。現状の駅名だと当駅とは離れている既存の都電雑司ヶ谷駅と混同される虞がある。
2006年6月現在、東京地下鉄により駅の建設が進められており、2008年6月に開業する予定である。駅は新しく整備される道路の地下に建設される。
 
○本教寺 http://zeirisi-usami.web.infoseek.co.jp/kisetunohana/tosimaku/honkyoji01.htm
本教寺 妙学山 日蓮宗 南池袋2の41の4       
入口を入ると30mで山門、境内は広い、正面に本堂、鉄筋コンクリート。右は墓所、左は庫裏。高速道路際である。交通:都電雑司が谷駅から北へ100m。
 
○サンシャインシティ http://www.sunshinecity.co.jp/
高層ビル・サンシャイン60など4つのビルと低層部分の専門店街アルパから成る”都市”
実質的に一つの超大型ビルであり、雨の日は便利
オフィス、ホテルの他、各種のアミューズメント施設を擁する、ファミリー向け複合商業施設
@ナンジャタウン http://www.sunshinecity.co.jp/namja/index.html
ナンジャタウン (NAMCO NAMJATOWN) は、池袋サンシャインシティにある屋内型テーマパークである。周遊型のアトラクションが多い。ナムコが運営している。
http://www.pahoo.org/athome/album/2006/album20060812-1.shtm
A水族館
グレートバリアリーフ
様々な種類のサンゴと、そこに住む色鮮やかな魚たちから、水族館の中でも特に人気のある水槽です。
http://www.sunshinecity.co.jp/aquarium/index.html
 
○ラーメン名作座 200602 営業終了
この「池袋ひかり町ラーメン名作座」では、選りすぐりの名店が経営する7店舗のラーメン店を集積いたしました。それぞれの店舗が繰り広げる個性的な味の競演は、ラーメン激戦区の池袋に新しいラーメンムーブメントを起こします。
舞台となる路地は、”昭和初期の娯楽活動写真館(映画館)街”をデザインモチーフとしています。店の軒先には、各店主の個性を綴った手描き風看板が掲げられ、映画が大衆の娯楽として花開いた賑わいあるノスタルジックな空気があたりを包みます。
名物店主が作り上げるこだわりの新作ラーメンは、繰り返し上演される名画のごとく、時代を超えた不朽の名作として食す人々の記憶に刻まれます。
http://www.visual-japan.co.jp/work12.htm
「池袋「ひかり町ラーメン名作座」が2006年2月末で終了」
http://geso.exblog.jp/3233682/
 
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20.神田川のたび(山手線内を神田川沿いに縦断)     イメージ1 イメージ2  
 池袋駅−本立寺(南池袋公園)−東京音楽大学−鬼子母神「参拝」−都電・鬼子母神駅−(鬼子母神表参拝道)−目白不動−氷川神社「参拝」−面影橋−新江戸川公園「散策」−椿山荘「散策」−江戸川公園(わき水)−神田上水の標識−(寺町見学)−印刷博物館「見学」−小石川後楽園「散策」−水道橋駅−神田上水縣樋の跡−神田給水所公苑「散策」−東京都水道歴史館−お茶の水−湯島聖堂−萬世橋「肉の万世で食事」−秋葉原
 
○池袋駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E8%A2%8B%E9%A7%85
池袋駅(いけぶくろえき)は、東京都豊島区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)・西武鉄道・東武鉄道・東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。東京地下鉄の駅番号は丸ノ内線がM-25、有楽町線がY-09。
 
○本立寺(南池袋公園)  http://www.portaltokyo.com/guide_23/contents/c16028honryuji.htm
JR池袋駅の南東、徒歩5分。寛永年間(1624〜44年)に善学院日詠によって創建されたと伝えられるが、明らかではない。後に、播州姫路庵榊原家6代政邦の生母延寿院が埋葬されてから、奥方代々の菩提寺となった。境内には延寿院の五輪塔をはじめ代々奥方の墓碑がある。
  また、吉原きっての名妓であった榊原高尾のものとされる墓がある。高尾は榊原家八代政峯(播州姫路城主)により身受けされて、これが公儀のとがめを受け、榊原家が越後高田藩へ国替えされる原因となった。高尾は尼となって天明9年(1789年)にこの寺で没した。
  池袋の繁華街から近いが、ひっそりしたたたずまいを見せている。
 
○東京音楽大学  http://www.tokyo-ondai.ac.jp/about/index.html
東京音楽大学の前身、東洋音楽学校は明治40年5月、東京市神田区裏猿楽町6番地(現東京都千代田区)に設立されました。私立の音楽大学としては最も古く、創立者鈴木米次郎は、「音楽を愛する心の育成」に努め、その精神は脈々と現在に受け継がれています。創立の翌年には管弦楽部を設け、大正元年には卒業生によって「東京オーケストラ団」を結成し、アメリカ航路の客船で以後17年間にわたって洋上演奏を続けました。
この当時における民間の職業演奏団体の活動は、日本音楽史上においても注目に値するものです。乗船した卒業生は、海外の音楽文化を吸収し、わが国への普及にも大きく貢献しました。鈴木米次郎は、この初めての乗船に自ら監督として参加し、アメリカでは各種の楽器、楽譜を購入するとともに、オペラや各種コンサートをはじめ、教会音楽や最新のジャズ、劇場や映画館の伴奏音楽等にいたるまで詳しく視察しています。
 
○鬼子母神  http://www.kishimojin.jp/
当山におまつりする鬼子母神(きしもじん)のご尊像は室町時代の永禄4年(西暦1561年)1月16日、雑司の役にあった柳下若挟守の家臣、山村丹右衛門が清土(文京区目白台)の地の辺りより掘りだし、星の井(清土鬼子母神〈別称、お穴鬼子母神〉境内にある三角井戸)あたりでお像を清め、東陽坊(後、大行院と改称、その後法明寺に合併)という寺に納めたものです。
東陽坊の一僧侶が、その霊験顕著なことを知って、ひそかにご尊像を自身の故郷に持ち帰ったところ、意に反してたちまち病気になったので、その地の人々が大いに畏れ、再び東陽坊に戻したとされています。
 
○目白不動  http://www.mars.dti.ne.jp/~tomiaki/goshiki/mejiro.html
金乗院は永順が本尊の聖観音を勧請して観音堂を築いたのが草創とされ、永順の死は文禄3年(1594)6月であるからそれ以前の創建である。当初は中野宝泉寺の末寺であったが後に神霊山金乗院と改め護国寺の末寺となった。
不動堂は元和4年(1618)に建立された。本尊の不動明王像は、目黒、目赤などの五色不動のひとつであり、目白の号は寛永年中(1624〜1644)に三代将軍徳川家光の命によるといわれる。
http://bird.zero.ad.jp/~zam77093/goshikimejiro.htm
 
○氷川神社  http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/19_toshima/19007.html
武蔵野国一ノ宮の氷川神社(埼玉県さいたま市)と同系の御祭神をおまつりし、古い時代から地元の守護神として、厚い崇敬を集めています。
 毎年七月一日、境内に立つ池袋富士塚の「お山開き」が行われます。
○面影橋 都電・面影橋 http://www.toshima.ne.jp/~b2on/td/omo.htm
学習院下から少し行くと大きく曲がり新目白通りと合流します。
神田川に掛かる面影橋は桜の季節に訪れると良いです。
川にはでかい鯉も泳いでいます。
甘泉園公園・御三卿清水家の下屋敷跡
水稲荷神社・幕府の流鏑馬会場に使われたそうです。
「東京染めものがたり博物館」  http://www.ntv.co.jp/burari/020824/info02.html
神田川の清流を求めて、新宿に染色業が根をおろしてから90年。
現在では新都心新宿の数少ない地場産業としての伝統の技を継承しています。
 富田染工芸は、大正3年にこの地で創業し、東京染小紋の老舗として活動しています。
「東京染ものがたり博物館」は東京染小紋と江戸更紗を中心に
染色の技法や作品を粋でモダンな感覚を折り込んだ工房活動を紹介していただくことで、
東京の染めものを広く皆様に知って頂こうと活動しています。
 貴重な伝統工芸を未来に語り伝えていこうと努力しています。
 
※新宿再発見コラム  http://www.tokyo-cci.or.jp/shinjuku/kanko/koramu.html
 
○新江戸川公園 http://www.tokyoguide.net/spot/80/
新江戸川公園は細川家の屋敷跡を利用した庭園。地形を生かした回遊式泉水庭園。庭園には季節によってさまざまな花が咲く。江戸川とは完全に離れた所にあるこの庭園が何故このような名前になったかというと、昔は庭園の前を流れる神田川のこの辺りの部分を江戸川と呼んでいたため。昭和40年の河川法の改正によりこの川は神田川と統一された。
 
○椿山荘 http://www.chinzanso.com/
 
○江戸川公園(わき水) http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_kouen_annai_kuritukouen_kouen_edogawa.html
関口台地の南斜面の神田川沿いに広がる東西に細長い公園です。台地の斜面に自生する雑木林と園路を主体とした公園でしたが、昭和59年(1984年)に神田川の拡幅工事に伴い改修されました。細長い公園なので園路を散策すると、様々な景色がパノラマのように展開します。川に沿ってソメイヨシノが続きます。途中で園路が二手に分かれたり、様々な重量感のある石が添えられた石の広場や、西洋風の山小屋を模した時計搭のある四阿(あづまや)、藤棚のあるテラスなどがあり、変化に富んだ景観となっています。テラスの先には石組みの池があり、神田上水取り入れ口に使用されていた大洗堰を復原しています。斜面地には浮き橋状の遊歩道があり、斜面の樹木をいためないようになっています。深い樹間をつづら折に登ると最上部につながり、早稲田方面を見渡せるようになっています。
 
○神田上水の標識  http://www.kanda-gawa.com/pp005.html
家康の江戸入城から今日まで、発展を続けてきた東京。その歴史の中で、神田川は飲み水を供給する上水として、重要な役割を持っていました。近世江戸を支えた神田上水です。 家康は、江戸入城にともない上水道の整備を大久保藤五郎に命じました。藤五郎は、小石川(現在の後楽園のあたり)の流れを利用し、この水を小さな堀割で駿河台方面へと流しました。 これが、江戸の上水道の始まりであり神田上水の原型と言われています。藤五郎はこの工事の功績により、主水の名を授かりました
 
○寺町
 
○印刷博物館  http://www.printing-museum.org/
広く世界の印刷を視野に入れながらも、日本/アジアの印刷に重点を置いた活動を行っています。
「かんじる」「みつける」「わかる」「つくる」といった体験を通して、印刷との関わりを自然に発見できる博物館を目指しています。
いままでの技術中心の印刷研究に加え、文化的側面からのアプローチを積極的におこない、「印刷文化学」の確立を目指しています。 
 
○小石川後楽園  http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index030.html
江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房が、江戸の上屋敷の庭として造ったもので、二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。光圀は作庭に際し、明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れ、中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から「後楽園」と名づけられました。
 庭園は池を中心にした「回遊式泉水庭園」になっており、随所に中国の名所の名前をつけた景観を配し、中国趣味豊かなものになっています。また、本庭園の特徴として各地の景勝を模した湖・山・川・田園などの景観が巧みに表現されています。
 
○水道橋駅 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%81%93%E6%A9%8B%E9%A7%85
水道橋駅(すいどうばしえき)は、東京都千代田区三崎町2丁目(JR)及び文京区後楽1丁目(東京都)にある東日本旅客鉄道(JR東日本)・都営地下鉄の駅である。
都営地下鉄の駅番号はI-11。JR東日本の水道橋駅(東口出口)と都営地下鉄の水道橋駅(A2出口)は横断歩道(外堀通り)を挟んで100メートル以上離れている。
 
○神田上水縣樋の跡  http://www.kanda-gawa.com/pp005.html
家康の江戸入城から今日まで、発展を続けてきた東京。その歴史の中で、神田川は飲み水を供給する上水として、重要な役割を持っていました。近世江戸を支えた神田上水です。 家康は、江戸入城にともない上水道の整備を大久保藤五郎に命じました。藤五郎は、小石川(現在の後楽園のあたり)の流れを利用し、この水を小さな堀割で駿河台方面へと流しました。 これが、江戸の上水道の始まりであり神田上水の原型と言われています。藤五郎はこの工事の功績により、主水の名を授かりました
 
○神田給水所公苑
 
○東京都水道歴史館 http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/pp/rekisi/index.html
天正18年(1590年)、徳川家康の江戸入府と同時に、良質な飲料水を得るために上水が造られたと伝えられている。家康は江戸の街づくりの第一歩として、何よりもまず飲料水の確保に目を向けたのである。
 この上水は、やがて神田上水へと発展する。そして承応3年(1654年)には玉川上水が完成し、世界有数の100万都市江戸の人々の暮らしを支えた。
 明治時代に入ると、コレラの大流行などが近代水道の建設を促した。明治31年(1898年)には淀橋浄水場が通水を開始し、東京近代水道の始まりとなった。
 江戸・東京の発展の歴史は、すなわち水道の成長の歴史でもある。いかに水を確保するか、というたゆまぬ努力は昔も今も変わらない。
 
○お茶の水 http://sunpoco.printx.com/area/ocha/index.html
「お茶の水駅」 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E8%8C%B6%E3%83%8E%E6%B0%B4%E9%A7%85
御茶ノ水駅(おちゃのみずえき)は、東京都千代田区と文京区に跨る東日本旅客鉄道(JR東日本)と東京地下鉄(東京メトロ)の駅。東京地下鉄の駅番号はM-20。
神田川(外堀)南側(千代田区側)にJR東日本の駅が、北側(文京区側)に東京メトロの駅がある。
「お茶の水橋(おちゃのみずばし)[神田川]」
お茶の水橋はJRお茶の水駅(南詰)と営団地下鉄丸の内線お茶の水駅(北詰)をつなぐ橋。
 橋そのものはというと、クルマの交通量も多いが、実質的にはJRと丸の内線の乗り換え客のための「跨線橋」の役まで果たしているようなものなので、歩行者の多さも本当に目立つ。いずれ架け替えるときにはもうちょっと歩道を広げてほしいものである。
http://mediaport.on.coocan.jp/kandagawa/bridges/ochanomizubashi.htm
 
○湯島聖堂  http://www.seido.or.jp/index.html
徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の始まりです。その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。
 
○萬世橋  http://www.tansei.net/kindai/manseibashi/index.htm
神田須田町の交通博物館が大宮に移転して「鉄道博物館」になるのをご存知の方も多いでしょう。現在の交通博物館は2006年5月14日閉鎖され、2007年10月14日に再開されます。楽しみですね。
鉄道博物館HP http://www.railway-museum.jp/index2.html
 交通博物館本館はバウハウスで評価されたもので1936年竣工。それ自体が近代文化遺産といわれるくらいのものです。
「萬世橋駅」 http://do-yo.at.webry.info/200602/article_4.html
かっては中央線のターミナル駅として栄え、後に東京駅を設計した建築家・辰野金吾が手がけた赤レンガの美しい駅舎がシンボルだったのが萬世橋駅です。
交通博物館で開催されている「旧万世橋駅遺構特別公開」に行ってきました。
萬世橋駅は、東京のシンボルになった初代駅舎が1912年(明治45年)4月1日に落成し、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で焼失した後、二代目の駅舎が再建されました。
しかし1932年(昭和7年)に秋葉原駅が開業したこともあって、1936年(昭和11年)に駅機能を縮小し、鉄道博物館(のちの交通博物館)と併設になり、1943年(昭和18年)11月1日に廃止(扱い上は休止)になりました。
 
○秋葉原  http://www.akiba.or.jp/
秋葉原電気街振興会は「アキハバラ、エコハバラ。」をキーワードに地球温暖化防止のためのアクションを提案する国民的プロジェクト「チーム・マイナス6%」に参加しています!
 
○秋葉原駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F%E9%A7%85
秋葉原駅(あきはばらえき)は、東京都千代田区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)・首都圏新都市鉄道の駅である。東京地下鉄・首都圏新都市鉄道の駅番号は、日比谷線がH-15、つくばエクスプレス線が01。
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21.池袋から寺院・自然園を巡るたび               イメージ
 
 池袋−都電:雑司ヶ谷駅−雑司ヶ谷霊園「著名人の墓・参拝」−雑司ヶ谷下町散策−護国寺「参拝」−豊島が丘御陵−大崎先儒墓所「参拝」−(春日通り)−茗荷谷駅(駅前:同潤会大塚女子アパート「取り壊し間近」)−大塚地名発祥の地(碑)−林泉寺(縛られ地蔵)−深光寺(滝沢馬琴の墓)−徳川慶喜終焉の地−(播磨坂)−石川啄木終焉の地−小石川植物園「散策」−白山神社「参拝」−円乗寺(八百屋お七の墓)−根津神社「参拝」−(根津・谷中散策)−お化け坂−(下町路地裏歩き)−大名時計博物館「見学」−下町風俗資料館付属展示館「見学」−(桜並木)−谷中霊園「著名人の墓・参拝」−日暮里駅
 
○池袋駅
このうち西武池袋線・東武東上線・東京地下鉄丸ノ内線・有楽町線新線については起点駅である。
1日の乗降客数はJRだけで113万人(2004年)で新宿駅に次いで日本で第2位であり、さらに私鉄と地下鉄を合わせれば270万人に及び、新宿駅に次ぐ世界第2位を誇る巨大ターミナル駅である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E8%A2%8B%E9%A7%85#.E6.A6.82.E8.A6.81
 
○雑司ヶ谷霊園「著名人の墓」
数多くの文化人が眠る雑司ヶ谷霊園は緑が多く、案内図片手に文学散歩が楽しめる。
霊園へは幾本もの坂道が伸び、高台から眺める雑司が谷の町並にもあじわいがある。
http://www.ne.jp/asahi/tokyo/jikan/zoshi/reien/reien.htm
 
○雑司ヶ谷下町散策
その東通りを南へ10分ほど下ると都電の雑司ヶ谷の電停があり、雑司ヶ谷霊園の緑が大きく目の前にひろがる。
http://park6.wakwak.com/~ottotto/ikebukuro/ikebukuro.htm
 
○護国寺
当山は、明治十六年、大正十五年と火災で堂宇の多くを失いましたが、観音堂(本堂)は元禄以来の姿を変えず、また、近江三井寺より移築された月光殿(重文)は桃山期の建築美を今に伝えております。その他、薬師堂、大師堂、多宝塔、忠霊堂や創建当時のものと伝えられる仁王門、惣門、そして中門と多くの堂宇が保存、または再建されています。
http://www.gokokuji.or.jp/
 
○豊島が丘御陵
豊島岡墓地(としまがおかぼち)は、東京都文京区大塚五丁目にある、皇族(天皇・皇后を除く)専用の墓地である。護国寺に隣接する。
宮内庁の管理であり、基本的な保全費用は宮内庁が負担しているが、墓石の修繕などの一部は皇族の負担である。警備上、ここに墓参できるのは縁故者または許可を受けた関係者に限られ、皇族の葬儀や祭事に際して記帳を受け付ける場合などを除き、一般人が敷地内に立ち入って墓参をする事は出来ない。
また皇族専用の墓地であるため、ここに葬られるのは薨去・卒去の時点で皇族であった者に限られ、民間から皇室に嫁いだ女性は葬られるが、生まれながらの皇族であっても生前に皇籍を離脱した者は葬られない。ただし久邇宮朝融王(皇籍離脱後は久邇朝融)や東久邇宮稔彦王(皇籍離脱後は東久邇稔彦)、同妃成子など、1947年(昭和22年)10月14日に皇籍離脱した所謂「旧皇族」の一部は特例として同地に葬られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B3%B6%E5%B2%A1%E5%A2%93%E5%9C%B0
 
○開運坂
 坂名の由来については よくわからないが, 運を開く吉兆を意味するめでたい名をつけたものであろう。
 このあたりは, 富士見坂(大塚3丁目の交差点から護国寺前)の下であるところから, 旧町名を大塚坂下町といった。 それでこの坂の下の道を坂下通りとも呼んでいる。
 坂の上の南側には, 5代将軍徳川綱吉の生母桂昌院(けいしょういん)の願いで建てられた護国寺がある。 護国寺の東側には, 明治6年(1873)に開かれた豊島岡(としまがおか)墓地(皇族墓地)がある。
 豊島岡墓地の東側は, 大塚先儒(せんじゅ)墓所である。 江戸時代の公明な儒学者である, 木下順庵(きのしたじゅんあん), 室鳩巣(むろきゅうそう), 尾藤二州(びとうにしゅう)や古賀精里(こがせいり)などの墓がある。
http://hamad.web.infoseek.co.jp/saka-col/bunkyo/kaiunzaka.htm
 
○吹上稲荷神社
元和八年(1622)二代将軍徳川秀忠が日光山から稲荷の神体を賜り江戸城内吹上御殿内に「東稲荷宮」と称したのが始まり。
 五代綱吉のころ、江戸城内から一ツ橋に移遷し、その後、水戸徳川家の分家松平大学頭が拝領し、邸内に移した。
(現在の教育の森公園)宝暦元年(1751)に大塚の鎮守として松平家から拝受し善仁寺(小石川4丁目)に移し、今日の社名に改名した。
(小石川4丁目にある吹上坂の由来となる。)その後、護国寺、薬師寺等に移遷し明治45年に現在地に移った
http://www.city.bunkyo.lg.jp/_5815.html
 
○大塚先儒墓所
徳川幕府に仕えた儒学者たちの「儒葬」による墓地。家族の墓も含め64墓ある。
主なものに室鳩巣、木下順庵、柴野栗山、古賀精里らの墓がある。
現在は東京都が管理している。見学は、となりの吹上稲荷神社の許可を要す。
交通のご案内 地下鉄丸ノ内線新大塚徒歩7分
地下鉄有楽町線護国寺徒歩7分 
住所 文京区大塚5-23-1
http://www.city.bunkyo.lg.jp/_4555.html
 
○茗荷谷駅
相対式2面2線のホームを持つ地下鉄としては珍しい橋上駅。駅南方には、留置線と小石川CRが併設されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%97%E8%8D%B7%E8%B0%B7%E9%A7%85#.E6.AD.B4.E5.8F.B2
 
○同潤会大塚女子アパート
 「同潤会」というのは,いまの住都公団の前進である。関東大震災の際の救済住宅を基本に,戸建て住宅や集合住宅を大量に供給し,戦後日本住宅公団にその地位を移行し,活動をやめた。そのため建物の不燃化・耐久性に関しては非常に配慮をしている。当時は珍しかった「鉄筋コンクリート」造の建物を大量に供給している。それらが最近まで,使われながら保存されていたが,耐久性(築70年程度)に問題が生じ,近代化の再開発のもと立て替えられている。近年では,「代官山」「茗荷谷」が姿を消し,表参道のシンボルでもあった「青山アパート」までも,現在(2005)立て替えられている。その波が,女子専用アパートとして数々の著名人を排出した,この「大塚女子アパート」にまで押し寄せてきてしまった。残念なことである。日本では,建築物に対する認識及び保存に関して,重要視しない事は非常に寂しい。
同潤会大塚女子アパート http://news-sv.aij.or.jp/kcaij/s14/hashira.html
 
○林泉寺(縛られ地蔵)
小石川七福神巡拝の案内
林泉寺(しばられ地蔵)
 茗荷谷駅を左手に出て、拓殖大学の方へ坂を下ります。深光寺さんの途中、林泉寺のしばられ地蔵に寄りました。願をかける時に縄を縛り、かなうとほどくという風習があるそうです。縄がたくさんかけられていました
http://www.asahi-net.or.jp/~uy7m-ssk/koishikawa/koisikawa_7fuku.html
「文京区ふるさと歴史館」
平成3年(1991)4月開館。
文京区は弥生土器命名の地として知られるとおり、古くから豊かな歴史をもっています。
江戸時代には武家と町人が暮らし、独特の産業や文化を形づくってきました。
明治時代には東京大学をはじめとする多くの学校がつくられ、さらに森外や樋口一葉など著名な文人たちが活動の拠点とし、文教のまちの礎を築きました。
文京ふるさと歴史館では、文京区の歴史や文化財をあらゆる世代の方に伝え、触れてもらい、郷土に対する愛着や関心を深めるお伝いをいたします。
http://www.city.bunkyo.lg.jp/rekishikan/index.html
 
○深光寺(滝沢馬琴の墓)
浄土宗 清水山 松林院 深光寺 寛永十六年(1639)現在地に起立。
墓地内には、南総里見八犬伝の作者滝沢(曲亭)馬琴が眠る。(区指定文化財)また、キリシタン燈籠(?)がある。小石川七福神の一つである恵比寿天を祀る。
住所 文京区小日向4丁目9番5号
お問合わせ 03−3941−7379
http://www.city.bunkyo.lg.jp/_5811.html
「滝沢馬琴墓」
江戸時代後期に活躍した戯作者、滝沢馬琴(1767〜1848)の墓。馬琴の作品数は200数十種にも及ぶが、中でも『南総里見八犬伝』は106冊の長編である。馬琴は晩年失明するが、長男の妻であった路女(みちじょ)に文字を教えながらの口述筆記により八犬伝を完成した。路女は路霜大姉の法名をいただき、馬琴の墓の後ろに眠る。
http://www.city.bunkyo.tokyo.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=51
 
○徳川慶喜終焉の地
徳川慶喜(1837〜1913)は、水戸徳川藩主斉明の子として江戸上屋敷(現在の後楽園付近)で生まれ、一橋家の家督を継ぎ、1866年15代将軍に就任。
翌年、大政を奉還したが、鳥羽伏見の戦とそれに続く江戸開府の後、恭順の意を表し、水戸にて謹慎の後駿府に隠棲した。
1897年東京に戻り、1901年この地に移り住み、もっぱら趣味の世界に生きたという。
交通のご案内 地下鉄丸ノ内線茗荷谷徒歩15分
地下鉄有楽町線江戸川橋徒歩15分 
住所 文京区本郷4-10-1
http://www.city.bunkyo.lg.jp/_4568.html
 
○播磨坂
第二次大戦後の戦災復興区画整理事業による区画整理でできた「環状3号線」の一部として整備された400mほどの舗装された坂道。
この名称は、江戸時代この地にあった松平播磨守の上屋敷にちなみ、播磨坂と名付けられた。
桜並木は、昭和35年に坂の舗装時に中央の遊歩道と両側の歩道に樹齢15年くらいの桜の木約150本が植えられたとのこと。
昭和43年から毎年桜まつりが行われ、文京区の新名所となった。
http://www.dentan.jp/harima/harima.html
 
○石川啄木終焉の地
薄幸の天才歌人、石川啄木(1886〜1912)の終焉の地。1911年(明治44)に、啄木と母、そして妻の節子が本郷の喜之床から移った。啄木も母も病身で、また、妻も病気がちであったが、翌年3月に母が亡くなり、4月には肺結核で啄木も生涯を終えた。
http://www.city.bunkyo.tokyo.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=86
 
○小石川植物園   http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/
 都(山の手)内とは思えない広大な敷地。その中に展示を目的ではなく,植物の育成を目的として現在も我々に開放してくれている。面白いのは切符の購入。入り口に職員がいるのに,道路を隔てた商店で入場券を販売してくれる。それを持ってカードマンと職員がいる入り口に差し出す。金銭の管理上の問題であろうがなにか無駄なような気がする。
 簡単な案内図があるので,それを頼りに歩いていく。広大な敷地にはゾーン毎に様々な植物が植えられている。管理上の問題で木札がつけられているので,植物に興味がある人にはうれしい事であろう。あまり関心のない私はそうかと納得しながら歩くが,四季折々の風情を楽しませてくれるはずである。記念館・研究所(東大)などに加え,日本庭園もある。半日程度でのんびり森林浴も楽しむことが出来る。
文京区観光スポット http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=109
開園時間 9:00〜16:30(入場は16:00まで)
入園料 一般 330円 小学生 110円 団体(一般30名以上) 220円 学校団体(学生20名以上)大学生・高校生 220円 中学生 170円 小学生 90円
休み 月曜日(祝日の場合は翌日)
小石川植物園  http://www.fusoseiki.co.jp/kagomachi/shokubutuen.html
小石川植物園後援会 http://www.koishikawa.gr.jp/
 
○白山神社
 当社は天暦二年(948年)に加賀一の宮白山神社を武蔵国豊島郡本郷元町に奉勧請したのが始まりで、将軍家の信仰が厚く、明治期には准勅祭社に命ぜられました。縁結びの神として崇められた神様でもあります。境内は六月に紫陽花が咲きみだれます。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/03_bunkyo/3007.html
 
○円乗寺(八百屋お七の墓)
東京都文京区白山1-34-6の円乗寺に八百屋お七の墓がある。今年(平成十四年)は三月三十一日に法要がある。(2002.3.30) 
 お七(1668-1683)は天和三年三月二十九日に火あぶりの刑に処せられた。中央が墓で左右は供養塔である。 
 旧白山通りの反対側(東)に大円寺がある。ほうろく地蔵があった。お七を弔っているのかも知れない。行人坂の大円寺と関係あるのだろうか。 
 曹洞宗諏訪山吉祥寺(本駒込3-19-17)を訪ねる。明暦の大火後に江戸城内から移されたといわれる。住民は強制的に武蔵野市吉祥寺に移住させられた。
お七の物語で吉祥寺と円乗寺が混線する。お七のこがれた相手が吉祥寺の寺小姓だったのだろう。 
 吉祥寺の門を入った左側にお七と吉三の比翼塚がある。「昭和四十一年三月二十九日、お七生誕三百年記念、日本紀行文学学会建立」と裏に刻まれていた。 
 鈴が森の刑場跡、お七が火あぶりになった台 
http://takata123.cool.ne.jp/musasino28.html
 
○根津神社 ツツジの開花時期のみツツジ園は有料(200円)となる 
 落ち着いた雰囲気の神社が斜面を背景に奉られている。通常は風格のある神社をお参りし,近辺の散策に動けば良いが,ツツジの時期は非常に混み合う。
http://www.nedujinja.or.jp/
根津神社は今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。
江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した。
明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められる等、古来御神威高い名社である。
 
○千駄木根津・谷中
 下町情緒あふれるこの界隈。いろいろな楽しみも隠れています。非常にコミュニケーションもとれている街。互いの生活をうまくコントロールしているようです。
「谷中・根津・千駄木」(通称・谷根千=やねせん) http://www.yanesen.net/
東京の東に位置する台東区谷中・池之端・上野桜木、文京区根津・千駄木・弥生・向丘・本駒込、荒川区西日暮里、北区田端のあたりを生活の場とし、暮らす町で見つけたもの、大切にしたいものを紹介し、調査記録し、次代に手渡す手だてとしての雑誌づくりをしています。
版元の「谷根千工房」ではこのたび、スタッフ3人が助っ人の力を得て、もうひとつの小さなメディア「谷根千ねっと」を創刊します。
 
○お化け坂
−谷根千は坂の町−
谷根千には、いささか不気味な名前の坂がいくつかある。
「お化け階段」「お化けだんだん」「解剖坂」「白へび坂」、「暗闇坂」も二つある。
何の根拠も無い勝手な推測なのだが、これは谷根千ゆえのことと思う。
町並みがあまり変わらないこと。人の移動が比較的少なく、ここで生まれ育った人がここで大人になること。この二つの条件がそろっているので、子供の大好きな「学校の怪談」、子供達の想像力で膨らんだ話が、大人になっても、そのまま大手を振って残り、坂の名前となっているのではないだろうか。
暗闇坂は別として、「お化け**」「解剖坂」この二つの名前を思うたびそんな気がしてならない。
さて、そんな坂の代表格。
根津から弥生町へ登る「お化け階段」。地元の人でもない限りまず気が付かない細い裏道である。
上りと下りで段数が違う。数えると死ぬ。階段の石は墓石である。等々いかにも小学生の考えそうな怪談話がたくさんあるらしい。
http://www.castanea.jp/yanesen_old/saka2_p.htm#sento
http://www.geocities.co.jp/tokyo_ashy/s-yayoi.html
 
○大名時計博物館
沿革と概要
大名時計は、陶芸家、故上口愚朗が生涯にわたり収集した。
この江戸時代の貴重な文化遺産を長く保存するために昭和26年3月「財団法人上口和時計保存協会」を勝山藩の下屋敷跡に設立、初代理事長となる。
昭和45年10月上口愚朗没後、二代目上口等が昭和49年4月「大名時計博物館」を開館、親子二代にわたり設立した博物館です。
http://burari2161.fc2web.com/daimyoudokei.htm
 
○下町風俗資料館付属展示館
この付設展示場は、谷中6丁目で江戸時代から代々酒屋を営んでいた「吉田屋」の建物を現在地に移築したものです。明治43年に建てられた建物は、腕木より軒桁が張り出している出桁(だしげた)造で、また正面入口には板戸と格子戸の上げ下げで開閉する揚戸(あげと)が設けられています。いずれも江戸中期から明治時代の商家建築の特徴を示すものです。
http://www.taitocity.net/taito/shitamachi/husetsu.html
下町風俗資料館
http://www.portaltokyo.com/guide_23/contents/c06021fuzokusiryokan.htm
 
○谷中霊園「著名人の墓」
元は天王寺の境内の一部であったが明治7年に都の公共墓地として発足した。東京の三代霊園の一つで広さ約10万平方M。15代将軍 徳川慶喜の墓もあるが、閉鎖されいて扉の隙間からしか見学出来ない。谷中霊園には、明治の実業家渋沢栄一、明治初期の歴史画家菊地容斉、日本画の巨匠横山大観など多数の著名人の墓がある。緑の木陰に囲まれた霊園中央に天王寺五重塔>の跡がある。
http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/yanakareien.html
 
○日暮里駅
この駅が出来たのはJR(当時は国鉄)と千代田線の乗り換え駅としてである。これには常磐線複々線化時に、常磐快速線通過駅の便宜を図るという目的もあったが詳細は常磐緩行線#複々線化の沿革と問題を参照されたい。
1969年(昭和44年)12月20日 - 営団地下鉄千代田線の駅が開業。
1971年(昭和46年)4月20日 - 営団地下鉄千代田線との乗換駅として山手線に新設。山手線の中で最も新しい駅。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化。東北本線(山手線、京浜東北線)はJR東日本の管轄となる。
2004年(平成16年)4月1日 - 営団地下鉄民営化。千代田線は東京地下鉄(東京メトロ)に継承。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9A%AE%E9%87%8C%E9%A7%85
 
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22.巣鴨から自然園・名跡を巡るたび             イメージ
 
 巣鴨駅−とげぬき地蔵及び商店街往復「参拝・見学」−巣鴨−日本刀装具美術館「見学」−千石−小石川植物園「散策」−伝通院「参拝」−小石川後楽園「散策」−東京大神宮「参拝」−靖国神社「参拝」−山種美術館「見学」−千鳥ヶ淵−北の丸−皇居東宮御苑「散策」−大手門−大手町「散策」−東京駅
 
○巣鴨駅
 巣鴨と言えば「とげ抜き地蔵」と言われるほど,ローカルからメジャーになっている。マスコミが元気な高齢者の集まる場所として紹介し,おもしろおかしく紹介していることにあろうと思うが,本来は非常に人情味のある良い人々が集まる街である。それを集めている商店街は非常に庶民的であり,会話を楽しみながらものを買うことが出来る楽しい場所である。
 私にとって巣鴨は,もう一つの思いがある場所。山登りが好きだった私は山手線内側の「ゴロー」と言う登山靴屋にあしけく通った思い出がある。今でも十分使える登山靴がうちでも使われることなく4足残っている。
豊島区タウン地図検索 - 巣鴨駅周辺 http://www.toshimaku-town.com/ms/m0009
巣鴨界隈マップ  http://www.e-cha.co.jp/map.htm
 
○とげぬき地蔵及び商店街
 東京の「おばあちゃん・おじいさん」の街のイメージが定着しつつあるこの界隈。非常に人情味ある人々が住まい,集っているようである。マスコミなどでも取り上げられるように,この参道は年配の方が好まれるようなものが並べられている小店が舗軒を連ねている。週末でなくても(サンデー毎日の方々)人で賑わっている。巣鴨駅から商店街の入り口までは多少かかるが,人の流れに付いていけば迷うことはない。
とげぬき地蔵 http://www.eirakudoh.co.jp/togenuki.html
巣鴨地蔵通り商店街 http://www.sugamo.or.jp/
 
○日本刀装具美術館 http://www.try-sky.com/town/map/toso/fs_toso.html
 「刀のことなんてわからないし、興味ないよ…」と決めつけるなかれ、実際に見て見るとこれがなかなか面白いのです。ここでは、刀に付属する、つば、目貫(これらの名称についても詳しく説明があります)などといった刀装具の展示を行っています。
 まずは、それらの刀装具に施された細工の繊細さ、美しさにご注目。こういうところでおしゃれをしていたのだなあ、と感心します。とてもお茶目な柄などもあって楽しめます。そして刀についても発見がたくさんあります。刀には、小刀と、耳かき、かんざしがセットになっているものだなんて知りませんでした!
 館内はとても落ち着いた雰囲気で、係員の方もとても親切に分からないことなどに答えてくださいます。ハマった方には、初心者向けの「日本刀・刀装具入門講座」もあります。
・開館時間 : 10:00〜16:30 入館は午後4時まで
・休館日 : 月曜日(祝日の場合翌日) 年末年始 展示替期間
・入館料 : 一般1000円 高・大生700円 小・中生500円
・お問い合わせ先 : 03-5976-6800
日本刀装具美術館 http://www.fusoseiki.co.jp/kagomachi/tousou-msum.html
 
○小石川植物園   http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/
 都(山の手)内とは思えない広大な敷地。その中に展示を目的ではなく,植物の育成を目的として現在も我々に開放してくれている。面白いのは切符の購入。入り口に職員がいるのに,道路を隔てた商店で入場券を販売してくれる。それを持ってカードマンと職員がいる入り口に差し出す。金銭の管理上の問題であろうがなにか無駄なような気がする。
 簡単な案内図があるので,それを頼りに歩いていく。広大な敷地にはゾーン毎に様々な植物が植えられている。管理上の問題で木札がつけられているので,植物に興味がある人にはうれしい事であろう。あまり関心のない私はそうかと納得しながら歩くが,四季折々の風情を楽しませてくれるはずである。記念館・研究所(東大)などに加え,日本庭園もある。半日程度でのんびり森林浴も楽しむことが出来る。
文京区観光スポット http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=109
開園時間 9:00〜16:30(入場は16:00まで)
入園料 一般 330円 小学生 110円 団体(一般30名以上) 220円 学校団体(学生20名以上)大学生・高校生 220円 中学生 170円 小学生 90円
休み 月曜日(祝日の場合は翌日)
小石川植物園  http://www.fusoseiki.co.jp/kagomachi/shokubutuen.html
小石川植物園後援会 http://www.koishikawa.gr.jp/
 
○伝通院 http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=14  文京区観光スポット
無量山傳通院。1603年徳川家康が生母お大をこの地に葬った。後に堂宇を建立し伝通院となった。伝通院はお大の法名にちなむ。将軍家の帰依も厚かった。浄土宗の関東18檀林の一つで、常時1000人の学僧が修行していた。境内には、お大の方、千姫(豊臣秀頼妻・2代徳川秀忠の長女)をはじめとして徳川家ゆかりの女性の墓が数多くある。
拝観時間 10:00〜17:00
拝観料 無料
主なまつり 12月31日 除夜の鐘
 
○小石川後楽園
 庭園として保存されている施設である。菖蒲が咲く頃が美しい。こんな場所にと思うほど水が確保されているのが,原因であろう。そういえばここの地名は「水道橋」。当然なのかもしれない。さほど規模は多くないが,近くの娯楽施設(東京ドーム・遊園地・ホテル等)とは一線を介した,別世界を堪能できるオアシスである。
小石川後楽園 http://www.city.bunkyo.lg.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=45
 
○東京大神宮 http://www.tokyodaijingu.or.jp/
 江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯かけての願いでした。明治の新国家が誕生すると、明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建された当社は、最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に「日比谷大神宮」と称されていました。関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、戦後は社名を「東京大神宮」と改め今日に至っております。
 現在広く行われている神前結婚式は、当社の創始によるものであり、今も神前において伝統的な結婚の儀式を守り伝えております。
東京大神宮初詣情報 http://woman.excite.co.jp/garbo/newyear/spot_80100.html
 
○靖国神社 http://www.yasukuni.or.jp/
 最近は参拝問題でいろいろと話題にあげられているが,私の判断ではこの神社は神社ではない。そもそも天皇家の祖先が奉られているのが神社である。どうも墓を神社とした「霊廟建築(有名なのは日光東照宮)」以来どうもいかがわしい神社が多くなっている。横浜では,最近皇代神宮までホテル経営に失敗し,倒産(伊勢山皇代神宮)しているくらいである。嘆かわしいことである。
 ここも奉られているのは「戦没者」。議員達も票集めのために,参拝していることは見え見えである。まして都心の一等地に広大な墓まで準備している。確かに国のために亡くなった人々は尊ぶ必要があるが,それなりの方策があるはずはずである。そういった気持ちで墓に参拝する気持ちでお参りしたい。
靖国神社 http://www.ne.jp/asahi/iidabasi/sanpo/rekisi/yasukunizinzya.htm
 
○山種美術館 http://www.yamatane-museum.or.jp/
 山種美術館は山種証券(現・SMBCフレンド証券)およびヤマタネの創業者・故山崎種二翁が長年にわたって蒐集した美術品の寄附により、山種美術財団を設立し、日本画の一層の向上普及を願って「近代・現代日本画専門の美術館」として1966年7月に東京都中央区日本橋兜町に開館しました。
 当館のこれまでの歩みは、各種の近代・現代日本画の展覧会を中心に事業を実施、美術界では高い評価を博しています。
 しかし、30数年を経て設備の老朽化に伴い、1998年7月、に東京都千代田区三番町へ仮移転し、緑豊かな環境のもと、館蔵品企画展を続けており、皆さまに日本画を鑑賞していただいております。
山種美術館 http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?SPOT_ID=l_00000392
 
○千鳥ヶ淵
 桜の名所である内堀。当然皇居に接しているので観光的施設はない。それだけに意外と素朴な水際の風情を楽しませてくれる場所である。背景になっている北の丸公園には武道館や科学館などもあり立ち寄ってみても面白い。
千鳥ヶ淵 http://www.tuat.ac.jp/~tokyocp/guide/chidori.html
千鳥ヶ淵戦没者墓苑 http://www.tuat.ac.jp/~tokyocp/guide/chidorinc.html
 
○北の丸「武道館・科学技術館・国立西洋美術館」
 北の丸公園となり,現在は公園として維持管理がされている。その中に武道館・科学技術館が有り,我々にも様々なイベントを企画してくれ楽しませてくれる場所である。巨大な六角堂が聖徳太子で有名な『夢殿』に繋がっていることも覚えておいてほしい。現在は,開催内容も厳選されず,その場所に合わないコンサート・集会等も行われ始めていて寂しい。
 科学技術館は,学校が休業中の時期がねらい目。中学校以下が本来の対象ではあるが,様々な科学的イベントを催している。この中ら現在は民放などにも出演している「有名先生」も誕生しているのである。本来は,学校で活躍してほしい人材なのにもったいない。
北の丸公園 http://www.env.go.jp/nature/nationalgardens/kohkyo/tokuchoh/08.html
      http://www.ne.jp/asahi/iidabasi/sanpo/utibori/kitanomaru.htm
      http://www.tuat.ac.jp/~tokyocp/guide/kitanomaru.html
@武道館  http://www.nipponbudokan.or.jp/
A科学技術館 http://www.jsf.or.jp/
B国立西洋美術館 http://www.nmwa.go.jp/index-j.html
 
○皇居東宮御苑
 北の丸からさらに内側にある堀を,北桔橋門から「江戸城」に攻め入りたい。とはいっても現在は自然あふれる公園。特に春から秋までは,植物・鳥などを鑑賞できる絶好の場所である。現在は宮内庁の管轄。特にこのブロックには,宮内庁警察も配備されているので,警戒は厳重である。入門数と排出人数が絶対に会うように,カードを持たせられ,厳重に管理されている。
 江戸城の雰囲気を足を味わうのであれば,絶対におすすめの場所である。庭園から,天守閣跡まで堪能できる場所である。展示施設等もあり,皇居(皇室)を知る上での様々な展示もされている。
皇居東宮御苑 http://www.tuat.ac.jp/~tokyocp/guide/ipeast.html
宮内庁ホームページ http://www.kunaicho.go.jp/index.html
          http://www.kunaicho.go.jp/11/d11-03.html
 
○大手町駅
 東京駅まで出て帰路につくのも良いが,あまり知られていないが大手町の古代銀杏(普通の銀杏の半分程度の葉)を持つ銀杏を観察しながら大手町に出るのも良い。最近は,東京丸の内側の開発で雰囲気が変化しているが,日本を代表するビジネス街であることは変わりない。
 夕食時であれば,落ち着いた雰囲気で食事が出来るパレスホテルでの食事や帝劇の地下のシャンソンを聴きながら食べられるレストランがおすすめである。
大手町 http://www.angel.ne.jp/~oaksky/tozai/annai/otemast.htm
大手町駅周辺のお店 http://woman.excite.co.jp/gourmet/restaurant/area_004/17/station_%91%E5%8E%E8%92%AC/
大手町駅周辺 http://www.hotpepper.jp/s/SL/ss_st0020055_saXXXX_grXXXX_bgXXXX_pn1.html
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23.石神井公園から西荻窪のたび             イメージ
 
 西武石神井公園−葵寿司(食事)−石神井公園「散策」−氷川神社「参拝」−桜の辻公園−いわさきちひろ美術館「見学」−上井草−善福寺「参拝」−善福寺公園「散策」−井草八幡宮「参拝」−荻窪八幡「参拝」−杉並文化会館「アニメミュージアム・見学」−白山神社「参拝」−湯〜とぴあ「入浴・休憩」−荻窪駅
 
○葵寿司  http://www5a.biglobe.ne.jp/~aoizusi/
 当葵寿司は、武蔵野の緑豊かな練馬区は石神井公園(しゃくじいこうえん)にて営業しております。アットホームな店内は、通な方からお子様連れの御家族まで満足して頂けるネタを随時取り揃えております。特に江戸前の、口の中でとろけるような煮穴子やキッチリと仕事をしたコハダ、特製の厚焼き玉子は,特に美味しいので是非一度お試し下さい。また当店は割烹もやっておりますので煮魚や天ぷら、季節の食材を使ったお料理も楽しめます、冬は鍋物も美味しいですよ、東京ではなかなか食べられない、あらやアバサー等も九州、沖縄から直送入荷します、お酒は日本酒、焼酎からワインまで各種取り揃えています。
 宴会場も有りますので、小人数のお食事会から大人数(50名様迄)のご宴会までご利用できます。また葵寿司では2ヶ月に1度「葵落語会」なるものを開催しております。立川談志一門の噺家さん達に毎回出演して頂いています、是非生の落語を聞いてください。木戸1500円会が終わると、男性4000円、女性3000円で飲み放題!食べ放題!の打ち上げが始まります。芸人さん達と一緒に飲める機会はなかなか無いと思うので是非参加してみて下さい。芸能界の面白い裏話が聞けるかも?立川談志家元のお墨付!
 
○石神井公園
 江戸時代の湧水を生かして現在も自然公園としてして運営している。街の施設の一部とし展開されているので,当然入園料などは必要としない。その分自然公園として素朴さを残し,運営されている。宅地造成で,湧水池を中心残された土地を都が管理しているが,往時のすばらしい庭園はいまは想像できない。北側は,湧水池ぎりぎりまで宅地が迫り風情がない。南側がどうにかグリーンベルトを形成しているので,そちらを散策したい。
 水生植物の開花の時期(5月から6月)と紅葉・桜の時期か良いと思う。
石神井公園 http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=32
 
○氷川神社 http://www.ne.jp/asahi/hikawajinja/hikawahp/
 各地に「氷川神社」はあるが,規模もある程度であり,能舞台・奉納水田なども境内にある神社である。石神井公園に隣接しているため静かな場所になっている。神社自体は現在は小さくなっているが,保存されているのであろう参道が南に長く延びている(桜の辻公園まで続いている)。
 
○桜の辻公園
 水路沿いに残された桜並木を保存したような場所である。桜の木しかないので,公園といえるのは東側の一角だけであるが,開花時期には美しいであろうと思う(桜の時期に訪れたことか無い)。ここを流れる水路は意外に綺麗である。東京都の姿勢が感じられる場所である。
桜の辻公園・お花見 http://tagutis.ld.infoseek.co.jp/sub03.html
 
○ちひろ美術館 年末年始・月曜日休館
 母親が死んでから,息子達がつくったような美術館である。遺産をこのような形で子孫に残しているのもすばらしい事である。穂高にあるほどの規模ではないが,住宅街の一角にモダンな建物と共に優しい絵を見たいと思って多くの人が集まってくる。
ちひろ美術館 http://www.chihiro.jp/
 
○上井草
上井草商店街 http://www.kami-igusa.com/
杉並ネット http://www.suginavi.net/modules/town/index.php?pa=view&cid=6
 
○善福寺
 土地の名にもなっている寺である。敷地内は非常に静かな雰囲気で維持され,飾り気(寺なので本来必要ではないが)の無い,静かな寺である。綺麗に手入れされ,清掃も行き届いている雰囲気からして,歴史のある寺なのであろう。残念ながら建物は建て替えられ,コンクリートのものになってしまっている。
善福寺 http://home.att.ne.jp/air/jobcci/info-suginami/river/zenpukuji/temple/temple02.html
 
○善福寺公園
 このあたりは,江戸時代の湧水を利用した公園が多い。近くの石神井公園もそうであるが,地図で見るとオタマジャクシ(精子)のような形になっている。東京にも用水が完備され,現在でも都民に潤いを与えているのであるのだから,大変なものである。道路で2分されているが,大きな湧水池を持つものと,湿性植物が繁殖している屈曲した池に分かれる。その途中に児童公園などもあるのが,ここの庶民性を伺わせる。
 私が訪れた時には,池のベンチでチェロを弾く(練習している)人がいたり,鴨が日向ぼっこしているなどのどかな雰囲気が感じられた。
善福寺公園 http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=37
 
○井草八幡宮
 こんな立派な神社が・・・と思うように,青梅街道沿いに大きな石(コンクリート)灯籠が出現する。そこが「井草八幡宮」である。参道も長く青梅街道の騒音もすぐに聞こえなくなる。丁寧に清掃された境内は非常に気持ちがよいものである。訪ねた時も,掃除に性を出している方がおられた。右に曲がるように,社殿がある。回廊を持つ静かな建物である。社務所は工事中(2005年)であり,経年的に整備しているのであろう。
 併設して幼稚園も経営しているようである。モダンな建物から子供達の楽しそうな声が聞こえていた。杉並区の民族資料館(この神社が保有しているらしい)があり,月に1度程度開放しているらしい。
井草八幡宮 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/08_suginami/8006.html
 
○荻窪八幡
 荻窪の近くの『原っぱ広場』を見に行こうと思って歩いていると,そこはすでに集合住宅の大規模開発がなされていた。巨大なマンション群が敷地を占有していた。その横にわずかな原っぱ(地主の好意で開放されていたと聞いていた)が見られたが,入ることは出来なかった。
 その横(青梅街道沿い)に,荻窪八幡宮がある。ここもなかなかの境内を所有しいる。氏神として反映していたのであろう。大きな岩盤をくりぬいたような抜け石?があり,なにやら効能があるらしいので,くぐり抜けておくと良い。境内は八幡造りの端正な建物が残されている。
 
○杉並会館「アニメミュージアム」
 企業と提携して杉並ゆかりの漫画キャラクターを展示・紹介しているようである。
杉並会館マツヤサロン http://www.matsuya-salon.com/salon/suginami/top.html
アニメミュージアム http://www2.city.suginami.tokyo.jp/gallery/kutyoaction/kodo1703/H170305.html
 
○白山神社
 青梅街道の拡張と住宅地の進出で細長い参道と社殿のみが残されている状態になっている。現在でも苔むした参道をかろうじて維持しており,歩いて立ち寄ると何かほっとする場所である。井戸もあり現役(手押しを動かすと水が出た。飲料は定かではない)で活躍している。
白山神社 http://members.jcom.home.ne.jp/suginami-history/sanpo1/sirahata.html
 
○湯〜とぴあ http://www.yu-topia.com/
 天然温泉かどうかは定かではないが,各種施設も完備した小規模な入浴施設である。入浴したことはないが2000円となっていたので,散策族には向かない施設であろう。
 
○荻窪駅
わが街へようこそ荻窪 http://www.wagamachi.com/3kantou/sitetu/teitokousokudokoutsuueidan/marunouchisen/25ogikubo1.htm
 
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24.東京の旧名所を巡るたび
 
 浜松町駅−浜離宮「散策」−世界貿易センタービル−芝大神宮−芝増上寺「拝観」−芝公園(東照宮)−プリンスホテルパークタワー−東京タワー(アミューズメントホール・水族館等見学)−徳川家の墓−東京プリンスホテル−芝公園−運晴院−慈恵医科大−グリーンヒルズ−NHK放送博物館−愛宕神社−琴平神社−「新橋界隈・散策」−素朴な居酒屋「宴」−新橋
 
○浜松町駅
 浜松町駅(はままつちょうえき)は、東京都港区海岸一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)及び東京モノレールの駅。なお、東京モノレールの正式駅名はモノレール浜松町駅(ものれーるはままつちょうえき)である。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E6%9D%BE%E7%94%BA%E9%A7%85
1909年(明治42年)12月16日 浜松町駅開業。
1964年(昭和39年)9月17日 モノレール浜松町駅開業。乗換駅となる。
1964年(昭和39年)10月1日 都営地下鉄浅草線の大門駅が開業。都営地下鉄との乗換業務を開始。1987年(昭和62年)4月1日 国鉄が分割民営化され、東海道本線(山手線、京浜東北線)は東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承。
2000年(平成12年)12月12日 都営地下鉄大江戸線の開通で大門駅が都営地下鉄浅草線、JR線の乗換駅に。
2002年(平成14年)7月14日 JR東日本が東京モノレールを子会社化、駅設備を改善。
Suicaがモノレールでも利用が可能となり、乗り換えの利便性を高めるため京浜東北線快速が停車するようになった。
 
○浜離宮
 汐留にある徳川将軍家ゆかりの庭園。江戸時代に発達した大名庭園を代表する貴重な文化財であり、都会のオアシスとして都民および観光客の散策スポットとして親しまれており、水上バスが発着するなどアクセス的にも便利です。
http://www.date-navi.com/park/hamarikyuu.html
 
○世界貿易センタービル   http://www.wtcbldg.co.jp/
 1970年(昭和45年)3月、日本で3番目、東京で2番目に竣工した40階,152mの超高層ビル。世界貿易振興を目的とし、日本・東京商工会議所を母体として設立された株式会社世界貿易センタービルディングによって建設された。設計は、日建設計、武藤構造力学研究所で施工は鹿島建設が行った。日本初の超高層ビルである霞が関ビル(36階,147m)より2年遅れて竣工、高さで5m上回り、71年6月、西新宿に京王プラザホテル(47階169m)が竣工するまでの僅かな間だが日本一の高さを誇った。JR浜松町駅、モノレール浜松町駅とは2階のコンコースで、都営地下鉄大江戸線、浅草線には地下1階通路で接続されている。また、隣接する別館には地方都市とを結ぶ高速バス各社、都営バス、はとバスのターミナルがある。
 
○芝大神宮
  芝大神宮は、伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りしています。御鎮座は遠く平安時代、寛弘二年(1005年)一条天皇の御代に創建された由緒あるお社です。
 古くは、飯倉神明宮、芝神明宮と称され鎌倉時代においては、源頼朝公より篤い信仰の下、社地の寄贈を受け、江戸時代においては、徳川幕府の篤い保護の下に社頭はにぎわい大江戸の大産土神として関東一円の庶民信仰を集め、「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬を戴きました。その当時の賑わいは、広重の錦絵に窺うことができます。
 その後の当宮の社史をみますと、明治、大正、昭和初期の関東大震災、太平洋戦争の激動期においても、数多くの苦難にも耐えて氏子並びに崇敬者に支えられ現在の御社殿に至ります。
http://www.shibadaijingu.com/index.html
http://www.kissport.or.jp/spot/tanbou/0509/index.html
 
○芝増上寺
浄土宗の七大本山の一つ。三縁山広度院増上寺(さんえんざんこうどいんぞうじょうじ)が正式の呼称です。開山は酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)上人によって、江戸貝塚(現在の千代田区紀尾井町)の地に、浄土宗正統根本念仏道場として創建されました。その後、文明2年(1470)には勅願所に任ぜられるなど、関東における浄土宗教学の殿堂として宗門の発展に寄与するところ著しいものがありました。
江戸時代の初め源誉存応(げんよぞんのう)が徳川家康の帰依(きえ)を受け、大伽藍(がらん)が造営されました。以後徳川家の菩提寺として、また関東十八 檀林(だんりん)の筆頭として興隆しました。さらに、江戸時代総録所として浄土宗の統制機関ともなりました。
戦災によって徳川家の将軍やその一族の霊廟(れいびょう)は焼失し、焼失をのがれた三門(さんもん)・経蔵(きょうぞう)・黒門(くろもん)などを含む境内(けいだい)は、昭和四十九年(1974)完成の大本堂とともに、近代的に整備されました。
http://www.zojoji.or.jp/info/index.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%97%E4%B8%8A%E5%AF%BA
 
○芝公園
芝公園(しばこうえん)は東京都 港区にある増上寺を中心とした緑地帯(都立公園)である。1874年の開園と、都内でも上野恩賜公園などと並ぶ、最古の公園である。もともと、増上寺境内の敷地を公園としていたが、戦後政教分離の考えにより、増上寺とは独立して宗教色のない都立公園として新たに遊具や運動施設などが設けられ、整備された。
ホテル、学校、図書館などの施設が点在するほか、グラウンドや散策路などが広がり広大な公園施設となっている。
東端には港区役所、西端には東京タワーが建ち、特に東京タワーを正面に望む東側の散策路はデートスポットとして、ロケ撮影地として親しまれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E5%85%AC%E5%9C%92
 
○プリンスホテルパークタワー    http://www.princehotels.co.jp/parktower/
芝公園の緑の森。その小径を抜けると、別世界がひろがります。東京プリンスホテル パークタワー。地上33階、673室の客室と2室の主宴会場。14室の中・小宴会場、多彩なレストランや天然温泉付きのスポーツクラブ。都心とは思えない自然にかこまれ、ご自宅にいるようにやすらげる。また戻ってきたい、そう思っていただけるホスピタリティ息づく、いちばん新しいプリンスホテルです。
http://www.ikyu.com/datas/00000946x.htm
 プリンスホテル
 
○東京タワー(アミューズメントホール・水族館等見学)
 この鉄塔を建設する際、電波科学の権威を結集してそれぞれ綿密、慎重な検討を行なった結果、東京地区のVHFテレビ7局以上と将来開局が予定されるUHFテレビ局が、東京を中心とした関東一円(北は水戸、東は銚子、南は沼津、西は甲府)をサービスエリアとして電波を送る場合に、鉄塔の必要な高さは333mであるということがわかりました。こうしてみると高さ333mのタワーが昭和33年に開業したのは、偶然の一致ということになります。
 また、開業前の昭和30年当時、東京タワー構想を練っていた前田久吉の心中はこうでした。
 「科学技術が伸展した現代では、300メートルの塔をたてるくらい、あえて至難の業でもあるまいと考えた。やれば必ずできる、と私は膝をうつ思いだった。つまり私の東京タワー建設に対しての自信と決意は、京都東寺の五重塔からあたえられた、ともいえる。出来る!必ずやりとげてみせる!私はコブシをかたく握り締めて確信をえた。 
 私の練りに練ってまとめた東京タワーの構想は、これまでのお国自慢的な塔の背くらべとはケタはずれな、「どうせつくるなら世界一を……。エッフェル塔(320m)をしのぐものでなければ意味がない」というものだった。このエッフェル塔をしのぐ世界一の東京タワー建設の夢は、けっして平らな道ではなかった……。」 
http://www.tokyotower.co.jp/333/
 
○徳川家の墓(霊廟)
増上寺には、徳川将軍15代のうち、6人(秀忠、家宣、家継、家重、家慶、家茂)が葬られている。
第二次世界大戦前には台徳院(秀忠)霊廟、崇源院(秀忠夫人)霊牌所、文昭院(家宣)霊廟、有章院(家継)霊廟が旧国宝建造物に指定されており、その壮大さは日光東照宮に引けを取らない貴重なものであったが、昭和20年(1945年)の空襲で建造物群のほとんどが焼失した。現在は台徳院霊廟惣門(重文)と、有章院霊廟二天門(重文)、鋳抜門を残すのみであり、それらも保存状態の悪さが目立つ。他に台徳院霊廟の門3棟(各重文)が戦災を免れたが、ホテル建設に際し、埼玉県所沢市の狭山不動尊(西武ドーム前)に移築されている。
6人の将軍はじめ徳川家の墓は、今は改葬されて大堂裏の墓所にあり、かつて壮麗な建築美を誇った霊廟の跡はゴルフ場および東京プリンスホテルになっている。
なお現在増上寺に隣接する芝東照宮はもと家康を祀る増上寺安国殿であったが、独立して神社化された。安国殿は増上寺の中でも信仰を集めており、増上寺はこれに反対したが、独立を阻止できなかった。(徳川家霊廟については寛永寺の項も参照)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%97%E4%B8%8A%E5%AF%BA
 
○東京プリンスホテルhttp://www.princehotels.co.jp/tokyo/index.html
東京タワーを背にゆったりとたたずむ東京プリンスホテル。交通アクセスに恵まれた立地は、ビジネスや観光の好拠点です。窓外にはライトアップされた噴水と四季の移ろいが楽しめる緑の庭園。梢を渡る風のささやきまでが聞こえてきそうです。都会の喧噪に置き去られた静寂を取り戻す、くつろぎとやすらぎの東京プリンスホテル。心なごむ客室、機能的な設備、多彩な味わいのレストラン、ゆとりの駐車場それぞれにまごころを添えてきめ細やかにおもてなしいたします。
http://www.ikyu.com/datas/00000638x.htm
 プリンスホテル
 
○運晴院
 
○慈恵医科大 http://www.jikei.ac.jp/
東京慈恵会医科大学は、高木兼寛が1881年5月1日に、京橋区鎗屋町11番地(現、中央区銀座4丁目・現在、同地には、1980年5月1日に設置された、「成医会講習所跡東京慈恵会医科大学発祥之地」という記念碑がある。)にあった東京医学会社の一部をかりて開設した「成医会講習所」が起源である。
このとき、たまたま前年に廃止された慶應義塾医学所に関わっていた松山棟庵と隈川宗悦が成医会講習所の設立に協力をしている。その際、松山と隈川は慶應義塾医学所の精神を成医会講習所へ導入した。なお、現在ある慶應義塾大学医学部の前身である慶應義塾医学科予科は慶應義塾医学所の人材や体制を直接受け継ぐことなく、福沢諭吉の意志を想起して、1917年に設立されている。これらの事情から慶應義塾では「慶應義塾医学所の精神は、現在ある慶應義塾大学医学部ではなく東京慈恵会医科大学に受け継がれている」(学校法人慶應義塾「慶應義塾百年史」1965年)と記している。さらに松山の信念から同講習所ではドイツ語ではなく英語による医学教育が実践された。当時、帝國大学がドイツ流であったことから「日本橋の南にドイツの風は吹かない」という評価が当時の新聞に掲載されている。
また、鹿鳴館婦人慈善会図の錦絵が描く鹿鳴館を舞台とする婦人慈善会の行った慈善バザーは、もう一方の前身である有志共立東京病院に対する経済的援助を目的にしたものでもあった。
1921年には私立の医科大学で初めて旧制大学に昇格した。
 
○愛宕グリーンヒルズ
愛宕山の自然、伝統、文化と融合するオフィスと住宅のツインタワー。中央に青松寺を挟むかたちで配置され、現代の山門のようにそびえています。蓮の花を模したシンボリックな外観は、世界的な建築家シーザー・ペリ氏が手掛けました。住宅棟フォレストタワーは、最上階にジム、プールなどを持つスパや、近接する慈恵会医大と提携した居住者のための健康相談室も備え、快適かつ安心できる生活をサポートします。また、一般の賃貸住宅のほか、短期契約にも対応する家具付き賃貸住宅(サービスアパートメント)も併設しています。
http://www.mori.co.jp/projects/atago/index.html
http://www.ehills.co.jp/rp/dfw/EHILLS/morishop/atago/index.php
 
○NHK放送博物館
NHK放送博物館は、1956年に、世界最初の放送専門のミュージアムとして、“放送のふるさと”愛宕山に開館しました。日本の放送が始まってから約80年、放送は、ラジオからテレビへ、さらに衛星放送、ハイビジョン、デジタル放送へと大きく進歩・発展してきました。放送博物館では、こうした放送の歴史に関するさまざまな実物展示をはじめ、だれもが自由に利用できる「番組公開ライブラリー」や「図書・資料ライブラリー」なども公開しています。
http://www.nhk.or.jp/museum/
 
○愛宕神社
鳥居は「天の岩戸」神話のときに、常世(とこよ)の長鳴き鳥と呼ばれた鶏を止まらせた木を模したものと言われています。鶏を夜明けを告げます。鳥居をくぐることによって新たな日がはじまるのです。あなたの中にある、新たな清い心を呼び起こしましょう。また、鳥居は世俗と神域との結界です。
ちょっとここで立ち止まって、世俗のことは忘れてみましょう。
では、深呼吸をひとつして、心を静めて、鳥居をくぐりましょう。
http://www.atago-jinja.com/
 
○琴平神社 金刀比羅宮
虎ノ門金刀比羅宮と称し、東国名社の1つ。丸亀藩主が屋敷内に讃岐金刀比羅大神を祀ったところ参拝者でにぎわったといわれています。
銅の鳥居は江戸っ子好みの派手な作りの珍しいもので、江戸後期の盛んな信仰を今に伝えています。円柱の左に青竜と玄武、右に朱雀と白虎の霊鳥霊獣をつけ、その上部に「奉献」の文字をそえています。 http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?SPOT_ID=l_00002879
万治三年(1660)丸亀藩主、京極高和が、その領内の讃岐金刀比羅大神を芝三田の江戸藩邸内に勧請したことにはじまる。
延宝七年(1679)藩邸の虎ノ門移転に伴ない現在地に遷座した。金毘羅大権現と称し、毎月十日市民の要請に応え、邸内を開き群参を許したという。
今も、毎月十日のお祭りには、露店も出て賑やか。開運除災、福徳守護の尊信が殊に熾烈とのこと。
金毘羅大神は、運をつかさどる神とも伝誦されており、元旦から初こんぴらの正月十日までの間に限り、開運のお守りが授与される。
ビルの谷間の神社だけに、新年は会社関係者の参拝も多い。海上安全や商売繁盛など、会社関係のご祈祷は予約制とのこと。本殿内部はとても広いので、団体での参拝も可能。
http://www.ehills.co.jp/rp/dfw/EHILLS/townguide/newyear2005/2005spot.php
 
○新橋界隈
http://www.hotpepper.jp/A_11100/smd0_svcSA11_macY005_sacX020.html
 
○新橋駅
1872年(明治5年)10月14日(グレゴリオ暦で、当時使用されていた天保暦では9月12日)の新橋〜横浜(現・桜木町駅)に、日本初の鉄道が正式開業(同年の天保暦5月7日・グレゴリオ暦6月12日に品川〜横浜間は仮開業していた。日本の鉄道開業も参照)したのに伴い、起点駅として開設された。その後、1889年(明治22年)7月1日には東海道本線が神戸まで全通し、国土の重要幹線に於ける東京側のターミナル駅として、東京駅開業まで重要な役目を担う事となった。1900年(明治33年)に大和田建樹が作詞した『鉄道唱歌』では、「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として」と歌われた。
現在の新橋駅は2代目で、1914年(大正3年)12月の東京駅の完成により東海道本線の起点が変更され、それまでの烏森駅を新橋駅に改称し、現在に至る。元の新橋駅は汐留駅に改称され、荷物列車と貨物列車の専用駅となった。なお、烏森駅は1909年(明治42年)12月に開業した、現在の山手線に相当する電車専用駅であった。
第2次世界大戦後、日本国有鉄道法(国鉄法)施行に伴い、1949年(昭和24年)6月1日から日本国有鉄道の新橋駅となるが、国鉄の分割・民営化で1987年(昭和62年)4月1日にJR東日本の新橋駅となって現在に至る。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%A9%8B%E9%A7%85
                                     東京見出しに戻る
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25.神田川の流れに沿い,東京を楽しむたび      イメージ1 イメージ2
 
 池袋−南池袋公園−威光稲荷尊天−法名寺−鬼子母神(きしもじん)−(都電)鬼子母神駅−鬼子母神商店街−目白通り−日本女子大前−豊坂−目白台「散策」−(都電)早稲田駅−(新目白通り)−新江戸川公園「散策」−水神社(胸突坂)−関口芭蕉庵(蕉雨園)−椿山荘「散策・食事」−江戸川公園−江戸川橋−(神田川沿いの路地巡り「江戸川端」・寺院多い)−氷川神社−小石川後楽園「散策・休憩」−(近辺散策:後楽園遊園・ホテル等)−水道橋(東京都立工芸高等学校・桜蔭高等学校等多い)−給水所公苑「散策」・水道博物館「見学」−順天堂大学・日本医科大学等(外堀通り「散策」)−御茶ノ水駅(外堀・聖橋等)−ニコライ堂「見学」−神保町界隈「散策」−神田西口「散策」−神田駅
 
○南池袋公園
南池袋公園のある、南池袋2丁目周辺は、ターミナル駅「池袋」駅に、近く、繁華街にも近いところなのであるが、周辺は割合と、おしゃれな料理店とか、オフイスや、進学塾が多いところです。池袋の喧騒をのがれて、たどり着くならこんな公園が良いです。昭和50年ころに区画整理され、この周辺は特に綺麗な碁盤の目状に区画されており池袋では、住むことを考えたら、一頭地じゃ無いのではないでしょうか。また、南池袋公園の中に入ると、目に付くのが、噴水であります。この規模の公園で、噴水が付いているのはめずらしい部類ではあります。この噴水、夜間ライトアップされ、結構、アベックにもお勧めな公園である。公園の奥には、テラスまであり、なかなか、西洋風の公園である。
http://parkandcats.hp.infoseek.co.jp/minamiikebukurokouen.html
 
○威光稲荷尊天
 当山総鎮守開運威光稲荷尊天は西暦八百余年、慈覚大師の当地行脚の途中、武蔵野の地雑司ヶ谷の森より一条の光を見つけ、辿りついた所に素晴らしいお姿をした稲荷尊神が現れ、その光明の強いことから威光稲荷大明神と銘名し堂宇を建立し御安置したのが始まりです。
 その後星霜数百年を経て日蓮上人の孫弟子の日源上人に依って法明寺が日蓮宗に改宗されると同時に法華経の御題目が唱題され、その御威光益々輝き、爾来今日まで大願をかけて救われた善男善女数知れません。
 その後、戦災にて本殿が焼失、仮宮にて御祀りしていましたが、御尊躰も時機を得て東京都板橋区大原町の石川常作氏を選んで一基建立し、堂内荘厳具は開元講はじめ一般信徒に託して、内に威光を秘めた荘厳なる本殿に変り、今日の隆盛を見るに至りました。
http://www.withfox.jp/guidetosima/ikouinarisonten.html
 
○法名寺
当山は嵯峨天皇の代の弘仁元年(西暦810年)、真言宗の旧跡で威光寺として開創されました。
『東鑑』第1巻に「武蔵国威光寺者。依為源家数代御祈祷所。院主僧増円相承之僧坊寺領。如元被奉免之」云々とあり、その古い歴史を物語っています。
後の正和元年(1312年)、宗祖日蓮聖人のお弟子で中老僧の一人、日源上人が日蓮宗に改宗、威光山法明寺と寺号を改めました。以来、伝灯48世、約700年の歴史を刻んできました。
その間、徳川3代将軍・家光公より御朱印を受け、代々将軍家の尊崇を受け、折りごとに多くの奇進を受けています。
24世日宏上人の代には、内大臣西園寺公晃卿より、緋紋白袈裟と乗輿(じょうよ)等の寄進を受け、宗門弘通の道場として耳目を集めました。
近年に至り関東大震災で本堂が倒壊、46世一妙院日龍上人が昭和7年に再興しています。しかし昭和20年戦災により全山焼失、47世一味院日厚上人が昭和34年に本堂を再建、さらに昭和37年客殿庫裡を竣工しました。
昭和43年現山主一厚院日悠上人を中心に、鐘楼ならびに山門の復興も完了、ほぼ寺内の偉容を旧に復しました。
http://www.homyoji.or.jp/history/index.html
 
○鬼子母神(きしもじん)
当山におまつりする鬼子母神(きしもじん)のご尊像は室町時代の永禄4年(西暦1561年)1月16日、雑司の役にあった柳下若挟守の家臣、山村丹右衛門が清土(文京区目白台)の地の辺りより掘りだし、星の井(清土鬼子母神〈別称、お穴鬼子母神〉境内にある三角井戸)あたりでお像を清め、東陽坊(後、大行院と改称、その後法明寺に合併)という寺に納めたものです。
東陽坊の一僧侶が、その霊験顕著なことを知って、ひそかにご尊像を自身の故郷に持ち帰ったところ、意に反してたちまち病気になったので、その地の人々が大いに畏れ、再び東陽坊に戻したとされています。
その後、信仰はますます盛んとなり、安土桃山時代の天正6年(1578年)『稲荷の森』と呼ばれていた当地に、村の人々が堂宇を建て今日に至っています。
現在のお堂は、本殿が寛文4年(1664年)徳川4代将軍家綱の代に加賀藩主前田利常公の息女で、安芸藩主浅野家に嫁した自証院殿英心日妙大姉の寄進により建立され、その後現在の規模に拡張されています。
昭和35年に東京都有形文化財の指定を受け、昭和51年から54年にかけ、江戸時代の姿に復する解体復元の大修理が行われました。
鬼子母神は安産・子育(こやす)の神様として広く信仰の対象となっていますが、もともとの来歴には深いいわれがあります。
http://www.kishimojin.jp/index.html
 
○(都電)鬼子母神駅   http://xn--ldr92t2lo6ymbh2bf3b.jp/
鬼子母神前駅(きしぼじんまええき)は、東京都豊島区雑司が谷2丁目にある都電荒川線の停留所。
 
○鬼子母神商店街  http://www.01ch.com/ramen/umemoto.html
 
○目白通り  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sakui/mejirodo.html
 新しい女性の生き方を巡る
 http://i-debut.org/journal/j_disp.asp?code=7468
 斜面地に文化人を訪ねて
 http://i-debut.org/journal/j_disp.asp?code=7021
はじめまして、今年4月に入社しました青木と申します! 同輩の女子に翻弄されつつ、先輩の愛に包まれながら、日々編集者道を歩んでいます。このコーナーでは、そんな私が密かに涙を流しつつ、ひとときの癒しを求める目白の裏スポットをご紹介します。
http://www.kindai-japan.com/mejiro_dori_v1.html
 
○日本女子大前
日本女子大学は総合大学であると同時に、附属幼稚園から大学院博士課程までを備えた一貫教育機関としても知られます。2001年に大学の創立100年を迎えた学園は、今年文京区目白の地で、附属豊明幼稚園と豊明小学校の設立100年を祝います。また、大学と同じ歴史を持つ中等学校は現在、附属中学校・高等学校として、川崎市生田の緑豊かなキャンパスに、新設の人間社会学部と共に独特の学風を築いています。総勢1万人を擁する学園と、7万有余の卒業生団体・社団法人日本女子大学教育文化振興桜楓会とは、壮大な家族として、また広く社会に開かれた活動機関として、常に絶え間ないサービスと情報を発信しています。女性の人間性回復と平和を創立以来問い続けてきた学園は、21世紀の今こそ、あらゆる世代の要請に応えて、真に生き甲斐ある世界の実現に全力を傾注して参ります。
http://www.jwu.ac.jp/
 
○豊坂
坂は、 日本女子大前の信号の地点から神田川の方へ稲妻形に下っています。  坂の名は、 坂下に豊川稲荷社があるところから名付けられました。 江戸時代この一帯は、 岩槻藩主大岡主膳正 (おおおか しゅぜんのしょう)の下屋敷で、明治になって開発された坂です。 比較的長い坂ですが、勾配も割合とあります。
坂下の神田川には、 豊橋が架かっています。少し長いですが、標識の説明を載せておきます。坂の名は、坂下に豊川稲荷社があるところから名付けられた。江戸期この一帯は大岡主膳正の下屋敷で、 明治になって開発された坂である。 坂を下ると神田川にかかる豊橋があり、坂を上ると日本女子大学前に出る。
http://homepage2.nifty.com/tokyo-walk/a050159.htm
 
○目白台「散策」
高田豊川町、雑司ヶ谷町、高田老松町、西青柳町などが合併されて誕生。
この地に目白不動とよばれた新長谷寺という寺があった。目白台という台地に由来。
若山牧水が居を構えたことがある。
 菊池寛旧居跡(目白台三丁目 セブンイレブンの裏の道、現在はマンション)
 大町桂月旧居跡(目白台三丁目、盲学校の一つ手前の道)
 永楽病院(のち東大分院)に入院した妹(旧制日本女子大学校に在学)の看病のために宮沢賢治が 滞在した下宿跡(目白台三丁目、旧雑司が谷町、三丁目坂のあたり)
 戦前、牧場だったところ(目白台三丁目、稲荷神社から盲学校にかけて)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE%E7%99%BD%E5%8F%B0
 
○(都電)早稲田駅
早稲田駅(わせだえき)は東京都新宿区西早稲田一丁目にある、都電荒川線の停留所である。また、同線の終点でもある。
東京地下鉄(東京メトロ)東西線の早稲田駅は当駅より南南東方面へ直線距離で約600mの位置にあり、所要時間は早稲田大学正門前を通って約12〜15分ほどである。
もともと東京市電が先に開業しており、車庫も存在していた。そこに王子電気軌道が後から乗り入れた。
1930年(昭和5年)3月30日 - 王子電気軌道(現・都電荒川線)早稲田開業
1942年(昭和17年)2月1日 - 王子電気軌道を東京市が買収。
1968年(昭和43年)9月29日 - 旧東京市電の早稲田〜大曲〜江戸川橋〜九段下間廃止。早稲田車庫も同時に廃止された。
 
○新江戸川公園「散策」
新江戸川公園は細川家の屋敷跡を利用した庭園。地形を生かした回遊式泉水庭園。庭園には季節によってさまざまな花が咲く。江戸川とは完全に離れた所にあるこの庭園が何故このような名前になったかというと、昔は庭園の前を流れる神田川のこの辺りの部分を江戸川と呼んでいたため。昭和40年の河川法の改正によりこの川は神田川と統一された。
http://www.tokyoguide.net/spot/80/
http://www7a.biglobe.ne.jp/~tokyo-sanpo/36.htm
 
○水神社(胸突坂)
水神社の銀杏
このイチョウに出逢ったのは2004年12月28日、年の瀬の慌しい中、仕事中に偶然出逢ったのでした。傾斜地に対で立ち、まだ僅かに残る黄葉が風にそよぐ姿に心惹かれるものがありましたが、生憎と仕事中だったためにじっくりと対面することができませんでした。仕事が終わる翌々日に逢いに行こうと決めましたが、翌29日、東京はこの冬の初降雪を記録。風を伴って強く降る雪に、葉が全部落ちきってしまうのではと心配しました。
http://www.geocities.jp/tokyowood/icho/icho32.html
胸突坂
目白通りから蕉雨園(しょううえん、旧田中光顕邸)と永青文庫(えいせいぶんこ、旧細川家下屋敷跡)の間を神田川の駒塚橋に下る急な坂です。坂が険しく、自分の胸を突くようにしなければ上れないことから、急な坂には江戸の人々がよくつけた名です。
 舗装も無い坂道を滑りやすい雨の日や凍りついた冬の日に上り下りした当時の人々の苦労が偲ばれます。現在でも急なため、坂の途中のに写真のような休息場所があります。坂下の西には、水神社(神田上水の守護神)があるので、別名「水神坂」とも云われます。 坂下の東側は、 関口芭蕉庵です。
http://homepage2.nifty.com/tokyo-walk/a050165.htm
http://www.geocities.jp/ikiiki_honpo/newpage16.html
 
○関口芭蕉庵(蕉雨園)
龍隠庵(りゅうげあん)
同所(目白)上水掘の端にあり。昔は真言宗にして安楽寺と号(なづ)く。故ありて元禄10年(1697)黄檗宗に改め、洞雲寺の持ちとなり、平石和尚住持す。本尊は正観世音、慈覚大師の彫造という。庵の前には上水の流横たわり、南に早稲田の耕地を望み、西に芙蓉の白峯を顧みる。東は堰口にして水音冷々として禅心を澄ましめ、後は目白の台聳(そび)えたり。月の夕、雪の朝の風光もまた備われり。
昔上水開発の頃芭蕉翁(芭蕉翁通称松尾甚七郎といい、藤堂家の侍たり。この上水掘割の時、藤堂家へ普請のことを命ぜられしに、甚七郎この事を司りし故、その頃この地に日々遊ばれしといへり)この地に遊ばれしにより後世その旧跡を失わんことを嘆き、白兎園宗瑞および馬光なといへる俳師、この地の光景江州瀬田の義仲寺にほうふつたるをもって「五月雨に隠れぬものよ瀬田の橋」といへる翁の短冊を塚に築き、五月雨塚と号す。
http://kkubota.cool.ne.jp/sekiguchibashouan.htm
 
○椿山荘「散策・食事」
昭和23年(1948年)、藤田鉱業(旧藤田組)から藤田興業の所有となります。藤田興業の創業者となった小川栄一は「戦後の荒廃した東京に緑のオアシスを」の思想の下に、一万有余の樹木を移植し、名園椿山荘の復興に着手します。
昭和27年11月11日、ようやく完成した椿山荘で盛大な披露パーティが行われました。以来結婚式場の名門として、また大小宴会や日本を代表するガーデンレストランとしてたくさんのご利用をいただいています。
http://www.chinzanso.com/index.html
 
○江戸川公園
現神田川流路を江戸川と言ったことから江戸川公園となっているそうです。
http://poco.cool.ne.jp/kanndagawa/hashi010/edogawapark.html
 地下鉄・有楽町線の江戸川橋駅のすぐそばにある江戸川公園。数メートル間隔の桜並木が神田川の両岸にあり、神田川に沿って北へ数キロ続いている。桜並木に沿って自転車で十数分走ったところで道が狭くなり、そこから先へは進めなかった。しかしまだまだ桜並木は小道が明治通りに突き当たるまで続く。普段の江戸川橋公園は、昼時はサラリーマンやOL、そして幼稚園の子供たちがお弁当を食べていたりする。公園に住み着いているらしいたくさんの猫に、エサをやっている人もいたりする。花見のシーズンになると、町内会が照明(提灯です。ありがたいことです)を設置。夜10時(たぶん)までは、その明かりの下で夜桜見物が楽しめる。明かりが消えた後も、公園の街灯の下で終電過ぎまで盛り上がっているグループ(ほとんど学生)もある。花見の場所取り競争も当然激しく、公園の中ほどのベンチのあるあたりが人気が高そうだ。
http://www.furai.co.jp/hobby/etc/sakura/edogawa.html
 
○江戸川橋
 地下鉄有楽町線の江戸川橋駅は、有楽町駅から6つ目、池袋駅からは3つ目の駅だ。ちょうど文京区と新宿区の区界で、神田川に沿って目白通り、その上を首都高速5号池袋線が走っている。これら幹線の高台側は高級住宅街だが、反対側は出版・印刷関係の会社がひしめく下町。この山の手と下町を歩いてみた。
http://www.yomiuri.co.jp/homeguide/guide/14.htm
http://edogawabashi.blog70.fc2.com/
 
○氷川神社
○小石川後楽園「散策・休憩」
小石川後楽園(こいしかわこうらくえん)は、東京都文京区後楽にある東京都立公園で、文化財保護法により、特別史跡及び特別名勝に指定されている。
水戸徳川家ゆかりの回遊式泉水庭園で、1629年(寛永6)、初代藩主・頼房が築いた庭園を、2代光圀(水戸黄門)が改修して完成させた。7万平方m以上の広大な園内には、蓬莱島と徳大寺石を配した大泉水を中心に、ウメ、サクラ、ツツジ、ハナショウブなどが植えられ、四季を通じて情緒豊かな景色が広がる。
http://www.ne.jp/asahi/iidabasi/sanpo/kourakuen/kourakuen.htm
 
○後楽園遊園 「東京ドームシティ」
東京ドーム、東京ドームホテルを中心とする水道橋地区の名称を「東京ドームシティ」と呼んでいます。
年間約3000万人ものお客様が訪れる総合エンターテインメントゾーンです。
2003年5月1日には、「東京の真ん中でリフレッシュを楽しむ」を基本コンセプトに、スパ、アトラクション、ショッピングの3つのゾーンが融合するエンタテインメント商業施設「LaQua(ラクーア)」がオープンし、「観る」「遊ぶ」「くつろぐ」が全て揃ったアーバンリゾートシティとして、皆さまをお待ちしております。
http://www.tokyo-dome.co.jp/cgi-bin/schedule/User/attractions/schedule-attractions.cgi
 
○水道橋(東京都立工芸高等学校・桜蔭高等学校等多い)
水道橋駅(すいどうばしえき)とは、東京都千代田区及び文京区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)中央線・東京都交通局(都営地下鉄)三田線の駅。東京都交通局の駅番号はI-11。JR東日本の駅は千代田区三崎町2丁目、東京都交通局の駅は文京区後楽1丁目にある。
東京都立工芸高等学校
初めて工芸高校を訪れた方は、その自由で個性的な雰囲気に驚かれることでしょう。その雰囲気はどこからくるのか。単に生徒がのびやかに見えるからではありません。
本校の生徒たちは、実習や授業を通じて、自由に発想すること、自分の個性や考えを表現する方法を学んでいます。何かを表現したい、作り出したいというエネルギーが、意欲的で自由闊達な校風を生み出しているのです。
私はしばしば生徒たちから「この学校に来て良かった」という言葉を聞きます。「高校時代は進学や就職までの通過点にしか過ぎない」と思われがちな昨今、工芸高校が若い生徒たちの思い入れの対象になっていることを、非常に嬉しく思います。
http://www.kogei-tky.ed.jp/
桜蔭高等学校
 桜蔭学園は、中学校・高等学校六ヵ年を通じて、一貫した女子教育を実施している。
桜蔭中学校においては、時代に適応した学習と道徳の指導を行って建学の精神である「礼と学び」の心を養い、桜蔭高等学校進学にふさわしい 品性と学識を備えた人間形成を教育の理念として実践につとめている。桜蔭高等学校は中学校の教育を基礎として、豊かな愛情と自主の 精神をもって博く学び、正義の念に基づいて行動する女性の育成が念願である。卒業後は、大学進学を経て社会への参加、よりよい家庭 生活の建設など、各方面に活躍する有能な女性を世に送り出している。
http://www.oin.ed.jp/
 
○給水所公苑「散策」 ○水道博物館「見学」
東京都水道局が管理する本郷給水所の上部の人工地盤上に造成された公苑です。苑内は2つの区画に分かれ、和風庭園では池と四阿(あずまや)を中心として雑木林と流れ、沼を配し、武蔵野を散策するイメージを味わえます。洋風庭園は、フランス式の幾何学的模様でデザインされ、彫刻を中心に両側にあるパーゴラや地球儀、時計に囲まれた色とりどりの花が咲き誇るバラ園となっています。バラ園の入り口は広場となっていて、母子像が設置されています。また、和風庭園の奥の一角には、江戸時代の神田上水が復原展示されています。ここは隣接する水道博物館の野外展示場ともなっています。
http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_kouen_annai_kuritukouen_kouen_hongoukyuusuijyokouen.html
http://ikimono-sumika.cocolog-nifty.com/photos/1/index.html
 
○外堀通り「散策」
接続する主な通り: 八重洲通り (r408)、さくら通り、永代通り (R1, R20)、首都高速都心環状線、江戸通り (r407)、神田金物通り、大神田中央通り、出世不動通り、神田警察通り、靖国通り (r302)、本郷通り (r403)、明大通り、白山通り (r301)、水道橋西通り、目白通り (r8)、大久保通り (r25)、早稲田通り、牛込中央通り、三栄通り、新宿通り (R20)、紀尾井町通り、首都高速4号新宿線、青山通り (R246)、赤坂通り (r413)、六本木通り (r412)、桜田通り (R1)、祝田通り (r301)、愛宕通り (r301)、日比谷通り (r409)、赤レンガ通り、中央通り (R15)、第一京浜 (R15)、昭和通り (r316)、御門通り、花椿通り、交詢社通り、みゆき通り、晴海通り (r304)、松屋通り、マロニエ通り、柳通り、桜通り、鍛冶橋通り
http://seyg.dip.jp/seyg/tokyostreets/street.2006-04-02.9022466990
順天堂大学
 順天堂大学は医学部とスポーツ健康科学部そして医療看護学部の3学部を持ち、「医学」「看護学」「スポーツ」「健康管理学」のそれぞれの分野で多くの実績と高い知名度を有している「健康総合大学」です。これらの学部が残して来た実績は、満足すべき域に達し、名実ともに順天堂大学は日本有数の一流大学と評価されるに到りました。順天堂医学塾は160年以上の歴史を有し、その校章は明治時代から順天堂医院の薬袋に使用されていたもので「仁」の文字を図案化したものであります。人ありて我あり、他を思いやり、慈しむ心「仁」。そのような心を持つ医療人・健康管理者・スポーツ教育者の育成を行なって来ました。
http://www.juntendo.ac.jp/
日本医科大学
日本医科大学には歴史と伝統があります。
1876年(明治9年)日本医科大学の源流である済生学舎が創立されました。その後1904年(明治37年)各種学校令により私立日本医学校として開校し、1912年(明治45年)には私立日本医学専門学校となり、1952年(昭和27年)学制改正により新制日本医科大学が誕生しました。現在、全国各地で日本医科大学卒業生8,000余人が研究者として、臨床家として活躍しております。
ここに新しい世紀を迎え、長い歴史と伝統に育まれた私学の雄としての日本医科大学にも、新しい方向での改革が進められています。
本学の学是には「克己殉公」、教育理念として「愛と研究心を有する質の高い医師と医学者の育成」があります。この精神に基づき国際的にも評価される創造性に富む人間性豊かな医師・医学者の育成を目指しています。
http://college.nms.ac.jp/
 
○御茶ノ水駅(外堀・聖橋等)
御茶ノ水駅(おちゃのみずえき)とは、東京都千代田区と文京区に跨る東日本旅客鉄道(JR東日本)と東京地下鉄(東京メトロ)の駅。東京地下鉄の駅番号はM-20。
神田川(外堀)南側(千代田区側)に東日本旅客鉄道の御茶ノ水駅が、北側(文京区側)に東京地下鉄の御茶ノ水駅がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E8%8C%B6%E3%83%8E%E6%B0%B4%E9%A7%85
http://www.shiosai.squares.net/ochanomizu.html
聖橋
聖橋(ひじりばし)は,関東大震災の復興橋梁として昭和2年7月に完成したものである.橋長92.47m,幅員22mのアーチ橋で,神田川の景観に美しく溶け込んでいる橋として有名であり,一度は写真で見た方も多いのではないかと思う.「聖橋」という橋の名前の由来は,北側にある国指定の史跡で江戸幕府の官学所となっていた「湯島聖堂」と,南側にある国指定の重要文化財でビザンチン風建築の「日本ハリストス正教会復活大聖堂(ニコライ堂)」の両聖堂にちなんでいる.日本文化と西洋文化の両極を結ぶ橋として「聖橋」がある,なんとも不思議でロマンチックな橋である.
 ちなみに,「お茶の水」とは将軍のお茶用の湧き水があったことから名付けられたものであるが,行政上の地名としては存在していない.
http://www.f-banchan.net/tokyo/hijiribasi/hijiribasi.htm
 
○ニコライ堂「見学」   東京復活大聖堂 http://www2.gol.com/users/ocj/
ニコライ堂の正式名称は東京復活大聖堂教会です。
明治17年3月に起工し、明治24年2月に完成したもので、7年の工期を要した建造物です。
当時日本には専門の技師がいなかったので、ロシアの工科大学教授シチュールポフ博士が設計し、英国人ジョサイヤ・コンドル博士が工事を監督したもので、聖堂の高さは35メートル、建坪318坪、壁の厚さは1メートルないし1メートル63センチで、その壮大さは東洋一と称されています。
http://www2.gol.com/users/hrc/
 
○神保町界隈「散策」
神田・神保町でごはん  http://www.246.ne.jp/~uz1/food/kanda.htm
神田神保町界隈 http://nekosuki.org/landscape/index2/kudansbuilding.htm
神保町とその界隈 http://www.keikyu.co.jp/webnagisa/03_10/tokusyu.html
 
○神田駅
神田駅(かんだえき)は、東京都千代田区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)、東京地下鉄(東京メトロ)の駅。東京地下鉄の駅番号はG-13。
神田駅西口商店街 http://www.kandaeki-nishiguchi.or.jp/
神田駅東口一番街 http://www.kanda-1ban.com/
『大好き神田』ホームページ http://www.daisuki-kanda.com/
わが街へようこそ! kanda
 
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26.渋谷から東京オリンピックを懐かしむたび           イメージ
 
 渋谷駅−代々木公園(国立代々木競技場・東京室内水泳場等)−明治神宮−代々木駅−千駄ヶ谷界隈「散策」−明治神宮外苑「国立運動公園(国立陸上競技場・テニスコートなど)散策」−明治記念館「庭園散策」−並木「(安鎮坂・鮫河橋坂等)散策」−赤坂御用地(赤坂迎賓館等)−ホテルニューオータニ「昼食・庭園散策」−豊川稲荷「参拝」−赤坂界隈「散策」−日枝神社「参拝」−首相官邸−国会議事堂「庭園(様式・和式)散策」−霞ヶ関界隈「散策」−日比谷公園「散策・休憩」−有楽町駅
 
○渋谷駅
渋谷駅(しぶやえき)は、東京都渋谷区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)・東京急行電鉄・京王電鉄の駅である。東京地下鉄の駅番号は銀座線はG-01、半蔵門線はZ-01である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E9%A7%85
「渋谷」周辺のオススメ
●「渋谷」周辺のオススメ
・ [人気順] 1位 グルメぴあ 2位 ラブホテル 3位 デパート 4位 居酒屋 5位 カフェ 6位 ビューティーナビ 7位 ホテル 8位 地図 9位 ぐるなび 10位 ファーストフード 
・ [駅住所] 〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂1 渋谷区役所のページへ
・ [近くの駅] 神泉 表参道 代官山 明治神宮前 駒場東大前 原宿 代々木公園 池尻大橋 恵比寿 代々木八幡 
・ 渋谷の映画館 上映スケジュール 詳細は ⇒MovieWalkerのページ
・ SHIBUYA 109 渋谷区道玄坂2-29-1 電話03-3477-5111 営業10:00〜21:00 詳細は ⇒公式ページ
・ 東急本店 渋谷区道玄坂2-24-1 電話03-3477-3111 営業11:00〜 詳細は ⇒公式ページ
・ 東急ハンズ 渋谷区宇田川町12-18 電話03-5489-5111 営業10:00〜20:30 詳細は ⇒公式ページ
・ お花見ガイド 東京のページへ   全国温泉ガイド 東京のページへ
http://xn--i5wq75dpjj.jp/index.html?news=all
 
○代々木公園
 代々木公園はかつて陸軍代々木練兵場であり、戦後になって米軍に接収で「ワシントンハイツ」となり、「東京オリンピック選手村」を経て、公園として整備されました。
 開園当時の若い木々も、立派に成長して、森と水に囲まれた、文字どおり、「都会のオアシス」となっています。
 代々木公園は、道路を挟んで森林公園(北側・A地区)と、陸上競技場・野外ステージのある広場地区(南側・B地区)に分かれています。
 公園の中央に位置する草地広場では、ここに寝転んで空を見上げると、周りを深い森に囲まれて、ポッカリとあいた大きな青空とまぶしい太陽に出会います。
代々木公園では、森林浴と日光浴が同時に体験できます。
― 都心で一番広い空が見られる森林公園 ―
 サイクリングコース(全長1.8km)、バードサンクチュアリー、野外ステージ、イベント広場、陸上競技場(織田フィールド)、サッカー場、バスケットボールコートと自然に近い環境でスポーツも楽しめます。
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/toubuk/yoyogi/index_top.html
 
@国立代々木競技場  http://www.naash.go.jp/yoyogi/index.html
第一体育館概要
建築面積 6,149平方メートル
延べ面積 28,754平方メートル
アリーナ面積 約4,000平方メートル
(南北最大47.7m/東西最大約96m)
収容人員 13,291名
スタンド席9,079名/ロイヤルボックス88名/アリーナ席4,124名
オリンピックプール公開当時は、50m×8コースの競泳用プールと飛込用プール及び飛込台がありました。
第二体育館概要
建築面積 3,871平方メートル
延べ面積 6,947平方メートル
アリーナ面積 1,300平方メートル
収容人員 3,202名
(移動席314名含む)
 
A東京室内水泳場等 http://www.naash.go.jp/yoyogi/indoor50_sisetu.html
プール概要
6コース(50m×12m)
水深 1.25m
プールサイドは狭いので、利用の際はご注意ください。
プールフロアなどは数に限りがあるので、譲り合ってお使いください。
 
○明治神宮
明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、清らかで森厳な内苑を中心に、聖徳記念絵画館を始め数多くの優れたスポーツ施設を持つ外苑と、結婚式とセレモニー、パーティー会場の明治記念館とからなっています。
 内・外苑一帯にわたって鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本、365種の人工林で、面積は70万平方メートル、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています。
http://www.meijijingu.or.jp/index.html
 
○代々木駅
代々木駅(よよぎえき)は、東京都渋谷区代々木1丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)と東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。東京都交通局の駅番号はE-26である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%A3%E3%80%85%E6%9C%A8%E9%A7%85
 
○千駄ヶ谷界隈「散策」 千駄ヶ谷の美味しいお店
千駄ヶ谷の美味しいお店ときいて、まっさきに皆さんが思い浮かべるのは、「ホープ軒」ではないでしょうか?「ホープ軒」は間違いなく千駄ヶ谷で一番有名なお店です。現在のラーメンブームの火付け役といっても過言ではありません。タクシー運転手がその噂を広めたという話しは有名ですが、実は隣にあるビクター青山スタジオを利用するサザンオールスターズらミュージシャン達から噂が広まったという話しもございます。
将棋の総本山、将棋会館があるため、将棋の町として有名な千駄ヶ谷ですが、実はアパレルの町としても有名です。50件以上のアパレルメーカーがひしめき合ってます。バーゲン時期に千駄ヶ谷をぶらぶらしていると、様々なアパレルでサンプル品・アウトレット品等が格安で出回っており、穴場といえるでしょう。日本でスターバックスコーヒーやアフタヌーンティー、アニエス.b等の運営を行っているサザビーの本社も千駄ヶ谷にあります。千駄ヶ谷のサザビー本社にて、スターバックスコーヒー、アフタヌーンティーベーカリーが飲食店鋪として入っています。(いってみればここがスターバックスの日本本店ともいえるのかも。)連日盛況で、様々な芸能人の方も良く見かけます。もう有名すぎて、休日はかなり混合ってますので、ご注意を。
http://www.otomeru.com/omise.html
 
○明治神宮外苑
明治天皇・昭憲皇太后二柱の御神霊をお祀りする荘厳な内苑(明治神宮)に対し、明治神宮外苑は、大正15年に建設された御祭神のご遺徳を顕彰する聖徳記念絵画館を中心に、健全な青少年の育成を目的に、野球場、テニスコート、ゴルフ練習場、フットサルコート等、近代的な各種スポーツ施設が完備され、体力の向上や心身鍛錬の場として大いに活用されるとともに、世界的にも有名なイチョウ並木や、苑周の遊歩を楽しむ憩いの苑として、多くの人々に親しまれています。
http://www.meijijingugaien.jp/
 
○国立運動公園(国立陸上競技場・テニスコートなど)散策」
 陸上競技、サッカー、ラグビーの「聖地」として名高い国立競技場(正式名称:国立霞ヶ丘競技場・陸上競技場)・・・。東京オリンピックの開会式の会場であったことはあまりにも有名ですが、実は、その少し前に開催されたアジア大会のために建設されたというのはご存知ですか?また、いつ、どのように建設され、どのような歴史を辿ってきたか、ご存知ですか?なんと、国立競技場の歴史は、大正時代まで遡ります。
 それでは、この国立競技場の"これまで"をご紹介しましょう。
〜 日本で初めての本格的陸上競技場の誕生 〜
 国立競技場の前身は「明治神宮外苑競技場」(以下、神宮競技場)であり、大正13年10月に、日本で初めての、そして東洋一の本格的陸上競技場として、青山練兵場跡地であったこの地に建設されました。神宮競技場は、大正8年12月に工事が着工されましたが、その後、物価の高騰や関東大震災の被災者の収容施設になったりで工事が中断され、大正13年3月にやっと工事が再開され、同年10月に完成となりました。
 この神宮競技場は、陸上競技のみならず、サッカー、ラグビーなども行われ、総合競技場として利用されていました。陸上競技では、織田幹雄氏が三段跳で、南部忠平氏が走幅跳で世界記録を樹立するなど、多くの名選手を生み出しています。一方で、第2次世界大戦中に学徒出陣の壮行会が行われたり、敗戦後は連合軍に接収され、「ナイルキニック・スタジアム」と名をかえて使用されたりと、暗い時代もありました。 
国立競技場概要
敷地面積 73,958平方メートル
建築面積 33,716平方メートル
スタンド面積 25,346平方メートル
構造 鉄筋コンクリート造一部鉄骨5階建て
収容人員 50,339名(車椅子席40席を含む)
芝生面積 7,597平方メートル(107メートル×71メートル)
(夏芝:ティフトン、冬芝:ペレニアルライグラスによる二毛作で通年緑化を実施)
http://www.naash.go.jp/kokuritu/
 
○明治記念館「庭園散策」
今年迎える開館60周年を記念し、個性的な会場がぞくぞく誕生。
お気に入りの会場をみつけて。[掲載サイト:イベント&ニュース]
http://www.meijikinenkan.gr.jp/
 
○安鎮坂
付近に安鎮(珍)大権現の小社があったので坂の名になった。武士の名からできた付近の地名によって権田原坂ともいう(標識より)
http://www.uchiyama.info/oriori/insho/saka/antin/
 
○鮫河橋坂
南元町公園の案内図の説明の一部
みなみもと町公園一帯は、昔から低い土地で、ヨシなどの繁った池沼があり、周囲の土地からわきだす水をたたえ、東南の方向へ流れて鮫河となり、赤坂の溜池にそそいでいました。
 鮫河には橋が架かっていて、鮫河橋と呼ばれていました。鮫河橋は「江戸名所図会」にもとりあげられて有名になったので、この付近一帯を鮫河橋と呼んだ時代があり、今でもみなみもと町公園前の坂に「鮫河橋坂」という名前を残しています。
約300m、勾配は7%ぐらい。
坂上に向かって右に迎賓館、坂上左には学習院初等科。
広く気分のいい道で。坂下からは安鎮坂の上りになる。
http://f27.aaa.livedoor.jp/~takaji/bistaliall_175.htm
 
○赤坂御用地(赤坂迎賓館等)  http://www.kunaicho.go.jp/07/d07-02gr-01.html
東宮御所のある敷地一帯を赤坂御用地といい、江戸時代には紀州徳川家の下屋敷(紀州藩赤坂藩邸)が明治時代になって皇室に献上されたものである。御用地内には現在、東宮御所の他、秋篠宮邸、三笠宮邸、ェ仁親王邸、高円宮邸、並びに赤坂東邸(旧東宮仮御所)がある。御用地の中央には池を中心とした回遊式庭園があり赤坂御苑と呼ばれ、昭和38年以来、園遊会会場としてテレビ・新聞などで国民にも馴染みが深い。また、赤坂御苑の北東には迎賓館(旧赤坂離宮)があり、外国賓客の接遇に用いられる。
東宮御所
東宮御所(とうぐうごしょ)とは、皇太子の居所を指す。単に東宮とも。
古くは内裏内の昭陽舎をあてていたが、鎌倉時代以後は小御所で儀式を行うのが慣例であった。
現在の東宮御所は、東京都港区元赤坂二丁目に所在する。今上天皇の皇太子時代の住居として、貞明皇后の大宮御所の跡地に建設され、1960年4月に落成した。谷口吉郎の設計による鉄筋コンクリート地上二階、地下一階建てで、御所と事務棟に分かれる。御所は更に表公室と奥私室に分かれる。今上天皇が皇位を継承し皇居内の御所に移るまでは、赤坂御所と呼称した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%AE%AE%E5%BE%A1%E6%89%80
赤坂迎賓館  赤坂迎賓館写真集 http://www2u.biglobe.ne.jp/~hirakatu/akasakageihinkan-photo.htm
迎賓館(げいひんかん)とは、外国の王族、大統領、首相などの国賓を迎え入れたときに、宿泊等の接遇を行う施設である。
接宴として天皇、皇族などが臨席し晩餐会が行なわれることもある。
日本の迎賓館は、現在東京赤坂の迎賓館と京都市上京区の京都御苑内の京都迎賓館があり、内閣府の施設等機関である。通常非公開だが、事前の申し込みにより、接遇に支障のない時期のみ一般参観をすることができる。
赤坂迎賓館迎賓館の使用については「迎賓館運営大綱について」(1974年(昭和49年)7月9日、閣議決定)、国・公賓の定義および接遇内容については「国賓及び公賓の接遇について」(1984年(昭和59年)3月16日、閣議決定)等により定められている。これらの規定によれば、迎賓館での宿泊及び接遇を行うことが出来るのは、外国の元首またはこれに準する者で、国賓(天皇の賓客)として招請することを閣議決定した場合である。また、行政府以外の三権の長相当の外国の賓客についても、閣議決定により宿泊することが出来る。さらに、首脳外交など実務を目的として訪日する外国の元首・首相その他に対しては「公式実務訪問賓客」として宿泊を伴わない招宴その他の接遇も行われている。過去3回行われた東京サミットなどの多国間国際会議も、この接遇範疇に該当する行事として実施されている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%8E%E8%B3%93%E9%A4%A8
 
○ホテルニューオータニ「昼食・庭園散策」  http://www.newotani.co.jp/tokyo/index.html
 400年余りの歴史を有し、江戸城外堀に囲まれた約4万uの広大なホテルニューオータニの日本庭園は、 東京名園の1つに数えられています。
 四季折々の花々が咲き乱れ、樹木が濃い木陰をつくり、池泉廻遊式の日本庭園は、 ホテルニューオータニのシンボルとなっています。 また、ホテルを訪れる方々にとっては、都心にあって都会の喧騒を離れ、心行くまで日本情緒にひたることができる安らぎの場所となっております。
http://www.newotani.co.jp/group/garden/index.html
 
○豊川稲荷「参拝」
豊川稲荷とは、昔、順徳天皇第三皇太子である寒巖禅師が感得された、「稲穂を荷い白狐に跨り給う端麗なお姿」の豊川ダ枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)という霊験あらたかな仏法守護の善神です。
 当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公が信仰された由緒あるご尊像を、明治20年にもと赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に奉還し、愛知県豊川閣の直轄の別院となり今日に至ったものです。
http://www.246.ne.jp/~ziggy/
 
○赤坂界隈「散策」
四谷、赤坂、永田町あたりは一駅移動しようと思っても可なり困難です。ホームを移動したり、地下深くもぐったり、等。
お天気の良い日は歩いて移動します。
http://4travel.travel.msn.co.jp/e/msn/traveler/imo87/album/10128448/
 
○日枝神社「参拝」
 当社は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、さらに文明十年(1478)太田道灌公が江戸の地を相して築城するにあたり、鎮護の神として川越山王社を勧請し、神威赫赫として江戸の町の繁栄の礎を築きました。
やがて天正十八年(1590)徳川家康公が江戸に移封され、江戸城を居城とするに至って「城内鎮守の社」「徳川歴朝の産神」として、又江戸市民からは「江戸郷の総氏神」「江戸の産神」として崇敬されました。
http://www.hiejinja.net/jinja/index.html
 
○首相官邸  http://www.kantei.go.jp/
現在の官邸は2002年(平成14年)4月22日から使用されている。地上5階、地下1階の鉄骨鉄筋コンクリート構造。最上階である5階には内閣総理大臣、内閣官房長官、内閣官房副長官の執務室、4階には閣議室、内閣執務室が置かれ、この2層に執務機能が集中している。3階は事務室と玄関ホール、2階にはレセプションルーム(大小のホール)と貴賓室が設けられている。1階は記者会見室や記者クラブなど広報関係の施設がある。地階は危機管理センターとなっている。また、屋上にはヘリポートが設置されている。傾斜地に作られているため、西側の入口は1階だが、東側にある正面の出入り口は3階となっている。同敷地内に官房長官公邸、宿舎等がある。
工事の際、山王パークタワーやキャピトル東急ホテルといった高層ビルが新官邸に隣接していることが懸案となり、官邸からは、高層ビルに面した側から窓を取り除くなどの設計変更のうえ、高層ビルに対しては、官邸に面した窓が開かないように改造させた。さらに、テロ対策を目的として、敷地は高さ5メートル以上のコンクリート製防護壁で囲まれている。周辺の道路は警察官によって封鎖され、歩行者は基本的に通行できるものの、一般車両の通行は規制されている。総理大臣官邸の警備は、敷地内は警視庁警備部警護課総理大臣官邸警備隊が担当し、敷地周辺は警視庁警備部機動隊(計9隊)が持ち回りで担当している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%96%E7%9B%B8%E5%AE%98%E9%82%B8
 
○国会議事堂「庭園(様式・和式)散策」   http://www.rikkokai.or.jp/kokkai.htm
国会議事堂(こっかいぎじどう)は、国会が開催される建物。1936年(昭和11年)に帝国議会議事堂として建設された。東京都千代田区永田町一丁目にある。
正面からみて左側に衆議院、右側に参議院(旧貴族院)の議場が配置されており、各議院の施設もそれぞれの側に割り振られている。建物は左右対称形をなすが、国会議事堂内の各議院の管理範囲は純粋な対称ではなく、中央部の中央玄関、中央広間、御休所、中央塔は参議院の所管とされていて、その警備や施設の維持は参議院が行っている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E4%BA%8B%E5%A0%82
 
○霞ヶ関界隈「散策」   霞ヶ関の歴史 http://www.mlit.go.jp/gobuild/kasumi/history/kasumi_history.htm
「霞ヶ関」という地名の由来には諸説あり、古くは、日本武尊が蝦夷に備えて設けられたもので、雲霞を隔てる地であったことからつけられたという伝説があり、平安期より歌枕の地として多くの和歌によまれています。また江戸期以前、荏原郡の東境にあった奥州路の関名によるといい、江戸期には坂名となり、汎称として用いられました。明治五年、東京府の町名「霞ヶ関」となり、昭和四十二年、地名変更により、現在の霞が関一〜三丁目・永田町となりました。(角川日本地名大辞典より)
中央合同庁舎第2号館の桜田通りの側に「霞ヶ関跡」の碑が建っています。
 
○日比谷公園「散策・休憩」
明治36年、皇居の南に日本で最初に都市計画により誕生した洋風の近代的な都市公園で、霞ヶ関、銀座、新橋に接し、ビジネス街の緑のオアシスとして大いに利用され、また、四季花が絶えることがない。園内には公会堂、大小音楽堂、図書館など大規模施設を含み、数々のイベントも年間を通じて開催されている。
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/toubuk/hibiya/index_top.html
 
○有楽町駅
有楽町駅(ゆうらくちょうえき)は、東京都千代田区有楽町二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)および東京地下鉄(東京メトロ)の駅。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A5%BD%E7%94%BA%E9%A7%85
                                     東京見出しに戻る
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27.代々木から神社・墓地,新しい街・自然園を巡るたび    イメージ
 
 代々木駅−明治神宮「参拝」−原宿駅−竹下通り「散策」−東郷神社「参拝」−表参道・青山界隈「散策」−南青山−青山墓地「著名人の墓・拝観」−根津美術館「拝観」−六本木ヒルズ「昼食・散策」−麻布十番温泉−麻布十番通り「散策」−麻布十番「散策」−仙台坂−有栖川宮記念公園「散策」−南麻布「散策」−氷川神社「参拝」−八方園「庭園・散策」−白金界隈「散策」−白銀台(国立自然教育園「散策」・東京都庭園美術館「見学」)−目黒駅「夕食」
 
○代々木駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%A3%E3%80%85%E6%9C%A8%E9%A7%85
JR東日本
2面2線の相対式ホームが1面2線の島式ホームをはさむ形の、合計3面4線の高架駅。2番線と3番線で島式ホームを共用していて、四ツ谷方面から渋谷方面への乗り換えは同一ホームで可能。四ツ谷方面から池袋方面への乗り換えは新宿駅で行なうのが通常である。
出口は3箇所ある。但し、東口は非常に狭い。西口と北口はすぐ大江戸線の乗り換え口がある。
代々木アニメーション学院の最寄り駅のため、駅構内には同校のアニメ調の広告が非常に多い。
 
○明治神宮「参拝」  http://www.meijijingu.or.jp/index.html
明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、清らかで森厳な内苑を中心に、聖徳記念絵画館を始め数多くの優れたスポーツ施設を持つ外苑と、結婚式とセレモニー、パーティー会場の明治記念館とからなっています。
 内・外苑一帯にわたって鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本、365種の人工林で、面積は70万平方メートル、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています
 
○原宿駅   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AE%BF%E9%A7%85
通常は島式1面2線のホームが使われる。外回り線に臨時ホーム(明治神宮参詣などの多客期のみ使用)がある。
正月には隣の明治神宮への臨時出口が設けられる。この臨時出口は自動改札機の代わりに、簡易Suica改札機が設置されている。臨時券売機で買った乗車券は係員に見せるだけで入場できるが、下車駅では自動改札機のゲートが「入場履歴がありません」と表示されて閉まるため、下車駅では係員のいる通路を通る必要があるという不便な問題点もある。
山手線の発車メロディは外回り、内回り共に原宿駅オリジナルで、他駅では流れないメロディーが使われている。臨時ホームでは発車ベルが使われる。
代々木駅寄りにお召し列車専用列車の発着ホーム(原宿駅側部乗降場、通称「宮廷ホーム」)がある。最近はほとんど使われていないが、今上天皇(明仁天皇)以外は皇族方でも利用できない(過去に何度か一般公開されたことはある)。
駅舎は1925年に竣工した木造建築で、東京都内で現存する木造駅舎で最も古いものとなっている(2番目は国立駅だったが解体され、現在の2番目は武蔵小金井駅である)。
トイレは表参道口改札内にある。
 
○竹下通り「散策」  原宿竹下通り商店会「地図」 http://www.cafe-crepe.co.jp/takeshitamap.html
竹下通りは全国各地から若者が集まってくる商業エリアである.かつては歩行者天国のタケノコ族などを生み出した若者の街であるが,今となっては年齢層が下がり,渋谷よりもさらに若い中学〜高校生をターゲットにした感のある地域で,いろんな雑貨を求める人々でごった返している.その竹下通りを突き抜けると,最近流行になった「裏原宿」と呼ばれる地域となり,ここは裏路地にこじんまりとショップを出している店が次々と集まって,いつの間にか街全体がヒューマンスケールの迷宮ショッピングゾーンとなっているようなところ(下北沢や自由が丘に似ている)である.表参道交差点までの点景をどうぞ・・・.
http://www.f-banchan.net/tokyo/harajuku/takesitadori.htm
 
○東郷神社「参拝」  http://www.dentan.jp/harajyuku/togou/togou01.html
御神体は、日露戦争の日本海大海戦でロシアバルチック艦隊を殲滅した連合艦隊司令長官 東郷平八郎(1847-1934)とている。
昭和9年に東郷提督が死去するや、故人が神格されるのを固辞していたにもかかわらず世界的英雄をである顕彰する要望が全国から相次ぎ、「財団法人東郷元帥記念会」を設立。
神社の創建が計画され、昭和12年9月に地鎮祭、昭和15年5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭がおこなわれ現在に至。
 
○表参道・青山界隈「散策」  http://www.omote-sando.com/
表参道エリアガイド -青山、表参道 原宿エリアガイド。レストラン、カフェ、ショップ、お稽古、イベント情報。メルマガ発行.
 
○南青山  http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%EE%C0%C4%BB%B3
カテゴリー: 地理; ウェブ検索: 「南青山」をはてな検索で検索; ショッピング: 「南青山」を楽天市場で検索; オークション: 「南青山」をYahoo!オークションで検索; 宿泊: 「南青山」の宿泊施設をでじゃらんで検索; 内容スコア: ...
 
○青山墓地「著名人の墓・拝観」  http://www.ehills.co.jp/rp/dfw/EHILLS/townguide/park/park4.php
青山という、まさに都心の一等地に約26ヘクタールという広大な敷地を持つ青山霊園は、日本初の公営墓地として130年以上の歴史ある場所。自然豊かな「公園墓地」としての側面も持ち、園内中央を走る約1.7キロの桜並木は、都内有数の桜の名所としても知られる。一方で、歴史に残る多くの著名人の墓所もあり、自然に触れながら、歴史探索も兼ねられる貴重な散策スポットだ。
 
○根津美術館「拝観」  http://www.nezu-muse.or.jp/index.html
美術館のおいたちと収集品
 当館は、昭和15年に初代根津嘉一郎によって創立され、翌年開館しました。蔵品の基幹となっているのは、創立者根津翁の収集になる東洋古美術品で、絵画、書跡、彫刻、陶磁、漆芸、金工、木竹工、染織そして考古と多岐にわたり、それぞれの分野に数々の名品が含まれております。茶の湯の道具と仏教美術はことに内容の豊かなものとして知られ、中国商周時代の青銅器も世界的に著名な蔵品です。
 先代根津翁が自らを青山と号し、茶の湯にいそしむようになったのは、明治42年に渡米した頃からのことで、齢五十を迎えた頃であったといわれています。茶事を行うとともにその道具の収集にも心を傾けたことはいうまでもないことでありました。伝牧谿筆の漁村夕照図など宋元の絵画や墨跡、青磁竹ノ子花生や大内筒の名で知られる青磁筒花生、永正銘のある古蘆屋松梅文真形霰釜、松屋肩衝茶入、黄瀬戸宝珠香合、柴田井戸や蓑虫の銘をもつ高麗茶碗など、その優品は枚挙にいとまがありません。
 
○六本木ヒルズ「昼食・散策」  http://www.roppongihills.com/jp/index.html
六本木ヒルズの旬の情報や知られざる一面をクローズアップしていきます。
*バックナンバーには、終了したイベントの情報も含まれておりますが、ご了承ください。
 
○麻布十番温泉  http://www.asahi-net.or.jp/~UE3T-CB/spa/azabujuban/azabujuban.htm
麻布十番は六本木に近いが、下町の雰囲気が残っている独特の商店街だ。ここにある麻布十番温泉はその昔にも何度か行ったことがあるが、近くに六本木ヒルズができたので見物帰りに寄ってみることにした。
麻布十番温泉は、老舗の鯛焼き屋や煎餅屋が残る麻布十番商店街の西の端で、六本木からの 鳥居坂を下りきったところにある。戦後すぐ掘り当てた温泉で1949年からある。現時の温泉施設は5階建てビルの3階にある。
 
○麻布十番「散策」 麻布十番商店街 http://www.azabujuban.or.jp/index.html
赤い靴の女の子(きみちゃん像)
 誰もが知っている童謡、野口雨情の「赤い靴」のもととなった悲しい実話。
 誰もが知っている野口雨情の「赤い靴」。
 この童謡は大正10年に書かれ翌11年に本居長世が作曲したものです。
 女の子の名は「岩崎きみ」。明治35年7月15日、日本平の麓、静岡県旧不二見村(現在の静岡市清水区宮加三)で生まれました。
 きみちゃんは赤ちゃんのとき、いろいろな事情で母親「岩崎かよ」につれられて北海道に渡ります。
 母親に再婚の話がもちあがり、かよは夫の鈴木志郎と開拓農場に入植することになります。
 当時の開拓地の想像を絶する厳しさから、かよはやむなく三歳のきみちゃんをアメリカ人宣教師チャールズ・ヒュウエット夫妻の養女に出します。
 かよと鈴木志郎は開拓農場で懸命に働きますが、静岡から呼んだかよの弟「辰蔵」を過酷な労働の中で無くし、また、開拓小屋の火事など努力の甲斐なく失意のうちに札幌に引き上げます。
 夫の志郎は北鳴新報という小さな新聞社に職を見つけ、同じ頃この新聞社に勤めていた野口雨情と親交を持つようになります。
 かよは世間話のつれづれに、自分のおなかを痛めた女の子を外人の養女に出したことを話したのでしょう。「きみちゃんはアメリカできっと幸せに暮らしていますよ。」こんな会話の中で、詩人野中雨情の脳裏に赤い靴の女の子のイメージが刻まれ、「赤い靴の女の子」の詩が生まれたのです。
 きみちゃんの亡くなった孤児院、それは明治10年から大正12年まで麻布永坂にあった鳥居坂教会の孤児院でした。今、十番稲荷神社のあるところ、旧永坂町50番地にあったこの孤児院は女子の孤児を収容する孤児院として「麻布区市」にも書かれています。
 
○仙台坂  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%9D%82
仙台坂下と仙台坂上のちょうど中程に大韓民国(韓国)大使館がある。そのため、街宣右翼の街宣車が南麻布1丁目から突入を図ってくる事が多い為、この周辺は警備が毎日物々しい。また、韓国料理店も比較的多い。なお、サントリー・サタデー・ウェイティング・バーに登場するイタリアンレストラン、アバンティーは『仙台坂上のこのあたり』にあるとされる。
 
○有栖川宮記念公園「散策」  http://jin3.jp/annai/arisugawa.htm
 
都心にあるとは思えないほどひっそりとしています。日本古来の林泉式の景観と、起伏のある自然を生かした庭園です。
 もともと忠臣蔵で有名な浅野家の下屋敷があったところです。後に盛岡藩南部美濃守の屋敷になり、明治29年(1896)に皇族有栖川宮家の御用地に、大正7年(1913)には高松宮家の御用地なっていました。昭和9年(1934)1月5日、有栖川宮威仁(たけひと)親王の二十周忌のご命日に公園用地として賜与され、東京市は同年11月17日公園として開放しました。現在は港区立の公園で、広さは約67560平米、敷地内には都立中央図書館、麻布運動場もあります。
 近くには南部坂、木下坂、盛岡グランドの名が残り昔を偲ばせています。地下鉄日比谷線「広尾駅」が近いですが、麻布十番からも閑静な住宅街を見物しながら15分ほどです。
 
○南麻布「散策」  http://ameblo.jp/azabutime/theme-10000802702.html
南フランス プロヴァンス地方の歴史的都市アビニヨンに近いカルパントラに本店を置く、親子三代にわたって受け継がれてきたパティストリーショップの日本基幹店です。
プロヴァンス地方の四季折々の果物や豊かな自然の恵みを生かしながら伝統的な製法により生まれたコンフィズリーやチョコレートが提供しています。
広尾店はサロン ドゥ テ(ティールーム)を併設していて、ちょっとした寛ぎの空間があります。
 
○赤坂氷川神社「参拝」  http://www.akasakahikawa.or.jp/yuisyo/index.html
由緒・沿革
創立の起源は、古い書物によると、天歴5年(村上天皇 951年)武州豊島郡人次ヶ原(俗称…古呂故ヶ岡・赤坂4丁目一ツ木台地)に祀られました。
これよりおよそ百年後の治歴2年(後冷泉天皇 1066年)、関東に大旱魃が発生、降雨を祈るとその霊験(しるし)があり、以来よく祭事が行われました。
江戸時代、幕府の尊信は篤く、八代将軍 徳川吉宗公が享保元年(1716年)将軍職を継ぐに至り、同14年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(豊島郡赤坂今井台)に現社殿を造営、翌15年(1730年)4月26日に、一ツ木台地から現在地への遷宮が行われ、28日に将軍直々の御参拝がありました。
以後十四代家茂公まで歴代の朱印状(※港区文化財)を下附され、一層の御神徳を高め、開運・厄除・良縁の鎮守神として尊崇を深められました。
 
○八方園「庭園・散策」  http://www.happo-en.com/index.php
八芳園は、昭和18年創業以来、豊かな自然環境つくりと、食生活への奉仕を通して、社会に貢献してまいりました。人間性回復が叫ばれる今日、八芳園の広大な庭園は、都会の喧騒を忘れ、憩いのひとときを過ごせる数少ない環境として国内・海外の方々に愛され親しまれております。四季折々の景観を生かし、結婚式場、宴集会、園遊会の他レストラン等の営業をしており、経済界の動きが刻々と変化する中で、八芳園は著しい成長を遂げております。これは激変する経済情勢や、顧客のニーズを素早くキャッチし、柔軟に対応していればこそ。即ち総合経営力の強化を推進させてきたからです。
 
○白金界隈「散策」  http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/040619/index.html
地下鉄白金台駅からプラチナストリートを往復する間に様々なショップが軒を連ねています。
<白金プラチナストリート>
モノエディションモーダ、利庵、マリナ・ド・ブルボン、アッシュバッハ、 Harraca(アラカ)、ルクソール、CINA CINA、レ・カイエ、ダルブルズバー、スギノキヤ、箒庵、アダム エ ロペ、ショコラティエ エリカ、六本木美容室、アーフェリーク、ブルーポイント、ラ・ポエム白金、 OZAWA、THE HOUSE Shirogane、デュアルビュー、ハンナシグラ
 
○白銀台  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%87%91%E5%8F%B0
白金台(しろかねだい)は、東京都港区にある地名。当地域の人口は、9,961人(2007年6月1日現在、住民基本台帳による。港区調べ)
高級住宅地として知られ、文教地区でもある。
近年高所得の住民が住むようになり、その専業主婦はマスコミにより「シロガネーゼ」として知られるようになった。
なお、住居表示が実施される前の本来の白金台町は、目黒通り沿いの極めて細長い地域と旧白金御料地(現在の国立科学博物館付属自然教育園・東京都庭園美術館)だけであった。
また、町名の白金台は正しくは「しろかねだい」と発音し、「しろがねだい」ではない。一般にはどちらの読み方もされてきたが、
もともと町名の起源となった白金長者(応永年間に白金地区を開墾した柳下上総介)は、白金(しろがね=プラチナ)ではなく、大量の銀(しろかね)を保有していたために白金長者と呼ばれるようになったこと
それを裏付けるように、『小田原衆所領役帳』では「白銀」と記されていること
などの歴史的事情を考慮して、1969年(昭和44年)1月1日に白金地区に住居表示が実施された際、港区が「しろかねだい」を正式町名として採用したという経緯がある。
 
@国立自然教育園「散策」 http://www.ins.kahaku.go.jp/
一般的な植物園や庭園と違い、自然の移りゆくままという独特の考え方の元に、
できる限り自然の本来の姿に近い状態で残しています。
また、一部には「教材園」を設け、昔から東京にある植物群落を再現しています。
様々な研究活動のほか、土日などは専門の職員がそれぞれの分野に沿って園内を案内解説する
教育普及活動にも力を入れてます。
 
A東京都庭園美術館「見学」 http://www.teien-art-museum.ne.jp/index.html
東京都庭園美術館は朝香宮[あさかのみや]邸(朝香宮殿下は久邇宮[くにのみや]家第8王子、妃殿下は明治天皇第8皇女)として1933年(昭和8年) に建てられた建物を、そのまま美術館として公開したものです。戦後の一時期、外務大臣・首相公邸、国の迎賓館などとして使われてきましたが、建設から半世紀後の1983年(昭和58年)10月 1日、美術館として新しく生まれかわりました。
 この建物は1920年代から1930年代にかけてヨーロッパの装飾美術を席巻したアール・デコ様式を 現在に伝えるものです。フランス人デザイナーが、主要部分を設計、内部装飾もフランスをはじめとする 外国から輸入されたものが多用されています。また基本設計と内装の一部は宮内省内匠寮[たくみりょう]の建築家が担当 し、アール・デコ様式に日本独特の感性を付け加えています。 当館は従来の美術館とは異なり、建物自体が美術品といえます。そして、作品とその観賞空間との間に 交感が生まれるような、新しい美術鑑賞の在り方を提案しています。美術館は広大な緑溢れる庭園に囲まれ、自然と建物と美術作品があわせて楽しめる環境に恵まれ、そこに庭園美術館の名も由来しています。
 
B目黒駅「夕食」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE%E9%BB%92%E9%A7%85
目黒駅(めぐろえき)は、東京都品川区上大崎二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)、東京急行電鉄(東急電鉄)・東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。東京地下鉄・都営地下鉄には駅番号があり、南北線はN-01、三田線はI-01。
東京急行電鉄・東京地下鉄・都営地下鉄の三社局間では、この駅を介して相互直通運転が実施されている。
 
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28.東武下赤塚から高島平,東京大仏を巡るたび        イメージ
 
 東武下赤塚駅−赤塚通り商店街−赤塚中央通り−松月院−乗蓮寺−不動の滝−板橋区立美術館−赤塚溜池公園−諏訪神社−赤塚公園−高島平団地−都営高島平
 
○東武下赤塚駅 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E8%B5%A4%E5%A1%9A%E9%A7%85
赤塚駅(しもあかつかえき)は、東京都板橋区赤塚新町1丁目23番1号にある、東武鉄道東上本線の駅である。駅名はかつての下赤塚村に由来する。地名の由来については赤塚を参照。
http://ringono.nengu.jp/data/st057.htm
 
○赤塚通り商店街  http://www.cripep.com/tdtv/archives/akatsuka/
東武東上線下赤塚駅または営団有楽町線営団赤塚駅から歩いて20分!赤塚城二の丸跡にある、乗蓮寺にいます。この大仏さんは阿弥陀如来さんだそうです。1972年に乗蓮寺の住職さんが発案して、3年の時間をかけて完成しました。
とにかく黒い!見事なまでに黒光りしています。
お守りと一緒に、ミニ大仏も販売されているので、ご興味のある人は、ぜひ!
 
○赤塚中央通り  http://www.yomiuri.co.jp/homeguide/walk/20060616hg0d.htm
東武東上線で池袋から約15分。東京メトロ有楽町線の地下鉄赤塚駅に隣接する下赤塚駅は、板橋区の西の端、練馬区との境に位置する古くからの住宅街だ。賑やかな商店街のある駅前から少し足を延ばせば、知る人ぞ知る「東京大仏」や入場無料の植物園など、見どころも多い。
http://guide.ekitan.com/shimoakatsuka/archive/4
 
○松月院  http://210.141.236.67/seibun/jukkei/06shogetuin.htm
赤塚城に居城した千葉自胤が開基と伝えられ、徳川家康より朱印地40石を寄進された格式ある寺院です。また、高島秋帆が徳丸ケ原で日本最初の洋式砲術訓練を行ったときの本陣でした。院内にある宝物館には、千葉氏寄進状・徳川朱印状など多数の由緒ある文化財が保存されています
 
○乗蓮寺  http://www.asahi-net.or.jp/~va5n-okmt/tokyo_sanpo/tokyo_annai/tokyo_daibutsu/index.html
乗蓮寺は、高速道路の建設にともなって、昭和48年に板橋区仲宿から赤塚に移転してきました。境内の東京大仏(阿弥陀如来)は昭和52年に完成。大仏は青銅(ブロンズ)製で、重量32トン(上記参考URLでは22トンとなっていますが、大仏前にある掲示では32トン)、高さは基壇が地上2メートル、蓮台2.3メートル、座高8.2メートルの計12.5メートル。
 境内には、理由は知りませんが津藩藤堂家ゆかりの石像がいくつもあります。また七福神の石像も並んでいたりするので、ここだけで七福神めぐりができたりします(^_^;)。
 乗蓮寺の近くには赤塚植物園があります。こじんまりした植物園ですが、本当にすぐ近くなので、花の季節には立ち寄るのも良いと思います。板橋区郷土資料館や美術館もありますので、興味があればどうぞ。
 
○不動の滝  http://kkubota.cool.ne.jp/fudounotaki.htm
赤塚不動の滝
江戸中期以降に流行した「大山詣り」「富士詣り」の道者が出発の際、滝行をして身を清めた「禊場」の遺跡という。現在も信者によってよく清掃され垢離場の雰囲気を強く残している。
いかなる旱魃の年にも涸れたことはないという滝も鍾乳石状に伸びた岩の先から染み出るように落ちているだけだが、周囲にはピンと張り詰めた霊気のようなものが漂っている。
名水巡礼東京八十八ヵ所
 
○板橋区立美術館  http://www.city.itabashi.tokyo.jp/art/
昭和54年5月、東京都23区内初の区立美術館として開設されました。
付近には区立郷土資料館・区立赤塚植物園などの施設の他、「江戸名所絵図」にも描かれている松月院や東京大仏で有名な乗蓮寺、赤塚城址などの史跡も多く、手頃な散歩コースとなっています。
収蔵品は、近世絵画については江戸狩野派を中心とした江戸時代の古美術、近・現代の洋画は、大正から昭和前期までの前衛美術作品、また、池袋アトリエ村や区内ゆかりの作家などの作品を収蔵方針としています。
展示活動としては、江戸から東京という生活基盤に根ざした「江戸文化シリーズ」や「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」「区内作家シリーズ」など、ユニークな展覧会を開催しています。
 
○赤塚溜池公園  http://www.gtf.tv/blog/?special=entertainment&topicid=2380
昭和43年に開園。池の周囲に200本ほどの梅が植えられていて、毎年梅祭が行われることで有名。
 
○諏訪神社  http://www.enjoytokyo.jp/OD004Detail.html?EVENT_ID=29543
五穀豊穣と子孫繁栄を祈願し神に奉納する。稲作の作業内容を唱え言葉と所作によって表現し、神に奉納する。豊作を祈願する予祝の祭り。
田遊びは、旧正月にその年の五穀豊穣と子孫繁栄を祈願し神に奉納する行事です。
稲作の作業内容を唱える言葉と所作を田の神に奉納し、豊作を祈願する予祝の祭りで、板橋区では「徳丸北野神社田遊び」と「赤塚諏訪神社田遊び」が国の重要無形民俗文化財に指定されています。
 
○赤塚公園 http://www.h4.dion.ne.jp/~a-papa/akatsuka.htm
武蔵野台地の崖線に沿って約2キロに細長く広がる公園。中央地区、辻山地区、徳丸ヶ丘緑地地区、番場地区、沖山地区、大門地区、城址地区から構成される。このうち、中央地区と、城址地区を除く地区は、崖線に沿っているため、意外と土地に高低差があり、雑目林の散策を楽しむことができる。管理事務所、有料駐車場などは、中央地区にある。
中央地区に、スポーツ施設が整っており、野球場、競技場、テニスコート、ストリートバスケットのゴールがある。
中央地区にバーベキュー場があり、利用に際しては事前に管理事務所長の許可を得ることが必要。バーベキュー場でも直火は禁止。(バーベキュー以外では火気禁止)
子供向けの遊具は意外と少なく、辻山地区にわずかに滑り台などがある程度。
大門地区は、ニリンソウの自生地があるほか、バードサンクチュアリが設けられている。
売店はない。
 
○高島平団地  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B6%E5%B9%B3
高島平(たかしまだいら)は、東京都板橋区の地名。郵便番号は175-0082。
周辺の新河岸・三園・蓮根・坂下などの扇状地地区を含めて高島平地区などと呼ばれることもある。また、明治から大正時代までは北豊島郡赤塚村に属したため赤塚地区の一部とされることもあり、現在でも警察署や郵便局などはこの区分を基本としている。
 
○都営高島平駅
高島平駅(たかしまだいらえき)は、東京都板橋区高島平八丁目にある、都営地下鉄三田線の駅である。駅番号はI-25。
 
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29.表参道から六本木界隈を巡るたび              イメージ
 
 原宿−「表参道」−表参道ヒルズ「見学・ショッピング」−根津美術館「見学」−青山墓地−国立新美術館「見学」−東京ミッドタウン−天祖神社−俳優座−「六本木交差点」−出雲大社分祠−六本木ヒルズ「見学・ショッピング・ディナー」−六本木駅
 
原宿駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AE%BF%E9%A7%85
通常は島式1面2線のホームが使われる。外回り線に臨時ホーム(明治神宮参詣などの多客期のみ使用)がある。
正月には隣の明治神宮への臨時出口が設けられる。この臨時出口は自動改札機の代わりに、簡易Suica改札機が設置されている。臨時券売機で買った乗車券は係員に見せるだけで入場できるが、下車駅では自動改札機のゲートが「入場履歴がありません」と表示されて閉まるため、下車駅では係員のいる通路を通る必要があるという不便な問題点もある。
山手線の発車メロディは外回り、内回り共に原宿駅オリジナルで、他駅では流れないメロディーが使われている。臨時ホームでは発車ベルが使われる。
代々木駅寄りにお召し列車専用列車の発着ホーム(原宿駅側部乗降場、通称「宮廷ホーム」)がある。最近はほとんど使われていないが、今上天皇(明仁天皇)以外は皇族方でも利用できない(過去に何度か一般公開されたことはある)。
駅舎は1925年に竣工した木造建築で、東京都内で現存する木造駅舎で最も古いものとなっている(2番目は国立駅だったが解体され、現在の2番目は武蔵小金井駅である)。
トイレは表参道口改札内にある。
 
表参道
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E5%8F%82%E9%81%93_(%E5%8E%9F%E5%AE%BF)
表参道(おもてさんどう)は、1920年に明治神宮が創建されたのを機に、その正面側の参道として整備された道路の通称。東京都渋谷区と港区にまたがって位置し、都道413号線のうち原宿駅前付近から青山通りと交差する表参道交差点までの区間を指す。道路の名称としてではなく、渋谷区神宮前、港区南青山のうち、表参道交差点(東京地下鉄表参道駅)を中心とする一帯を「表参道」と称することもある。
 
○表参道ヒルズ
表参道に集い、この街を愛するすべての大人たちへ、私たちが提案するのは、「INDEX OF CREATIVE AND LIMITED EDITION〜"厳選されたクリエイティブ"を探し出す場」。ここでは、ライフスタイルに対して新しい解釈を与えるような最新の編集情報(暮らし方、使いこなし方)を発信し続けます。また、このなかで貫かれているのが、「こだわり=RE」のフィロソフィー。それは、すでに誰もが知っているファッションやアート、マイスターの技術、日本が誇る「和」の美意識など、伝統的、本格的、上質なモノやコトに新たな時代に向けての「RE」のエッセンスを加えて、世界に向けた日本発・初のこだわりのモノやコトを創造すること。これから、この場所が、新たな時代をインデックス(検索)するためのニューテリトリーとなることでしょう。
http://www.omotesandohills.com/
 
○根津美術館
当館は、昭和15年に初代根津嘉一郎によって創立され、翌年開館しました。蔵品の基幹となっているのは、創立者根津翁の収集になる東洋古美術品で、絵画、書跡、彫刻、陶磁、漆芸、金工、木竹工、染織そして考古と多岐にわたり、それぞれの分野に数々の名品が含まれております。茶の湯の道具と仏教美術はことに内容の豊かなものとして知られ、中国商周時代の青銅器も世界的に著名な蔵品です。 先代根津翁が自らを青山と号し、茶の湯にいそしむようになったのは、明治42年に渡米した頃からのことで、齢五十を迎えた頃であったといわれています。茶事を行うとともにその道具の収集にも心を傾けたことはいうまでもないことでありました。伝牧谿筆の漁村夕照図など宋元の絵画や墨跡、青磁竹ノ子花生や大内筒の名で知られる青磁筒花生、永正銘のある古蘆屋松梅文真形霰釜、松屋肩衝茶入、黄瀬戸宝珠香合、柴田井戸や蓑虫の銘をもつ高麗茶碗など、その優品は枚挙にいとまがありません。
http://www.nezu-muse.or.jp/
 
青山墓地  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E9%9C%8A%E5%9C%92
1872(明治5)年、美濃国郡上藩(現在の岐阜県郡上市)の藩主だった青山家の下屋敷跡に開設された日本で初めての国営墓地[要出典]で、当初は神葬祭墓地であった。
現在は東京都の所管である。面積は約26万平方メートルで、大久保利通や乃木希典、志賀直哉、バロン西、吉田茂など、明治期以降の著名人の墓が多くあり、細井和喜蔵の『女工哀史』の印税で建てられた「解放運動無名戦士墓」も存在、忠犬ハチ公の墓もある。
霊園は桜の名所でもあり、花見の季節には大勢の見物客が訪れる。
 
○国立新美術館
国立新美術館の活動方針
国立新美術館は、コレクションを持たず、国内最大級の展示スペース14,000m2)を生かした多彩な展覧会の開催、美術に関する情報や資料の収集・公開・提供、教育普及など、アートセンターとしての役割を果たす、新しいタイプの美術館です。
内外から人やモノ、情報が集まる国際都市、東京に立地する美術館として、「美術」を介して人々がさまざまな価値観に触れる機会を提供し、相互理解と共生の視点に立った新しい文化の創造に寄与します。
http://www.nact.jp/index.html
 
○東京ミッドタウン
 生産型の社会から、創造型の社会へ。大きく変わりつつある日本が国際競争を勝ち抜き、さらに発展していくために。「デザイン」と「アート」が重要なキーワードとなるはずです。そんな想いを込めて、この街のテーマのひとつに掲げています。
http://www.tokyo-midtown.com/jp/
サントリー美術館  http://www.suntory.co.jp/sma/
1961年開館以来、「生活の中の美」を基本理念に活動を繰り広げてきたサントリー美術館が東京ミッドタウンで新たなスタートを切ります。「美を結ぶ。美をひらく。」を新しくミュージアムメッセージに掲げ、絵画、陶磁、漆工、ガラス、染織など、魅力あふれる企画展を通し、本物の美を気軽にお楽しみいただけます。SHOP×CAFE(ショップバイカフェ)や茶室「玄鳥庵」など、贅沢な時間を過ごせる施設も充実。幅広い世代の方々に、心ゆたかなライフスタイルを提案するとともに、この街から、日本の美を国内外に発信していきます。
場所 ガレリア 3F 
開館時間 〔日・月・祝日〕10時〜18時 〔水〜土〕10時〜20時
※グランドオープン3月30日(金)のみ11時〜20時まで
※いずれも最終入館は閉館30分前まで
※shop×cafeは1月1日を除き休館日も営業(10:00〜21:00)
入館料 一般、学生(高校生・大学生)料金は展覧会により異なります 中学生以下無料
※団体割引は20名以上から適用
※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料
お問い合わせ先 03-3479-8600
http://www.tokyo-midtown.com/jp/design/suntory.html
 
天祖神社  http://www.h2.dion.ne.jp/~shinmei/tenso-jinja/history.html
天祖神社(龍土神明宮)の御由緒
この天祖神社(龍土神明宮)の御祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)で、今から約六百年前、南北朝の後小松院の御代、至徳元年八月十六日に、芝西久保、飯倉城山(ホテル・オークラの南側付近)に、はじめて、祀られたものと伝えられています。
このお宮に、品川沖から毎夜龍が御灯明を献じたということで、この地を「龍灯山(りゅうどうやま)」といったといわれています。有名な太田道灌が、方五丁の祭田を寄進し、神社の社殿を再建し信仰したことも伝えられています。
元和の時代、徳川二代将軍秀忠の時に江戸城郭改築の際に社寺の移転があって現在の地に移り、この地一帯を龍灯(りゅうどう)からとって、龍土村と唱えるようになり神社の名前も「龍土神明宮」と称えられ、氏子の町々も龍土六本木、龍土材木町と呼ばれ開けてきました。
 
俳優座  http://www6.ocn.ne.jp/~haiyuza/
伝統と革新
 ―新しい世紀に俳優座ルネッサンスを目指して―
1944(昭和19)年2月に青山杉作、千田是也、東野英治郎、小沢栄太郎、東山千栄子、岸輝子ら10名の同人をもって出発した劇団俳優座は、戦後の文化的混乱期にいち早く演劇復興の旗頭として活動を開始しました。以来半世紀余にわたり、常に高い理想をかかげ演劇の正道を目指して広範囲にわたる仕事を続けてきました。
俳優座創立の理念は、最初の10年間で劇団・劇場・研究所の三位一体のシステムとして実を結びました。私たち自身の力で成し遂げた「俳優座劇場」建設と16年間継続した「俳優座演劇研究所付属俳優養成所」の活動は、日本現代演劇史に於ける最も輝かしい成果であると自負しております。1970年代以降、小劇場運動の開花とともに現代演劇の多様化と隆盛の時期が始まったわけですが、このような流れに対して、私たちの劇団のそれまでの活動が果たした役割はきわめて大きなものであったと言えると思います。
 
六本木交差点 http://machi.goo.ne.jp/snd/spotID_TO13003005/leisure/details.asp
下鉄3番出口を出てすぐの、交通量の多い交差点。昼間から深夜まで、多くの若者や外国人たちで賑わう。喫茶店アマンドは待ち合わせ場所の定番として有名。
 
出雲大社分祠 http://tokyo339.serio.jp/sansaku23/minatoku/roppongi.html
「港区シリーズ」の第1回目は大人の雰囲気漂うハイセンスな街「六本木」でございます。
と申しましても、私にはピンと来ない街でして、それはただ単に縁がないからですねぇ〜。
今回はそんなハイセンスな街の隠れた名所?を巡りました。勿論「神社」も登場しますよ。
それでは、どうぞご覧下さい。
 
○六本木ヒルズ  http://www.ehills.co.jp/rp/dfw/EHILLS/Mii_PotNwsTop.php
六本木ヒルズ(ろっぽんぎヒルズ、英称:Roppongi Hills)とは、森ビルが17年の歳月を掛けて行った六本木六丁目再開発計画の一環で建築された、超高層ビル六本木ヒルズ森タワーを中心とした複合施設である。
 
六本木駅 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%9C%AC%E6%9C%A8%E9%A7%85
六本木駅(ろっぽんぎえき)は、東京都港区にある、東京地下鉄(東京メトロ)と東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。
駅番号はH-04(日比谷線)とE-23(都営大江戸線)。
所在地は東京地下鉄が六本木六丁目、東京都交通局が赤坂九丁目となっている。
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30.目黒から白金を経て麻布界隈を巡るたび           イメージ
 
 目黒駅−庭園美術館「見学」−国立自然教育園「散策」−白金「休憩・喫茶」−(外苑西通り)−広尾プラザ−有柄川宮記念公園「散策」−元麻布ヒルズ−善福寺−麻布十番「散策」−麻布十番温泉「入浴」−更級そば(更級堀井or永坂更級)正味−麻布十番駅(都営大江戸線)
  ※港(麻布)七福神 イメージ
 
○目黒駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE%E9%BB%92%E9%A7%85
目黒駅(めぐろえき)は、東京都品川区上大崎二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)、東京急行電鉄(東急電鉄)・東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。東京地下鉄・都営地下鉄には駅番号があり、南北線はN-01、三田線はI-01。
東京急行電鉄・東京地下鉄・都営地下鉄の三社局間では、この駅を介して相互直通運転が実施されている。
 
○庭園美術館  http://www.teien-art-museum.ne.jp/index.html
東京都庭園美術館は朝香宮[あさかのみや]邸(朝香宮殿下は久邇宮[くにのみや]家第8王子、妃殿下は明治天皇第8皇女)として1933年(昭和8年) に建てられた建物を、そのまま美術館として公開したものです。戦後の一時期、外務大臣・首相公邸、国の迎賓館などとして使われてきましたが、建設から半世紀後の1983年(昭和58年)10月 1日、美術館として新しく生まれかわりました。
 
○国立自然教育園  http://www.ins.kahaku.go.jp/int/about.html
自然教育園の生い立ちは、今から400〜500年前の中世の豪族の館から始まります。
その後、高松藩主松平頼重の 下屋敷 (江戸時代)、陸海軍の 火薬庫 (明治時代)、白金御料地(大正時代)と歴史をかさねてきました。 この間は、一般の人々は中に入ることができなかったため、まれに見る豊かな自然がここに残されました。そして、昭和24年(1949年)に全域が天然記念物および史跡に指定されると同時に、一般に公開されるようになりました。 
 
○白金  http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/040619/index.html
地下鉄白金台駅からプラチナストリートを往復する間に様々なショップが軒を連ねています。
<白金プラチナストリート>
モノエディションモーダ、利庵、マリナ・ド・ブルボン、アッシュバッハ、 Harraca(アラカ)、ルクソール、CINA CINA、レ・カイエ、ダルブルズバー、スギノキヤ、箒庵、アダム エ ロペ、ショコラティエ エリカ、六本木美容室、アーフェリーク、ブルーポイント、ラ・ポエム白金、 OZAWA、THE HOUSE Shirogane、デュアルビュー、ハンナシグラ
 
○外苑西通り  http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B3%B0%B1%F1%C0%BE%C4%CC%A4%EA
都道北品川四谷線の一部の一般名称で、白金台(目黒通り)から富久町西(靖国通り)からまでの区間。神宮外苑や青山霊園の西側を通る。
天現寺橋(明治通り)、西麻布(六本木通り)、南青山3(青山通り)、四谷4(新宿通り)などを通過する。
途中の仙寿院から南青山3付近はキラー通りと呼ばれる。
 
○広尾プラザ  http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?SPOT_ID=s_13002698
世界のあらゆる食材が揃う明治屋広尾ストアをはじめ、ブティック、雑貨屋、レストランなどが集まった複合ビル。1階のテラスモルチェには食べ放題のビュッフェバーもある。[提供:昭文社]
 
○有柄川宮記念公園
有栖川宮記念公園(ありすがわのみやきねんこうえん)は、東京都港区南麻布にある公園である。
江戸時代には陸奥盛岡藩下屋敷であった。 1896年(明治29年)に有栖川宮威仁親王の御用地となり、威仁親王の生母(有栖川宮幟仁親王の側室)・森則子の住居等が設けられた。1923年(大正12年)に有栖川宮家が廃絶した後は、同家の祭祀を引き継いだ高松宮家に継承された。1934年(昭和9年)に高松宮家より東京市に下賜され、公園として一般に開放された。1975年(昭和50年)には、東京都から港区に移管され、区立公園となった。
園内は起伏に富み、東側の高台から西南側の低地に向けて大きく傾斜した地形となっている。園内には木が多く茂り、湧水が渓流となって西南側の池に注いでいる。南東側のドイツ大使館に面した広場には、騎馬像の名作として知られる「有栖川宮熾仁親王銅像」をはじめ、「笛吹き少年の像」、「新聞少年の像」がある。東側の高台には東京都立中央図書館も併設されている。
最寄りが広尾駅であるために広尾に位置している、と勘違いされやすいが、歴として南麻布(南麻布5丁目)に位置する。また、有栖川公園(ありすがわこうえん)と近隣住人に親しみを込めて呼ばれることが多い。
 
○元麻布ヒルズ http://www.mori.co.jp/projects/motoazabu/index.html
東京都心部を代表する高級住宅地・元麻布の大規模住宅プロジェクト。コンセプトは「森の都市」。大きな樹木のようなフォレストタワー(高層棟)を中心に低層棟(2棟)を配し、敷地の約半分を緑に戻すとともに建物の屋上やバルコニーも積極的に緑化。森ビルが提案する、都市と自然の共生のモデルケースになりました。スパや屋上ルーフガーデン、スカイラウンジなどの付帯施設、24時間バイリンガル対応のコンシェルジュサービスは、居住者の方々の快適な都心生活をサポートします。敷地内には西町インターナショナルスクールの幼稚園もあります。
 
○善福寺 http://www.azabu-san.or.jp/zenpukuji/index.html
平安時代、唐で真言を極めて帰国された弘法大師は関東一円に真言宗を広めるために、高野山に模して麻布山善福寺を開山されました。天長元年(八二四年)のことで、都内では金竜山浅草寺につぐ最古の寺院です。
鎌倉時代になって、越後に流されていた親鸞聖人は、許されて京へ上る途中に善福寺を訪れました。迎えた了海上人は、七才で仏門に上り、比叡で顕密二法を修めた俊英の僧で、当時若冠十七才でした。
上人は、親鸞の高徳に傾倒し、一山をあげて真言宗から浄土真宗に改宗しました。以後、上人は関東一円にわたって、浄土真宗を広め、『大谷遺跡録』によると、関東六老僧の一人として名を残しています。
また、二度にわたる蒙古来襲に際して、亀山天皇の勅願寺となりました。
 
○麻布十番  http://jin3.jp/index.htm
麻布十番商店街は昭和58年(1983)に東京都モデル商店街の指定を受け、商店街の近代化に取り組みました。緑豊かな街づくりをめざして 昭和61年(1986)にはパティオ十番を完成、平成3年(1991)にはアーケードを撤去し街路樹を植え 歩車のセラミックタイル、車道の石畳、街灯の改修等を行ってきました。街路樹はブロックごとに異なった 種類の樹が植栽され、季節毎に異なった趣の緑が楽しめます。それぞれの木々の名前、わかりますか。 カツラ、クスノキ、ケヤキ、コブシ、トチノキ、ヤマボウシ、ハナミズキ、モミジバフウ、 さぁ、どこにどの樹が・・・。街の木々には気もとめることもなく見過ごしている方がほとんどだと思います。今度お買い物の時には街路樹を見ながら歩いてみてください。お車に気をつけて。
 
○麻布十番温泉  http://jin3.jp/annai/onsen.htm
地下500mからくみ出す温泉は、コカコーラのような濃い褐色で、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、カルシウム、マグネシウムなどが含まれ、重曹泉という種類に分類される。体のいろいろな不調を改善し、血行も良くなるのでお年よりだけでなく、OAストレスによる肩こりや冷え性などに悩む若い人たちにもお薦め。よく温まって湯ざめなどしないしお肌もツルツルになる。
 
○更級そば(更級堀井or永坂更級)
更級堀井(麻布十番)(日本蕎麦) http://mocamoca.com/harablog/archives/2005/07/post_8.html
今日も暑い一日でした。
 お昼は、同僚のHさんと一緒に猛暑の中をゆらゆらと歩き、麻布十番商店街の北限に位置する伝統のそば屋に行ってきました。目指すは「もり蕎麦」です。夏はやはりこれですね。途中、行き倒れの人がたくさんいて、またいで歩くのが大変でした。
 更級堀井は創業が1789年という超老舗。麻布十番に3つある更級そば屋の中でも特に美味しいと評判のお店です。
 店内は個別テーブルが3?4、大テーブル、座敷3室という感じで、比較的広いしつらえでした。
 今日頂いたのは「もり蕎麦」(730円)、「かき揚げ」(840円)。かき揚げは二人とも貧乏なので一つだけ注文しました。
永坂更級(麻布十番)(日本蕎麦)  http://mocamoca.com/harablog/archives/2006/05/post_309.html
今日は月に一度の早朝会議。いつもよりも1時間半ほど早起きして会社に行ってきました。
 しかし、まあ、普段の出勤時間が遅いのであまり偉そうなことは言えませんが…。
お昼は会社の若手女性3人と一緒に麻布十番にある老舗そば屋に行ってきました。
 麻布十番にはここの他にも更級本店、更級堀井という三つの更級蕎麦のお店があります。どこも高級なのですが、その中でもここは一番まだ普通の価格で頂けるお店だと思います。
 12時にお店に入った時には、広い店内は既にほぼ満席。おじさんが多いのも特徴で、外に黒塗りの車を待たせて蕎麦を頂いているおじさんもよく見かけます。
 
○麻布十番駅(都営大江戸線)  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E5%B8%83%E5%8D%81%E7%95%AA%E9%A7%85
東京地下鉄
島式1面2線の地下駅である。改札は地下1階、ホームは地下3階にある。
2004年(平成16年)10月9日、首都圏を台風22号が襲った際、集中豪雨の影響で地下に水が流れ込み、南北線の線路が冠水したことがある。
なお、白金高輪寄りに留置線が1本上下線の間にあり、夜間の留置に使用されている。
平成18年9月25日のダイヤ改正より、平日朝ラッシュ時間帯に1往復設定されている浦和美園駅〜麻布十番駅間の列車が、折り返しの為に使用している。
なお、このような列車が運転される理由は、この列車が通常南北線列車の折り返しに使われる隣駅の白金高輪駅で折り返すとした場合、この列車が白金高輪駅に到着する時間帯は同駅の引き上げ線を全て都営地下鉄三田線の列車が使用し空きがないため、折り返すことができないからである(同様に南北線列車が同駅の留置線を全て使用する際は、三田線の列車は御成門駅折り返しとなる)。
その他、埼玉スタジアム2002でサッカーの試合があるときの麻布十番始発・終着の臨時列車を、市ヶ谷方面の留置線・車両基地に出し入れするための折り返し用として使われる。
 
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31.新宿駅から早稲田へ向かうたび                 イメージ
 
 新宿駅−(大ガード)−乗円寺−成子天神神社−北新宿公園−鎧神社「参拝」−中央卸売場淀橋市場−俳句博物館「見学」−都立百人町アパート−社会保険中央病院−タワーホームズ−西戸山公園−戸山公園(大久保)「散策」−早稲田大学理工学部−都営戸山ハイツ−戸山公園(戸山)・箱根山「散策」−穴八幡宮−早稲田
 
○新宿駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%BF%E9%A7%85
新宿駅(しんじゅくえき)は、東京都新宿区と渋谷区に跨る東日本旅客鉄道(JR東日本)、小田急電鉄、京王電鉄、東京都交通局(都営地下鉄)、東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。東京都交通局・東京地下鉄の駅番号はS-01(新宿線)、E-27(大江戸線)、M-08(丸ノ内線)。
 
2006年の1日平均の乗降人員は、JRだけで約151万人で日本最大、各社総合にすると352万人にも達し、世界最大で、首都の新都心に位置するターミナル駅である。将来は中央新幹線(リニアモーターカー)の起点駅にする構想もある。JRの駅を中心とし、西口・東口・南口の各方面に分かれる。西口と東口の連絡はいくつかの通路などがある。また、地下道は広範囲に連絡している。
 
○大ガード http://www.icnet.ne.jp/~seikoh/west-juku.htm
江戸時代に中山という奉行がいて、裁決が過酷をきわめ、冤罪で死んだものはもちろん、自分の罪を認めた者であっても、判決には従いながら、中山の裁決ぶりには逆恨みをしたくなるほどのありさまだったそうです。その中山が亡くなりました。飯能にある中山の菩提寺に向かった葬式行列が新宿の追分を通りすぎたあたりから、夏の雨が激しく降ってきました。雨はどんどんと激しくなり、黒雲からは雷鳴が轟きます。突如、地軸を裂くような轟音とともに、落雷が起こりました。雷に葬列の人々は生きた心地もしません。中山の骸の入った棺桶は放り出されて大破してしまいました。
 里人は多くの罪人達の怨念が雷となって中山に復讐したのだと考え、それ以後、このあたりのことを「雷ヶ窪」と呼ぶようになりました。その後、中山の遺族が墓参に行くためこの窪地を通るたび、不思議なことに雷鳴が鳴り響くようになったとか。
 
○常円寺  http://www.joenji.jp/
創設時の詳細は不明だが天正十五年(1585)現在地に移転した、約六百年の歴史を有する寺院 本堂には徳川光圀公寄進の三宝諸尊を安置し、祖師堂には十一代将軍家斎公が江戸城中にて守護仏とした「感応胎蔵の祖師像」を奉安している。先の大戦で諸堂悉く灰塵に帰したが、当道場の開山でもある「及川真学」上人中興となり本堂他堂宇再建なり今に至る。春には江戸三大桜の枝垂れ桜がすばらしい花を咲かせ、また他のお寺と違うのは、地方から来た修行僧が多数寝食を共にし、日蓮宗の中核を担う僧侶を100名以上輩出して来た「苦修練行」のお寺でもある。新宿の雑踏の中読経の声が絶える事は無い
http://www4.ocn.ne.jp/~hichimen/yuenjiin_html/jouenji.htm
 
○成子天神神社 http://www.sukima.com/10_shinjuku/02naruko.htm
新宿副都心の高層ビル街のすぐ近く、青梅街道の北側に成子天神(なるこてんじん)がある。神社は青梅街道から100mくらい入ったところにあるが、表通りに鳥居が立っているので場所はすぐにわかるだろう。参道に5台程度の駐車スペースがある。私は知らないで、近くの100円パーキングに車を入れてしまった。
http://www.withfox.jp/guidesinjuku/narukotenjinsya.html
当神社は、延喜3年(903)の創立で、当時柏木鳴子の地(現在の西新宿)に大神宮がまつられ、松や柏の木々が茂って、いかにも清らかで神々しい神域でした。丁度その頃、道真公が太宰府に亡くなられたという報せを受けた家臣の佐伯・斉宮の二人は悲嘆きわまりなく、生前の徳を慕う余り、公の生前に彫られた自像を持ち帰って神社の基礎を定めて平和と文道の神としておまつりしました。
 建久8年(1197)に源頼朝公が社殿をご造営せられました。
 江戸時代に入り、慶安年間(1648〜51)に春日局が徳川三代将軍家光より当地柏木鳴子を賜りました。寛文元年(1661)に社殿造営、円照寺が別当となりました。
 寛政3年(1791)、祝融の災(※火災)に遭い、神宝・神器・記録等悉く焼失しました。
 下がって昭和20年5月25日に戦災により焼失、41年に鉄筋コンクリート流れ造り56坪屋根切妻造りにて再建し、現在に至ります。
 
○北新宿公園  http://www.city.shinjuku.tokyo.jp/map/park_map.html
中央のグランドは、野球だけでなく盆踊りや保育園の運動会など地元のイベントに利用されています。園内には「みどりの新宿30選」にも選ばれたイヌザクラがあります。
 
○鎧神社  http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/18_shinjuku/18022.html
当社の社名は、日本武命御東征の時、甲冑六具の内を此地に蔵めたことによると伝えている。又一説には、藤原秀郷卿重病を得た時、将門公の鎧を円照寺内に埋め、一祠を建てて将門公の霊を弔い、病が癒えたという。
 
○中央卸売場淀橋市場  http://www.shijou.metro.tokyo.jp/tonai/01/06.html
宿副都心に隣接し、供給圏は周辺区部及び多摩地区が中心で、青果物では大田市場・築地市場に次ぐ取扱量である。
 
○俳句文学館  http://www2.famille.ne.jp/~haiku/
社団法人俳人協会は、会員14,500名を擁する公益法人であり、俳句文芸の創造的発展とその普及を図り、わが国文化の向上に寄与することを目的にしています。
 その目的達成のため、全国俳句大会や各種俳句講座の開催、機関紙の発行、海外との交流など、広い範囲にわたる活動を行っています。
 
○都立百人町アパート
 
○社会保険中央病院   http://www.shahochu.com/gaiyou.htm
社会保険中央総合病院のホームページにようこそおいで下さいました。
当院では全身のあらゆる病気に最新、最高の医療で対応するため、22の診療科を整え、行き届いたサービスの提供に全職員が努力しております。
創立は昭和22年と半世紀を越える伝統をもち、また建物は昭和62年に現在の新宿区百人町に新築されて418床の総合病院として充実した医療を展開しております。
各診療科では21名の部長以下、それぞれの専門分野に熟達した医師が診療に当っております。当院では「患者様からの笑顔を」を職員のモットーに、皆様に安心して快適な医療を受けて頂ける様に、暖かいサービスと環境の整備に特に力を尽くしております。
また外来や病棟で日々、患者様の看護に当る看護師は当院の伝統である看護の精神を心に皆様から常に高い評価を頂いております。 当院の各診療科ではそれぞれの専門領域の充実と併せて診療科相互の連携を重視し、患者様が抱えて居られる個々の専門的な疾患のみに止まらず、全身の合併症や患者様とご家族の心のケアーを重視しつつ全人的な総合診療の実践を目指しております。
医療を必要としておられ、あるいは健康についてのご相談を希望される皆様方が、かかりつけ医の先生方からのご紹介により、あるいは直接外来にお越し頂いて、お気軽に当院を受診されますことを職員一同でお待ちしております。
 
○タワーホームズ・ガーデン  http://never-ever.info/modules/myalbum/photo.php?lid=160&cid=15
新大久保駅(JR山手線) 直線距離0.5km / 大久保駅(JR中央本線) 0.6km / 高田馬場駅(JR山手線ほか) 1.0km / 西武新宿駅(西武新宿線) 1.0km / 東新宿駅(東京都営大江戸線) 1.0km / 下落合駅(西武新宿線) 1.2km
 
○西戸山公園
 
○戸山公園(大久保)  http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index002.html
山手線内で一番標高の高い箱根山。この箱根山を中心とした箱根山地区と、明治通りを隔てた広場・大久保地区に分かれています。
・戸山公園箱根山地区  http://parkandcats.hp.infoseek.co.jp/toyamakouen.html
戸山公園は、明治通りで、箱根山地区と、大久保地区の東西に分けられる公園で、面積は約18万uもの大型の都立公園です。このあたりは昔、尾張徳川家の下屋敷があり、戸山荘と言われていた地域で、箱根山地区は、都営の大型団地、戸山ハイツに隣接しており、明治通りの東側にあたります。戸山公園の箱根山地区には、山手線の内側で、一番高い、築山「箱根山」があるのが有名です。この山は、標高44.6メートルあり新宿区でも一番高い山です。天然の山としては、日本で、最も低いといわれる、徳島市にある「弁天山」、標高6.1メートルの約7倍、人工の山では、登山認定証までくれる、大阪の天保山が標高4.5メートルの、約10倍の高さがあります。
 
○早稲田大学理工学部  http://www.sci.waseda.ac.jp/campus-map/
JR−高田馬場駅 戸山口下車 徒歩10分
地下鉄東西線−高田馬場駅 下車 徒歩12分
西武新宿線−高田馬場駅 下車 徒歩12分
JR−新大久保駅 下車 徒歩10分
都バス−都立障害者センター前 下車 徒歩1分
(高71)高田馬場駅 - 九段下行き
(池86)池袋駅東口 - 渋谷駅行き
(早77)新宿駅西口 - 早稲田 行き
 
○都営戸山ハイツ  http://danchi100k.com/file0004/index.html
現在の戸山ハイツは高度成長期に建替えられたものですが、元々は米軍の兵舎払下げ資材によって建てられた戦後初の大規模な木造の都営住宅だったところです。
 建物こそ木造の戸建だったものの、南面並行配置、そして地域内に公園・小学校、・集会所等、すでに近隣住区理論が取り入れられていた事は着目点です。
 戦後の団地の原型を考えるとき、都営高輪アパートが構造的な団地の元祖と捉えるなら、団地としての住棟配置の元祖は戸山ハイツといえるかもしれません。
 
○戸山公園(戸山)  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E5%B1%B1%E5%85%AC%E5%9C%92
戸山公園(とやまこうえん)は、東京都新宿区にある都立公園である。明治通りを挟んで、大久保地区(西側)と箱根山地区(東側)分かれている。地名としては、戸山のほか、大久保にもまたがる。
当地一帯は、江戸時代には尾張徳川家の下屋敷の回遊庭園「戸山山荘」があったところで、(箱根山は当時作られたものである)明治時代から戦前までは陸軍の練兵場などがあったところであるが、戦後敷地の一部が公園として整備され開園された。公園付近は、戸山ハイツといった団地や大学や高校といった文教施設や、社会体育館や障害者センターなど公的な施設が多い。(多くは、戦前まで軍事施設が並んでいたところである。)
公園には、遊具や緑地スペースのほか、標高44.6mの箱根山がある。一部では、ホームレスの人たちがダンボール・ブルーシートなどを用いて生活している(など望ましくない)部分も見られる。また、箱根山は都内有数の心霊スポットという一面ももつ。毎夜、誰かが泣き叫ぶ声が聞こえる。数を数える声がする、ピンク服の集団が会合を開いていた…等々話題はつきない。地面の下には陸軍学校時代の銃弾が多数埋まっている。
箱根山 http://www.shinjukuku-kankou.jp/map_index.html#12
 緑豊かな都立『戸山公園』は、『箱根山』を中心とした一帯が桜の名所といわれています。『箱根山』は新宿区で一番高い山で、頂上からは新宿の高層ビルを一望できる絶好の展望ポイントですが、高さはわずか44.6メートルです。
 もとは尾張徳川家の下屋敷で、通称「戸山山荘」といわれていました。総坪数は13万6000坪あまりで、回遊式庭園の中に二十五景をしつらえ、小石川の水戸家の後楽園とならぶ名園でした。
 やがて明治維新を迎えて陸軍戸山学校となり、第二次世界大戦終結まで存続しました。現在は、当時の庭園の一部であった築山の『箱根山』が残っています。また、当時の様子を描いた絵巻も、谷文晁や加納派の画家の描いたものなどが残されています。
・戸山公園箱根山地区  http://parkandcats.hp.infoseek.co.jp/toyamakouen.html
戸山公園は、明治通りで、箱根山地区と、大久保地区の東西に分けられる公園で、面積は約18万uもの大型の都立公園です。このあたりは昔、尾張徳川家の下屋敷があり、戸山荘と言われていた地域で、箱根山地区は、都営の大型団地、戸山ハイツに隣接しており、明治通りの東側にあたります。戸山公園の箱根山地区には、山手線の内側で、一番高い、築山「箱根山」があるのが有名です。この山は、標高44.6メートルあり新宿区でも一番高い山です。天然の山としては、日本で、最も低いといわれる、徳島市にある「弁天山」、標高6.1メートルの約7倍、人工の山では、登山認定証までくれる、大阪の天保山が標高4.5メートルの、約10倍の高さがあります。
 
○穴八幡宮  http://www.tokyoguide.net/spot/76/
穴八幡宮は蟲封じの御利益や、「一陽来復」の御守り、流鏑馬などで知られている。一陽来復御守は金銀融通の御守であり、冬至〜節分の期間のみ配布している。宮守の草庵を作るために南の崖を切り崩したときに神穴が出現したことから、高田八幡宮から穴八幡宮という名に改称された。流鏑馬は徳川8代将軍吉宗が世嗣の病気治療を祈って奉納したのがはじまり。以後将軍の若君の誕生や厄よけの際に流鏑馬が行われた。
 
○早稲田駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E9%A7%85
早稲田駅(わせだえき)は、東京都新宿区早稲田南町にある東京地下鉄(東京メトロ)東西線の駅である。駅番号はT-04。
なお、都電荒川線の早稲田駅は、当駅から一度地上に出て十数分程度歩いた新目白通り沿い、言い換えれば両駅は早稲田大学を挟んで点対称の位置にある。かつては東西線電車(05系初期車)の車内案内表示装置で次駅(早稲田)の後に「都電荒川線はのりかえ」と表示されたが、のりかえと称するには距離的にも無理があるためか、現在のりかえは表示されなくなっている。
 
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32.新宿駅東口から富士塚のある神社巡りと新宿御苑・原宿の旅 イメージ
 
 新宿駅西口−(歌舞伎町)・(ゴールデン街)−花園神社「参拝・富士塚」−鬼王神社「参拝・富士塚」−西向日天神社「参拝・富士塚」−新宿御苑「散策」−野口英世記念館「見学」−鳩森神社「参拝」−東郷神社「参拝」−(竹下通り)−「裏路地のレストランでディナー」−原宿駅
  ※新宿山の手七福神 イメージ
 
○新宿駅西口
新宿西口駅(しんじゅくにしぐちえき)は、東京都新宿区西新宿1丁目にある都営地下鉄大江戸線の駅。駅番号はE-01。当駅には『小田急百貨店前』の案内が付いている(新宿駅は『京王百貨店前』)。
大江戸線の駅の中では一番若い番号がついているが、現行のダイヤでは当駅始発の電車は設定されていない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%BF%E8%A5%BF%E5%8F%A3%E9%A7%85
 
○歌舞伎町  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E%E7%94%BA
歌舞伎町は、明治通り(東)、靖国通り(南)、JR中央線(西)、職安通り(北)に囲まれた範囲(ただし花園神社の敷地とその南北の一画は除く)に位置する町である。鉄道の場合、新宿駅東口、あるいは西武新宿駅が最寄り。都営地下鉄大江戸線なら新宿西口駅か東新宿駅が近い。新宿駅東口から北に向かって行くと、ドン・キホーテ本店前の大きな通り(靖国通り)にぶつかる。これを越えると、歌舞伎町である。歌舞伎町一番街(劇場通り)、さくら通り、西武新宿通り、東通り、区役所通りなどがある。西武新宿駅で降りれば目の前が歌舞伎町になる。
町の中には、新宿コマ劇場や映画館、キャバクラ、風俗店やホストクラブ、ラブホテルも立ち並んでおり、「眠らない街」とも言われ、深夜になってもネオンで明るく人通りも多い。ドン・キホーテ前、セントラルロードに多いスカウトやホストによるキャッチ、怪しげな客引きやポン引きなど、合法、非合法取混ぜて歌舞伎町独特の雰囲気がある。
 
○ゴールデン街 http://www.goldengai.net/history/
宇多田ヒカルのニューアルバム『ディープリヴァー』の宣伝ポスターの背景として一躍人気になったゴールデン街、また俵万智さんが社会勉強のために時々働いていることでも有名になったゴールデン街。若者がオシャレ!といって集まり、宵ごしのお酒を楽しむ街。でも数軒離れた店では「寄っていかない!」と声がかかり、流しのギターに合わせた歌声も聞こえてくる街。そして、今170ともいわれるその店の数の多さ。
 
○花園神社 http://www.hanazono-jinja.or.jp/mt/page/a1.html
花園神社は、徳川家康の江戸開府(1603)以前から新宿の総鎮守として重要な位置を占めていました。徳川氏が武蔵野国に入った1590年より前に、大和吉野山より勧請されたとされています。
花園神社は寛永年代(1624〜1644)までは現在の場所より約250メートル南、今の伊勢丹デパートの付近にありました。しかし、寛政年代に朝倉筑後守という旗本がこの周辺に下屋敷を拝領したため、社地は朝倉氏の下屋敷の中に囲い込まれてしまったのです。そこで幕府に訴えたところ、現在の場所を拝領することになりました。その場所は、徳川御三家(将軍家に次いで格の高い尾張藩・紀州藩・水戸藩)筆頭の尾張藩下屋敷の庭の一部で、たくさんの花が咲き乱れていたそうです。この美しい花園の跡に移転したので花園稲荷神社と呼ばれたのが社名の由来とされています。
初めて史料に花園神社の名が登場するのは、享和3年(1803)のこと。大火に遭った社殿復興を願って内藤新宿町より奉納された額面に「花園社」と記されていました。「花園」という名称が正式なものになるのはずっと後代のことで、稲荷神社または三光院稲荷とも呼ばれ、さらに江戸時代には地名にちなんで四谷追分稲荷とも呼ばれていたようです。
 
○鬼王神社  http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?SPOT_ID=l_00000833
厄除福寿の鬼の王様の名を持つ全国唯一の宮
古来より大久保村の聖地とされていた現在の場所に、承応2年(1653年)、氏神として稲荷社が建てられたのが鬼王神社の始まりで、宝暦2年(1752年)には、大久保の百姓・田中清右衛門が紀州熊野から鬼王権現(月夜見命・大物主命・天手力男命)を勧請し、天保2年(1831年)に稲荷神社と合祀して稲荷鬼王神社となりました。
「鬼王」という名のつく社寺は全国で当社しかないため、江戸時代には地元民、江戸からの武士や商人、職人と多くの人が参拝したといわれています。
 
○西向天神社  http://www.portaltokyo.com/guide_23/contents/c04078nishi.htm
都営地下鉄大江戸線東新宿駅の東、徒歩5分。職安通りから南に入った高台にある。
 正式名称は大久保天満宮で、安貞2年(1228年)北野天満宮を勧請して創建された。古くから東大久保村の鎮守社であり、菅原道真を祭っている。社殿は西の太宰府の方に向いて建っているため、西向(にしむき)天神と呼ばれている。
  クスノキやケヤキなど木々が茂る境内には太田道灌の山吹の里伝説で知られる紅皿碑と富士塚があり、誰もが子どもの頃に遊んだ昔懐かしい神社の面影をとどめている。
 
○新宿御苑  http://www.shinjukugyoen.go.jp/
夏の時期の御苑のおすすめスポットのひとつが、フランス式整形庭園のプラタナスの並木です。
 総勢156本のプラタナスが4列に並んだ小道は、ヨーロッパを思わせるロマンチックさ。
 秋の紅葉や冬の木立も美しいのですが、この緑鮮やかな夏も格別。お気に入りのベンチで、みなさん夏のひと時を楽しんでいらっしゃいます。
 夏から秋にかけてみごろをむかえるのが、並木の足元に咲く薄紫色の野草・ツルボ。
 例年8月下旬から9月上旬にかけて咲き始めるのですが、今年は今月上旬にはつぼみを開きはじめていました。
 紫色の花はまだ数えるばかりですが、砂利や植え込みの中からは、やじり型の花茎がいくつものびています。
 こっちにも、あっちにもと広域に登場していますので、散策の際は足元にお気をつけ下さい。
 
○野口英世記念館  http://www.noguchihideyo.or.jp/
1928年(昭和3)5月21日、野口英世博士が西アフリカで殉職したのち、東京でも追悼会が行われ、その折りに出席した人々により「野口英世博士記念会」を設立する話がまとまりました。
 記念会の最初の事業として、翌年に生家の保存と二つの記念碑を建立、そして1938年(昭和13年)には、文部大臣より財団法人の設立が許可され、その翌年の博士の命日には念願の「野口英世記念館」が開館しました。
 この間、1928年、30年の二回にわたりロックフェラー医学研究所やメリー夫人から多くの博士の遺品や関係資料が送られてきました。さらに遺族を初めとするいろいろな関係者からも資料が寄せられて、これが所蔵資料の礎をなしています。
 1954年(昭和29)には、福島県登録博物館の第1号となり現在に至っています。
 
○鳩森神社  http://www.sukima.com/10_shinjuku/01hatomori.htm
私の富士塚歴はまだ浅くて、南関東の富士塚も全て見たというわけでもないのだが、そんな乏しい知識の中から都下の富士塚の代表を一つだけ挙げろと言われたら、今のところこの鳩森神社の富士塚を挙げるだろう。23区内には登らせてくれない富士塚が多い中でここは年間を通じて登山自由だし、形式的にも富士塚の基本的な要素をよく具えた教科書通りの富士塚なのである。富士塚の基本を知るのには持ってこいであり、まさに富士塚めぐりの出発点にふさわしい富士塚と言えよう。 
富士塚については初出でもあるので、簡単に説明しておく。
関東には富士山を信仰する富士浅間(ふじせんげん)信仰という信仰がある。富士信仰では富士山に登山することが最高の修業となるわけだが、江戸時代には富士山まで出かけることは容易ではなかった。そこで江戸各地の富士山のミニチュアを作って、そこに登ることで富士登山を疑似体験しようとする信仰装置が誕生する。それが富士塚である。時代は文化文政の時代のことだという。江戸市中には多くの富士塚が造られ、それは明治以降まで続いた。富士塚は神社の境内に作られたり、境内に移築されたりしたため現在でもかなりの数が残っている。
 
○東郷神社  http://www.dentan.jp/harajyuku/togou/togou01.html
御神体は、日露戦争の日本海大海戦でロシアバルチック艦隊を殲滅した連合艦隊司令長官 東郷平八郎(1847-1934)とている。
昭和9年に東郷提督が死去するや、故人が神格されるのを固辞していたにもかかわらず世界的英雄をである顕彰する要望が全国から相次ぎ、「財団法人東郷元帥記念会」を設立。
神社の創建が計画され、昭和12年9月に地鎮祭、昭和15年5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭がおこなわれ現在に至。
 
○竹下通り  http://www.harajuku.jp/takeshita/
原宿竹下通り商店会事務局
〒150-0001
東京都渋谷区神宮前1-9-3-406
tel.03-3403-2525 
fax.03-3403-0108
e-mail: takeshita@ah.wakwak.com
「裏路地のレストランでディナー」
 
○原宿駅  http://maskweb.jp/b_jrharajuku_1_1.html
この駅舎は、東京都内に現存する最古の木造駅舎です。
原宿駅は、1906(明治39)年10月30日に開業しました。 常時利用されている山手線ホームの他に、 山手線外回り線に設置されていて、明治神宮と直結する年末年始のみに使用される臨時ホームと、 山手線ホームの少し北に設置されている皇族専用の宮廷ホームが有ります。
 
 
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33.新宿駅南口から代々木・渋谷のたび             イメージ
 
 新宿駅南口−サザンタワー−文化女子大「服飾博物館見学」−刀剣博物館「見学」−劇団四季−東京乗馬クラブ−(北門)明治神宮「散策ろ参拝」−原宿駅−代々木公園「散策」−NHK教育センター「見学」−代々木室内体育館−電力館「見学」−渋谷界隈散策・食事−渋谷駅
 
○新宿駅南口  http://www.dagashi.org/tokyo/shinjuku_se.html
新宿といえば、東京いや日本を代表する繁華街だ。でも、私が小学生のころの新宿は、まだまだ戦後の面影をあちこちに残していたものだった。
 そんな場所が1つ消え、2つ消えして、昭和の末まで残っていたのが、新宿駅南口と東口の間にあった(現・東南口付近)、いわゆる「御大典広場」の周囲だった。
 いまでは、若者たちがひっきりなしに行き交うこのあたりも、つい20年ほど前までは、休日ともなるとひっそりとしていたなんて、とても信じられない。
 今回は、それに加えて、東口から歩いて約10分の新宿二丁目にあった、遊廓跡の木造建築もご覧にいれよう。
 
サザンタワー
小田急サザンタワー(おだきゅうサザンタワー、ODAKYU SOUTHERN TOWER)は、東京都渋谷区代々木二丁目にある超高層ビル。新宿駅南口周辺の再開発の一環で誕生した。株式会社ホテル小田急サザンタワー(ホテルおだきゅうサザンタワー)によって運営されている。
低層階はレストランなどの店舗が、中層階は多くの企業がテナントとして入っており、上層階は小田急ホテルズアンドリゾーツの「ホテルセンチュリーサザンタワー」となっている。別名称で案内されている事もあるが、同一である。 マイクロソフト株式会社(日本法人)の本社でもあり、上部壁面に企業ロゴがあしらわれている。
 
○文化女子大「服飾博物館見学」 http://www.bunka.ac.jp/museum/hakubutsu.htm
学校法人文化学園の母体は1923年に創立され、今日、文化服装学院と文化女子大学へと発展し、わが国の服装教育の中心的存在として、服飾界に多くの人材を送り出してきました。
文化学園服飾博物館は、1979年に開館し、2003年に学園創立80周年を記念して新博物館が完成しました。すぐれた実物資料による教育・研究をめざし、服飾の専門博物館を設置することは、学園の創設当初より構想され、資料の収集が積極的に進められてきました。
 現在、年4回展示替えを行ない、テーマを設けて館蔵品を順次陳列し、秋の特別展には多くの優品が展示されます。
 服飾を中心に世界の諸文化を理解し、自らの文化への認識を深めるために、当博物館が広く皆様のお役に立つことを念願いたします。
 
○刀剣博物館  http://www007.upp.so-net.ne.jp/nbthk-tk/token_hakubutsukan.htm
日本美術刀剣協会はその事業のひとつとして刀剣博物館を併設し、刀剣類の公開展示を行っております。
1.所蔵品
  刀剣博物館が寄贈や購入によって所蔵している列品は、刀剣類、刀装具、甲冑、金工書類など約152点で、刀剣類の中には国宝・太刀 銘 「延吉」、重要文化財・太刀 銘 「信房作」、重要美術品・太刀 銘 「伯耆真景」など、国の指定認定物件も多く含まれております。
  また当協会は、文化庁から、文化財保護法の定める管理団体に指定されており、刀剣博物館でお預かりして、所有者に変わって保存のための管理をしております。お預かりしている刀剣類は、国宝3、重要文化財1、計4件あります。
  その他所蔵家からお預かりしている刀剣類も数多くあります。
 
○劇団四季  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%87%E5%9B%A3%E5%9B%9B%E5%AD%A3
劇団四季(げきだんしき)とは、年間3,000ステージ超、俳優・スタッフ700名以上を有する日本最大規模の劇団。
劇団創立は1953年(昭和28年)7月14日。海外ミュージカル作品の上演だけでなく、オリジナルミュージカルも人気がある。日本においてミュージカルを定着させるのに大きな役割を果たしている。
 
○東京乗馬クラブ http://www.tokyo-rc.or.jp/
東京乗馬倶楽部は1921年(大正10年)に創設されました。
大正13年に社団法人として認可され、今日まで「馬事知識の普及」「馬術の技術向上」「馬術を通して健全な青少年の育成」という目的を果してまいりました。
その間、オリンピック馬術代表選手や、全日本選手権、国体参加など、倶楽部会員の活躍には目覚ましいものがあります。
1991年(平成3年)倶楽部設立70周年記念にあたり、施設を一新し、10月新築落成いたしました。 明治神宮の森にかこまれた静かな雰囲気の倶楽部です。
 
○明治神宮  http://www.meijijingu.or.jp/
明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、清らかで森厳な内苑を中心に、聖徳記念絵画館を始め数多くの優れたスポーツ施設を持つ外苑と、結婚式とセレモニー、パーティー会場の明治記念館とからなっています。
 内・外苑一帯にわたって鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本、365種の人工林で、面積は70万平方メートル、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています。
 
○原宿駅  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AE%BF%E9%A7%85
通常は島式1面2線のホームが使われる。外回り線に臨時ホーム(明治神宮参詣などの多客期のみ使用)がある。
正月には隣